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スキャンダル 2

   
Es wird Teuer (29.07.07)

日本の官庁も手ごわい(融通が利かない)が、ドイツの官庁はさらにその上を行く。例えば、家を建てる際に建築プランを提出して建築許可を取り、実際にでき上がった建物が10cm予定より高くなったとする。すると役所から「建造物は、申請されたものとは異なっているので、建築許可は無効である。つまりこの建物は無許可建築であるから、〇月〇日までに取り壊しされたし。これに従わない場合は、市が強制取り壊しを行い、その費用は無許可建築を行った者に課す。」と冗談のような手紙が来るが、これが大真面目。ドイツ語で「石頭」をBetonkopf(コンクリート頭)というが、これ以外にドイツの官庁を的確に表現する言葉が見つからない。

そんなにひどいケースでなくても官庁の「石頭振り」は、ドイツでの生活上、あらゆる際に体験することができる。例えば年末調整。ドイツの税率は12ヶ月働いたことを前提に税率が決まっているから、ドイツで(例えば)7月から就職した場合、(就労期間が半年未満なので)税金は全額免除される。だから年末調整をすると数千ユーロ返って来る。逆に1年きっかり働いて年末調整をすると、追徴金が課せられることがあるので、税金が帰ってくる見込みがなければ、年末調整はしない方がいい。個人的には以前、年末調整をした際に追徴金10セントの手紙を税務署からもらった事がある。この手紙を送るのに55セントの金(つまり税金)がかかったことを考えると、この税務署の対応は理解しかねる。そこで、しばらく無視しておいたら、今度は10セントの支払い催促状が送られて来た。つまり10セントを回収するために、税務署は その11倍、1ユーロ10セントも投資した事になる。こうした意味の無い仕事振りが、ドイツ中でなされているのが、ドイツの税務署の現状だ。

しかし、この程度の税務署(ドイツの官庁)の仕事振りは、まだ「マシな方」。ミュンヘンでサンドイッチを販売する露店を営む女性が年末調整をした所、税務署から2億ユーロ(3200億円)の追徴金の知らせが届いた。ちなみに2億ユーロもの税金を払うには、毎日数百万個のサンドイッチを売る必要がある。この数はドイツ全土で売られているサンドイッチの数に匹敵するから、そんなことは絶対にあり得ない。しかし、税務署は大真面目で、「〇月〇日までに2億ユーロ払うべし。」と書いてある。困ったこの女性は、まずは税務署に電話してこの追徴金に対して抗議したところ、「訂正した手紙を送ります。」と言われたので、まずは一安心。ところが、(ドイツに住んでいる方はすでに体験された通り)、待てども待てども税務署から一向に手紙が届かないのである。このままでは支払いの期日が来てしまう。支払いの期日までに、訂正した手紙が来ない場合「抗議」は却下されたことになり、2億ユーロの追徴金が確定しまう。(ドイツの法律では、間違った/不正な要求でも、抗議をしない限り有効な請求となる。)困り果てたこの女性は弁護士に相談、弁護士は2億ユーロの追徴金が「合法」になる前に税務署を相手に「不当請求」で裁判所に訴えを届けた。

裁判結果(審判があったのかどうか、、。)は言うまでも無く、原告側の勝利。税務署は新しい(正しい)追徴金102ユーロを請求して 、この件は一件落着したかに見えた。が、流石、ドイツ。この一件には「落ち」があった。 弁護士費用である。ドイツでは(日本もそうでかもしれないが)、負けた方が裁判費用と弁護士費用を負担する。その弁護士費用は、訴訟で問題になった額面で計算されるのだ!この件では税務署の請求額が高かっただけに弁護士にはなんと250万ユーロ(3億円)の弁護士費用を請求する権利があるのである。勿論、弁護士も商売だから、「いいよ、いいよ、1億で。」なんて言う筈もなく、税務署にちゃっかり250万ユーロの弁護士費用を要求してきた。流石、ドイツ。困った税務署は裁判所に助け(仲介)を求め、裁判長がこの一件を仲裁、結局、弁護士の報酬は1万5千ユーロ(240万)という比較的小額で収まった。その後、弁護士は記者会見を開いて、「税務署の不当な要求から善良な市民を救うのが、弁護士の当然の任務と考える。」と立派な声明を出して、メデイアの大注目を浴びていた。

この弁護士事務所はこの一件で有名になったから、今後、税務署からみの仕事が殺到するだろう事は想像に難くない。税務署も今後、この弁護士からの手紙が届くと、きっとまじめに仕事をする事だろう。
 


注目を浴びて、すっかり
スター弁護士



       
 
 


ドイツの学校教育事情 (05.07.07)

ドイツに留学して往々にして戸惑うのが、日本とドイツの教育システムの違いだ。ドイツは中学校、高校がないので、勿論、中学生、高校生という言葉は存在しない。代わりに(例えば)「11番目のクラス」という日本人には理解できない表現を使うので、戸惑ってしまう。 そこで今回は、ドイツの教育システムについて少し紹介しておこう。

ドイツで最初に通う学校は、日本と同じく小学校(Grundschule)だ。(任意で通う幼稚園を除き。)州により若干の違いはあるが、この小学校には6歳になってから通うことになる。日本と異なり、 この小学校は4年(4番目のクラス)で終了する。その後は、Hauptschule, Realschule, Gynmasiumと呼ばれる学校のいずれかに通うことになる。

Gynmasiumは将来大学入学を目指すエリートコースで、卒業するまでに9年もかかり、もっともお金がかかる。この卒業試験があのアインシュタインが落っこちた 事で有名なAbiturと呼ばれる卒業試験だ。Realschuleは将来の職業分野での専門家の育成を目指す学校で、日本の商業学校に似ており6年で卒業できる。成績が優秀であれば大学に通うことも可能で、ドイツではこの学校に通う生徒の数が最も多い。Hauptschuleは、Realschuleと似ており、将来の職業に備えて、これに必要な専門知識を身に付けることが目標だ。卒業までにはやはり6年かかる。

日本の教育システムはあまりにも点数主義で独創性、創造性を殺す授業を行っているというマイナス面はあるものの、ドイツの教育システムよりは優れている。少々お金はかかっても、我が子をいい学校に送りたいという親心は ドイツでも同じだ。しかしGynmasiumに通うには、成績が良く 、学校の先生の推薦がないと入れないから、人一人の将来が、10歳にもならない子供の頃の点数で決めてしまう。日本ならば、少なくても、大学に行きたければ、能力次第で誰でも行けるだろうから、まだマシだ。

しかし もっとひどいのはHauptschuleに通う生徒の運命だ。Hauptschuleに通っているというだけで、落ちこぼれの烙印を押されてしまう。ひどいケースではGynmasiumに通う子供の両親が、Hauptschuleに通う子供の家を訪れて、「もう我が子と遊ぶのは辞めて欲しい。」などど申し入れてくるケースもあり、日本ばかりでなく、ドイツでも学校による差別は存在している。又、Hauptschuleを卒業した生徒は、Realschuleを卒業した生徒に比べ、職に就くチャンスが決定的に低い。こうした環境も手伝って、Hauptschuleに通う生徒の学習意欲は低い。学校に通わない生徒もびっくりするくらい多い。学校では暴力事件が絶えず、生徒は授業中に勝手に歩き回ったり、授業中に生徒同士で喧嘩をはじめたりと、とても授業を行える環境ではない。当然の結果として、多くの生徒は卒業試験をパスすることなく、学校を卒業する。ただでさえ、就職のチャンスが低いのに、卒業試験をパスしていないと、就職の可能性はほとんどゼロに近い。特にひどい学校の内情で有名なベルリンのHauptschuleでは、職に就ける卒業生は全体のわずか10%程度である。

こうした現況を見て、「何の役にも立たないHauptschuleを無くしてしまえ!」と言う意見がよく聞かるようになった。ドイツには、上述の3つの学校をひとつにまとめたGesamtschuleがある。この学校は上述の教育システムの欠点を補う為に導入された学校で、この学校に通う生徒は誰でもテストに合格すれば大学に通うことが可能で、すべての生徒に平等のチャンスを与えている。将来的には、Hauptschuleは 廃止されて、Gesamtschuleに移行していくだろう。

そうそう、肝心の「11番目のクラス」だが、小学校を卒業した生徒は、どの学校に通う場合でも、4番目のクラスまで終了したことになる。だから、次の学校に入学すると、中学生ではなく、5番目のクラスという呼び方をする。RealschuleとHauptschuleでは5番目〜10番目のクラスが存在することになり、Gynmasiumの場合だと5番目〜13番目のクラスという事になる。


ドイツの生徒の能力は国際比較ではかなりランクが低い。韓国が世界第3位、日本が6位、ドイツは19位に留まっている。




       
 
 


お話中、、、。 (07.06.07)

国際的な取り決めがあるのかどうか定かではないが、ドイツでも警察へのNotruf(緊急通報)は110番だ。しかし消防、救急車などのNotrufは112番だから、やはり国により番号は違うようだ。 ところで、この警察への110番は、本当の緊急時のみ使用する番号で、「隣人がうるさい。」などのOrdnungswidrigkeiten(日常生活に上での問題)は 電話帳に載っている最寄の派出所まで電話する事になる。 そうすると、ちゃんと警察がやってきて、酔っ払った隣人、うるさい学生パーテイに口頭にて注意をしてくれます。もし、同じ日に、再度、通報すれば、このうるさい隣人を警察の拘置所に入れてくれるので、このサービスはありがたい。

しかし、最近、緊急事態で110番に通報しても、電話が繋がらなくなって、問題になっている。問題は警察の人員不足と設備の老朽化。警察の忙しい時間(昼間〜夕方)に電話すると、「こちらは110番。只今、回線が一杯です。次の回線が空き次第、通話が繋がります。」と留守番電話のメッセージがあり、これに続いて音楽が流れ、1〜2分して回線が空かない場合は、通話が一方的に切れてしまう。

つまり「(警察が)暇になってから、もう一度、掛け直せ。」というわけだ。サービスWueste(砂漠)のドイツらしいサービスだ。警察はこの事態を知っておきながら、特に「改善の必要なし。」として、何も対抗手段を取っていなかった。が、ドイツのテレビ局がこの話を聞きつけたのが、警察の運のつき。レポーターがテレビカメラの前で警察に110番通報すると、案の定 、留守番電話につながり、延々と待たされた挙句、しまいには電話が切られてしまった。この様子がテレビで全国放映されてしまったから、警察の「おそまつ」は周知の事実になった。このテレビ番組で流された様子はここで実際に見て(聞いて)見る事ができるので、興味のある方は、ご覧されたい。(ページの末尾をクリック!)

ちなみにお金のあるバイエルン州などではしっかりしているので、こうした心配はない。ノルトライン ヴェストファーレン州でも稀に、留守番電話に繋がる事もあるいが、10〜20秒ほどで警察に繋がる。問題は主に(お金のない)東ドイツの州、あるいは西ドイツでも経済破綻しているBremen,Hannoverなどの州で 、これらの地域では、この問題はかなり深刻だ。


ドイツの高速道路に立っている緊急時の電話ボックス。




       
 
 


毒を食らわば、皿までも、、。 (27.05.07)

5月は事件(スキャンダル)の多い月のようで、月末になって事件が相次いだので、ここでもう一つ紹介しておこう。ドイツでは日本では全く人気のないスポーツが大人気である。そのひとつがハンドボール。2007年にハンドボールの世界選手権がドイツで開催され、誰も期待していなかったのにドイツチームが優勝して、ドイツはハンドボール人気に沸いた。選手権中、日本はおろか、アジアからの参加チームを見なかったので、欧州でのみ人気のスポーツのようだ。

しかしドイツでハンドボールよりももっと人気があるのが自転車競技。自転車競技といえば、tour de franceが最初に思い浮かぶが、 特にイタリアでは大人気で、ドイツ、スイスでも似たような自転車レースがあり、時々、デユッセルドルフの田舎町でも (観客なんか居ないのに)道路を封鎖して自転車レースを行っている。当然、市内は大渋滞。仕事で市内を車で移動 中にこれに当ると30〜40分立ち往生。トイレにも行けない。迷惑千万極まりない。

実はドイツでも自転車レースは、日本と同じくらい人気がなかった。ところが90年代にドイツ人がtour de franceで優勝した事をきっかけに、一気にブームに火がついた。tour de franceの季節になると、毎日、延々3時間も生中継、さらに同じ日に再放送が3時間、それでも足らず、夜になるとスポーツ番組でその日のトップイベントとして延々と取り上げられている。おかげでこれまでは名前さえ知られていなかった選手はスター扱い。ドイツの大企業と膨大な額の宣伝契約を結んで、コマーシャルに登場するようになる。自転車のレースで金持ちになる事がわかると、さらに自転車人気に拍車がかかり、スターを目指して自転車のレーサーになる若者が相次いでいる。

ところが、ドイツで自転車競技の人気が高まるに比例して、ドイツ選手が競技会で優勝する事が稀になっていく。歴史上、唯一のドイツ人として1997年にtour de franceに優勝して、自転車人気の発信源となったJan Ullrich氏は、その後も毎年tour de franceに参加、ドイツ人は二度目の勝利を期待してテレビの前に釘付け。しかし 、2度と勝利の栄光に輝く事はなく、最後にはewiger Zweiter(2番にしかなれない人)と呼ばれるようになる。

ちょうどその頃、スペインで医師が選手にドーピングを施したとして逮捕される。医師の診療所を捜査した警察が、ドーピング処理をした
血液を多数発見するのだが、そのひとつにはJan Ullrichと書かれていた。Ullrichは関与を否定するも、ドーピングのイメージの払拭に必死だった自転車競技連盟は、Ullrich氏の2006年のtour de france参加を禁止してしまう。 ところが皮肉な事にtour de franceで優勝した米国の選手がドーピングテストでポジテイブになり、あとから優勝を取り消しされてしまう。この頃から、「自転車競技=ドーピング」というイメージができあがり、自転車レースの人気は下り坂。選手が宣伝に登場する事はほとんどなくなった。

その後、事件は相次ぐ。現役を引退した自転車のレーサーが次々と、現役時代にドーピングしていた事を告白。最後はtour de france優勝経験のある選手までがドーピングしていた事を告白してしまう。これに続いてドイツのテレコムチームのトレーナーが暴露本を書き、チーム内ではドーピングは日常茶飯事であったと指摘。ドーピングはフライブルクの大学病院、スポーツ科のドクターが処方していたと細部まで暴露。フライブルクの大学病院、スポーツ科と言えば、ドイツのスポーツ選手の殿堂で、ここを訪れない一流選手はいない。そのドクターにドーピング疑惑がかけられたので、当然、(ドイツ人らし く)「証拠がない。」として大学側は関与を否定。ところが、今度はドイツのテレコムチームの選手が記者会見を開いて、涙ながらにドーピングしていた事を認める。流石にここまで暴露されては、嘘をついても意味がない。フライブルク大学の医師は、選手にドーピングを施していた事を認め、即日、大学病院を首になる。大学病院の名前の失墜を恐れた病院長は、それだけでは足らず、 なんとスポーツ科を閉鎖してしまう。これで数百人ものドイツ人選手は、いきなりいきつけの病院(ドーピングしてくれる医師)がなくなってしまう事になった。
尚、これまでドーピングを取材してきた記者によると、「フライブルクのスポーツ科は欧州で一番優秀なドーピング機関(Dopingzentrum)で、かっての東ドイツの比ではない。」とまで言っている。面白い事にドーピングを証明する薬/処方箋を開発しているのは、ケルンにある体育大学であるから、これまでフライブルク大学病院 VS.ケルン体育大学という構図が出来上がっていた。

さて肝心のJan Ullrich氏は未だにドーピングした事を否定している 。「UllrichにEpoを注射した。」と医師が告白しても、何処吹く風といわんばかりである。ドイツでは彼の無罪を信じる人はもう居ないが、それでも頑として嘘をつき続ける姿は、ある意味で立派なもの。日本でも「毒を食らわば、皿までも、、。」というから、似ような心境ではないだろうか。


記者会見で涙ながらにドーピングを告白するZabel氏




       
 ドーピングで疑惑で記者に取り囲まれるUllrich氏
 


Bernsteinzimmer (07.05.07)

今回のテーマは、必ずしも最新事情ではないが、その分、ロマン満ちたお話。 時は300年ばかり遡って18世紀初頭。当時、まだドイツ帝国は存在していなく、ドイツ国内はそれぞれ王を持諸侯に分かれておりその諸侯同士が互いに覇権を争っていた。その諸侯のひとつにとりわけ軍事力に秀でたプロイセンという小さな国があった。

プロイセンは当時のロシアに姉妹を嫁がせており、ロシアとは親戚のような関係にあった。そのプロイセンの王、ヴィルヘルム1世 は、権力を誇示する為にBerlinの居城にBernsteinzimmerを作らせる。Bernsteinzimmerとはその名の通り、Bernstein(琥珀)Zimmer(部屋)だ。これを見たロシアのピヨートル大帝が大いに感銘を受けたので、「じゃ、あげちゃいます。」と、寄贈してしまう。ピヨートル大帝の死後、女帝カタリーナがBernsteinzimmerをSt.Petersburg郊外に作らせた自分の名前を抱く宮廷に持ってくるが、部屋が大きくて、そのままでは隙間ができてしまう。そこで部屋がすべて琥珀で埋め尽くされるように、オリジナルの部屋を補充、拡大、さらには金細工 、金の彫刻を加えて、それはまばゆいばかりの部屋になった。以後200年に渡ってこのBernsteinzimmerはAchtes Weltwunder(8番目の世界の不思議)(注釈:世界の7不思議をもじったもの) として歴史に名を残す事になった。

20世紀に入ってから、不幸な事にこの世界の8番目の財宝も、他の7つの財宝と同じ運命を辿る事になる。不幸の始まりは第二次世界大戦。当時、St. Petersburgは、レニングラードという名前に変わっていた。これがBernsteinzimmerの運のつき。ソ連邦に侵攻したドイツ軍は破竹の勢いで快進撃。北方軍の攻撃目標はいまわしい共産主義の発祥地となり 、その名を掲げているレニングラードだ。 1941年にレニングラードを包囲したドイツ軍は、早速、Bernsteinzimmerを解体して、ドイツ国内に運び去ってしまう。

Bernsteinzimmerは戦争中、東プロイセンの首都であるKoenigsbergの城に保管されていた。その後、ソ連軍の反攻により、今度は ドイツの産業拠点であるKoenigsbergがソ連軍の攻撃目標になってしまう。 ドイツ軍(政府)の公式発表によると、Koenigsbergの城がロシア空軍の爆撃を受けて崩壊した際、この城に保管されていたBernsteinzimmerも燃え尽きてしまったという。

ドイツを全く信用していないソ連邦が、この一件を調査したのだが、琥珀の燃えカスはおろか、燃えた形跡さえないのでBernsteinzimmerは別の場所に移されたと確信。もしBernsteinzimmerについて何か知っている人間が居るならば、東プロイセンの悪名高いGauleiter(独裁権力を持った州知事のようなもの)であったErich Kochをおいて他に居ない。ところが(流石は?)筋金入りのナチであるKochは死刑判決を受けるも、一向に口を割らない。不思議な事にこの死刑判決は執行される事がなく、Kochは1986年まで長生きして 、獄中で死んでしまう。生前にKochを監獄に訪れた記者がBernsteinzimmerの在り処について尋ねると、Kochはニンマリと笑って「共産主義者の手の届かない所にある。」とだけ語った。

これがきっかけとなってドイツ全土で一攫千金を狙う「Bernsteinzimmer探し」に火がつく。今日に至るまでKoenigsbergの城の跡 とか、アルプスにある岩塩鉱とか、その辺の空き地とか、片っ端から大きな穴が掘られているが、一向に行方はわかっていない。 その内、「Bernsteinzimmerはやっぱり爆撃に合って燃えてしまったに違いない。」と、皆が信じ始めていた矢先の1997年になんとオリジナルのBernsteinzimmerのモザイク画がドイツ国内で発見されてしまう。これで「Bernsteinzimmerは、やっぱりまだドイツにあるに違いない。」と、Bernstein-zimmer伝説が復活。宝探しのロマンも加わって、テレビ局の特集番組が幾つも作成される。お陰でドイツでは誰もがBernsteinzimmerの専門家で、誰もが部屋の行方について自説をもっている。ドイツに来られた暁には、試しにドイツ人に 部屋の行方について尋ねてみてください。

念のために補足しておくと、右の写真は複製(レプリカ)である。ロシアの広大なガス田の開発を狙うドイツのガス会社(Ruhrgas AG)が賄賂として、2003年にプーチン政権に贈ったもの。お陰でドイツのガス会社はロシアのガス田の開発権をほぼ独占で取得する事ができ、シュレーダー首相はこの取引を仲介した手柄として、ガスプロムの取締役の地位をオファーされ、さっさと首相の地位を投げ捨てて取締役に納まってしまった。Bernsteinzimmerの魅力が政治家の心を吸い取ってしまう、いい見本であった。


再生されたBernsteinzimmer。一生に一度は観てみたい?



Bernsteinzimmerのモザイク画の複製。
       


Wir sind Nr.1 (22.04.07)

以前もこのコラムで取り上げたが、今回のテーマは肥満。ドイツに住んでいると、ドイツ人の肥満度には毎度驚かされる。「よくも、あんな大きな服があるものだ。」と。 ドイツ社会も肥満に適応して、それに適応した衣服を製造しているようで、日本の女性がズボンを買いに行くと、「お尻の部分が、ぶかぶか。」だという。これについて知り合いの(太っていない)ドイツ人に、「ドイツには肥満な人が多すぎるんじゃないか。」と言えば、答えはいつも決まって、「アメリカを見ろ、イギリスを見ろ、 アイルランドを見ろ。あれに比べれば、俺たちは全然マシな方さ。」と言う答えが返ってくる。

ところが、4月に公表されたInternational Association for the Study of Obesity (IASO) によると、 ドイツはヨーロッパで一番、肥満の割合及び肥満人口が多い事が発表された。(詳細はこちら)これでドイツ人肥満説はamtlich(公式に認められた事実)となり、もう言い訳ができなくなった。

ドイツ国民の肥満化のスピードはを見張るものがある。2004年の時点で、ドイツ人の肥満度は欧州でイギリス、ギリシャ、キプロス、クロアチア、チェコに続いて第6位。わずか2年で欧州はおろか世界一の地位に躍進したドイツの快進撃振り。現状ではドイツ人男性、4人のうち3人が肥満で、ドイツ人女性の2人のうち1人が肥満である。 これはあの肥満大国の米国とほぼ同じレベルにあり、唯一アメリカに劣っているのは、体脂肪の割合が30%を超えるXXXLサイズの肥満人口のみ。

ドイツ人に言わせると、「肥満の原因はアメリカから来たファーストフードが原因だ!」と、どこまで行っても悪いのはアメリカ人ということになるらしい。しかし、本当の原因は、暴飲暴食と運動不足のダブルパンチだ。以前、旅行代理店で働いていた頃、 それは美人の女性社員が居たが、毎日、仕事にお菓子を持参してくるのである。このお菓子をPCの横に置いて、 仕事の間ずっとぼりぼり食べている。勿論、しっかり昼食も取るのだが、それまでに動くのは、コーヒーを取りにいく時だけ。それでも、まだ若いので運動量も多く、それほどに太ってはいなかったが、久しぶりに合ったら、それはもうびっくり。しばらく見ないうちに、立派なドイツ人に成長してしまっていたのである。

ドイツでは肥満による病気、糖尿病患者の数は上昇に上昇をかさね、もう爆発寸前。ドイツ人の死亡原因のトップは、当然ながら心臓発作
。 そして世界で一番高価なドイツの健康保険の総予算の1/3はすでにこうした肥満が原因の病気の為に使われている。今後もドイツ人はさらに肥満化して行くだろうから、ドイツの健康保険は今後もますます値上がりしていく事だろう。


成人したドイツ人の姿。100年の恋も冷める?


 


雇用機会均等法 (12.04.07)

日本で男女雇用機会均等法が2006年から成立したらしいのだが、ドイツでも2006年の12月から雇用機会均等法が施行される事となった。 もっともこの法律の成立には、企業団体からかなり激しい反対があった。

ドイツ版の
雇用機会均等法では男女という言葉が欠けている。 つまり日本では男女の間の差別を失くそうという趣旨だが、ドイツでは男女の性別だけでなく、年齢、障害の有無、国籍、宗教、肌の色、目の色などに拠るもろもろの差別をなくそうというものだ。流石はドイツ。と言うか、逆に言えばそれだけ差別が多いという事になる。

さて、いざこの法律が施行されてから、企業団体が恐れていたように、この法律は非常に大きな問題になっている。ドイツの新聞などで求人募集を見た人ならきっとご存知だろうが、企業がどんな人材を探しているか、年齢、職歴、技能、性別などが明確に書かれている。企業にしてみれば、高いお金を払って人材の募集をするのだから、適した人材が見つかるように、要求される能力などをできるだけ詳しく書くのである。

こうした求人広告を見たドイツ人は、よりによって自分が求められていない求人広告を探し出してそこに願書を送る。例えば、秘書の女性を募集している会社に50過ぎの秘書の経験のない男性が願書を送るのだ。勿論、断りの手紙が帰って来るが、それは百も承知。断りの手紙が届くと、すでに用意してある手紙を書留でその会社に送りつける。内容は以下の通り。「貴社は私が男性であるという理由で、就職を断った。これは明らかに
雇用機会均等法の違反である。よって貴社を訴えた事をここに通達します。訴えを取り下げてもらいたければ、慰謝料として〇月〇日までに5万ユーロ支払うべし。」

この手紙が届くと企業は、会社の名前が新聞に載ってしまう事を覚悟で、裁判をするか、あるいは裁判費用を節約すべくこの求人者にお金を払うかの選択に迫られてしまう。裁判をした場合、
雇用機会均等法のお陰で勝訴は望めない。そこで企業の多くは求職者「脅迫者」にお金を払ってしまうのである。

裁判慣れしたドイツ人は、毎週 何通もの「願書」を送り、その願書が返却されてくると、もう笑いが止まらない状態だ。就職を断られば、断られる程、お金が溜まっていくのだから。ドイツ版
雇用機会均等法、目標は素晴らしいものであったっかもしれないが、実際には差別されている人間を救済するのではなく、就職する気のないドイツ人のみが得をする法律になってしまっている。日本でもこんな事にならないといいのだが。それともこんな事態は、ドイツだからこそ?


ドイツでの就職活動には何よりも忍耐が必要です。


 


早い者勝ち! Wer zuerst kommt, mahlt zuerst (10.02.07)

欧州には台風が来ない竜巻も滅多に起きない。だから、嵐というのもが存在していないような印象を持ってドイツに来ると、急に空が暗くなりものすごい嵐が吹き荒れるので、驚く事がある。ドイツ語でこうした嵐をOrkan(男性名詞)というが、この嵐が1月21日(異常気象のお陰で)かってない勢い で欧州を襲い、多くの死傷者を出した。

一夜明けてみると道路は根こそぎ吹きとばられた大木、その下敷きになって潰れた車で埋まり、英仏海峡ではタンカーが座礁していた。このタンカー(船名 Napoli)は、嵐で航行不能になり、英仏海峡で沈没するのを避ける為、英国の海岸に故意に座礁したもの。 この際に200近いコンテナを失い、 その内、20個ほどのコンテナが海岸までなんとか「泳ぎ」着いた。これを見た英国民は狂喜して、一族郎党で海岸に押し寄せ、コンテナの中に積まれていたワイン樽、化粧品、車の部品、靴、工具、BMWのオートバイなどの略奪(Beutezug)を始めた。

警察が非常線を引いて、略奪を止めようとみせかけの努力をしたものの、キャプテン ドレイク(英国の海賊。スペインの船をたくさん拿捕した手柄で、後に英国の海軍提督に任命される。)の子孫である英国民は、これを一向に介さずに略奪を続け、コンテナが 海岸に流れ着いてからわずか1日半のうちに20個あったコンテナはすべて空になり、海岸は捨てられた梱包材料、包装紙で埋め尽くされた。

ちなみに英国の法律によると、海岸に流れ着いた物品は、警察に届け出る必要があり、その後、持ち主が28日以内に「紛失」の届けをしない場合は、合法的に「発見者」の所有物になるそうだ。





 


 
die Lachnummer (11.01.2007)

政治と宗教の分離は(建前上は)どこの国の憲法にも謳われている通り、近代国家の原則のひとつだ。ところが、ドイツの教区司祭が「おら、政治家になるだ。」と言い出したから、それは大変な騒ぎになった。

牧師というのはとってもおいしい仕事。まず失業することがない。国が教会税という名目で「お布施」を国民の給料からさっぴいているので、お給料は安定している。住む場所は教会の傍に用意されていて、通勤しなくてもいい。おまけに信者から尊敬され、何から何まで至れり尽くせりのお仕事である。ところが、その仕事を投げ出して、政治家になると言うからには、余程の理由があったに違いない。

カトリック教の総本山、バチカンからの「考え直しなさい。」要請を蹴ったので、司祭を首になったこの元司祭は、すったもんだの末、SPDからWiesbadenの市長として立候補することになった。ところがSPDが市長の立候補届けを役所に出し忘れてしまうという信じられない(いかにも今のドイツらしい)間違いが起きてしまった。

結果としてこの元司祭は、神の裁きか、失業の憂き目に合うことになった。その後の記者会見で、元司祭は目に涙を貯めて、「それでも、私は政治家になる。」と語った。この台詞は以前、教会の脅しで持論をひっこめる事を余儀なくされたある有名人の台詞「それでも地球は回る。」を想起させた。

それほど劇的でないSPDのある幹部は、" Wir sind die Lachnummer der Stadt." (我々は、町の笑い者になっている。)と正直に心の内を語り、この台詞が新聞のヘッドラインを飾った。尚、この間違いを犯したWiesbadenの党執行部は、全員、責任を取って役職から辞任した。


司祭から政治家になり損ねたRoth氏。
「考える人」のポーズがきまっている。
 


禁煙  (07.08.2006)

テレビのスポーツの中継などで、ご存知の方も多いと思うが、EU内ではタバコの宣伝は禁止されている。正確に言えば、EU議会が2006年の8月からEU内におけるタバコの宣伝を禁止するようにEU加盟国に通達した。この通達が届く前に、すでにほとんどのEU加盟国では自国の法律でタバコの宣伝を禁止していたから、この通達が届いても慌てることはなかった。例外の2国を除いては。その2国がルクセンブルクとドイツなのである。
喫煙は、百害あって一利なし。勿論、ドイツの政治家だってよく知っている。では何故、よりによって欧州で人口の一番大きいドイツで、つまり肺がんで死ぬ人が一番多い国で、今まで何もされていなかったのか。理由は簡単で、「政治家にとってメリットがない。」からである。ドイツでは、タバコロビーから猛烈な政治献金(賄賂)がドイツの政治家に流れ込んでいる。例えば、オランダやベルギーのような小さい国で、タバコの宣伝が禁止されても、タバコ会社には、被害は少ない。ところが人口の多いドイツで、タバコの宣伝が禁止されるとかなりの売り上げの減退を強いられる。そこでタバコロビーはドイツの政治家に賄賂を贈って、タバコの宣伝 許可をこれまで勝ち取っていたのである。
ドイツでは小学生が平気でタバコを吸う。これを見る大人、両親も子供を責めない。警察も何もしない。学校の先生が、生徒が喫煙をしているのを見ても、「休憩中に外で吸いなさい。」で、終わり。個人の自由の間違った解釈であるが、子供はタバコの宣伝を見て感化されやすい。だから、子供の喫煙を未然に防ぐためにも、このタバコの宣伝の禁止はドイツ国民の健康を守る第一歩であるのに、ドイツ政府はEU議会のタバコの宣伝禁止令に対して、欧州裁判所に不服申請を申し立て、裁判を始めたくらい腐っていた。
ところが今回、ドイツ政府の最後の希望であった欧州裁判所が、この不服申請を却下。 ドイツ政府は「(賄賂を今後も受け取り続ける事は)もう望なし。」と判断。機を見るに敏な保険省のSeehofer大臣は、「ドイツの子供及び非喫煙者の健康を喫煙の被害から守る為に、タバコの宣伝及び室内での喫煙を禁止する法律を作成中。」と発表した。 毎度の事ながら、ドイツの政治家の政策を180度転換する能力には感嘆する。この比類なき能力のお陰で、Seehofer氏はドイツ国民の健康を大事にする大臣として名前を売ることができた。あっぱれ。
2007年以降にドイツに留学される方で、喫煙される方は、喫煙される場所に注意されたい。レストラン、駅の構内などは全面的に禁煙になる予定で、これに違反すると罰金を取られてしまいます。


街中に立っているタバコの販売機


 


ヒトラーの日記  (29.07.2006)

ドイツで有名な週刊誌、Sternが1983年、紙上でA.Hitlerの秘密の日記を公開して、ドイツは大きな話題に包まれた。死んでから半世紀経つというのに、この有名人は、毎週ドイツのテレビ、雑誌で取り上げられてその「人気」は一向に収まる傾向がない。そんな「有名人」のこれまで焼却処分されたと信じられていた日記が見つかってしまったのだから、それはもう蜂の巣を蹴っ飛ばしたような騒ぎになった。
他の雑誌の記者は(先を越されたので、悔しい一心で)「そんな日記は偽物に決まっている。」と主張した。勿論、Stern誌もこれが偽物なら大変な信頼性の失墜になるので、日記を掲載する前に筆跡の鑑定家に日記に書かれている筆跡の分析を依頼、「100%本物。」という確証をもらって掲載に踏み切ったのであるから、他の雑誌に偽物呼ばわりされるのが我慢ならない。Stern誌は日記の掲載後、記者会見を開いて、「本物のヒトラーの日記」を堂々と公開して、日記が本物であることを主張した。それでもこの日記の信憑性について一向に議論が収まらないので、Stern誌はこの日記の年代確定を研究所に依頼することになった。その後、研究所で日記に使われた紙、インクを鑑定した結果、この日記は1980年代に、つまりHitlerの死後、35年以上経ってから作成された物であることがわかってしまう。
会社をコケにされたStern誌は、直ちに日記を売り込んだKujau氏を詐欺の廉でDresden警察に告発、Kujau氏は逮捕されてしまう。その後の裁判でわかった事だが、Stern誌はこのよくできた贋作に930万マルクも支払っていた事が明らかになる。裁判ではKujau氏は4年の実刑判決を宣告される。普通ならここで詐欺師としてのキャリアは終わりになるハズだが、Kujau氏の場合はちょっと違った。出獄後、Kujau氏は「Stern誌を見事に騙した有名人」という事で、次々に贋作の依頼が殺到することになる。贋作は本物と称して売買すれば犯罪だが、最初から「コピー」として売買すれば犯罪にならない。ましてや、「あのヒトラーの日記の作者の作品」という事で人気が出て、Kujau氏は2000年に死亡するまで数多くの「贋作」を描き続けた。
このKujau氏の「偽物」だが、流石は Stern誌を見事に騙すだけのことはあって、なかなかの出来栄えである。Kujau氏の死後、氏の「作品」は値段が高騰、Ebayなどのオークションで本物の画家が羨む様な値段がつくようになった。すると市場には、あり得ない数のKujau氏の作品が売りに出される事になる。この作品をEbayで購入した客が不審に思い作品を鑑定に出して見ると、なんとこの作品は中国で作成された偽物であることがわかってしまう。このもあろうに、オリジナルの贋作の贋作が作られていたのである。もしKujau氏がまだ生きていたなら、自分の贋作の贋作が作成されて本物の贋作 として販売されているのを見て、一体どんな気持ちになったであろうか。さらには Kujau氏の死後、Kujau美術館までできてしまう。贋作者とはいえ、ここまで有名になってしまう贋作者に、ドイツではMeister Faelscherの名を奉った。


Meister Faelscher, Kujau氏


 


お調子者  (05.07.2006)

久しく待ち焦がれていたWMも終わった。すくなくとも、日本とドイツにとっては終わったも同然である。準決勝戦でイタリアにドイツが負けた際のドイツ人の反応は面白いものがった。中には涙を流して、敗戦を悲しむ姿も見られたが、多くのドイツ人が、「イタリアチームの方が優れたチームだったので、勝った(負けた)のは当然だ。」という評価をしたのである。普段の「絶対に失敗を認めないドイツ人」を知っているだけに、この率直さには驚かされた。
それはさておき、WM前のドイツチームの評価は最低だった。危うく日本チームに負けそうになったり、イタリアチームに4-1で惨敗して、監督の手腕が大いに疑問にされた。ドイツチームの監督に就任したKlinsmann氏はかってのドイツチームが世界チャンピオンになった時のメンバーだが、現在は米国に住んでいる。誰もなりたくないドイツチームの監督の大役を引き受けたKlinsmann氏は、就任の記者会見で「目標は、2006年のWMで世界チャンピオンになる事。」と公言して記者団の失笑を買った。ちょうどヨーロッパ選手権の予選で一勝もできずに、惨めに予選で敗退したばかりだったけに、誰の目にもそんなことは到底達成不可能に思えたからである。その後、ドイツ国内はおろか、外国に出かけて試合をするも強豪と呼ばれるチームに対して、1回も勝つ事ができなかった。あまりの惨状にいたたまれなくなったドイツのサッカー連盟は、監督の訓練方法に批判を行なうようになり、最後には、「ドイツのナショナルチームの監督たるものは、試合の時だけドイツに飛んで来るのではなく、ドイツに住んでチームの育成にもっと時間を費やすべきだ。」と個人攻撃が始まった。あきらかに、今回のWMが終わったらさっさと首にして、別の監督に代えるぞ!と暗に言っているのである。
ところが、である。いざWMが始まって見ると、ドイツチームは全勝で予選をクリアして、あれよあれよという間に準決勝戦に進出。ドイツではドイツチームの活躍に全く期待していなかっただけに、ドイツは国中がWMの熱に沸いた。最後までドイツチームの成果を疑っていた者も、準準決勝戦でドイツチームがアルゼンチンに勝利してからは、アパートの窓からドイツの国旗を掲揚する愛国者に変身。準決勝戦ではなんと3100万以上の人がテレビのサッカー中継を観戦して、戦後のテレビの高視聴率を更新した。
準決勝戦の前に記者会見をしたKlinsmann氏は、「当時は、(WMで優勝すると言っても)誰も信用しなかったが、今、どれだけの国民がドイツチームの優勝を信じていることか、この違いを見て欲しい。」と優勝にかける意気込みをみせた。結果はご存知の通り。敗戦後、Klinsmann氏は記者会見で「WMで優勝するという目標を掲げて監督に就任した以上、この地位に留まるべきか疑問に思う。」と暗に辞任をほのめかした。これを聞いて驚いたのは、WMの前までは散々監督の手腕を批判してやまなかったドイツサッカー連盟。ドイツサッカー連盟は急遽、記者会見を行い、「Klinsmann氏には是非、ナショナルチームの監督に留まってほしい。」と調子のいいラブコールを送った。ちょうどその席に居合わせた米国の記社が(米国に住んで、米国の女性と結婚、子供をもうけている)Klinsmann氏に同情したのか、「いままで散々、監督の手腕を批判して邪魔ばかりしてきたのに、それは調子が良すぎるんではないですか。」とドイツ語で質問。サッカー連盟の会長は、(怒りで)言葉を失い、「よく理解できなかったので、通訳をお願いします。」と聞こえないフリをしたほど。
日本でも勝てば官軍というが、ドイツでもその通り。このサッカー連盟の会長の調子のいい事。これまでの発言を翻して堂々とラブコールを送れる神経の図太さ(無神経さ)がうらやましい。 (05.07.2006)

7月12日、Klinsmann氏は記者会見を行い、ナショナルチームの監督を辞任する旨、発表した。辞任の本当の理由はスポーツマンらしく述べられなかったが、表向きの理由として、「家族を大事にしたいから。」という個人的な理由があげられた。(12.07.2006)


ナショナルチームの監督を辞任したKlinsmann氏


ドイツ中は見渡す限り、旗、旗、旗。


     


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