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ドイツの社会問題 2

  
ドイツ麻薬事情 (26.07.2011)

世界中のファンに30年以上に渡って愛されてきたオランダのコーヒーショップが、この夏にその終わりを告げそうだ。著者はタバコは吸わないし、「麻薬なんかよりも、もっと楽しいことがある。」ので、正直、どうでもいい。しかし世界中には頭を抱えて、「なんたる事だ!」と叫んでいる御仁も多いと思う。そこで今回はコーヒーショップ「廃止」の経緯と、ドイツの麻薬事情について紹介してみたい。

多少の弊害を承知で言えば、麻薬問題を抱えていない国はない。その問題の深刻度は国により違うが、麻薬問題は存在しており、この問題への取り組み方も異なっている。何も知らない日本人に、「ドイツではハシッシは合法なんだ。」とか、「所有してる分には、合法なんだ。」と、御伽噺を聞かせて共犯にしてしまうケースがあるが、ドイツではコカインやヘロインなどの「ハードな麻薬」だけでなく、「軽度の麻薬」の所有、販売は違法である。しかし、いちいちハシッシなどの軽度の麻薬を取り締まっていると、ハードな麻薬の取締りがおろそかになると判断したのが70年代のオランダ。そこでオランダではハシッシなどの麻薬の服用は、コーヒーショップでの服用、販売に限って合法とする事にした。これによりマフィアの資金源を奪うと共に、簡単に軽度の麻薬を服用できるなら、ハードな麻薬に手を出して、麻薬中毒になる市民の数が減るのではないかという憶測もあった。諸外国からは「あまりにもリベラル過ぎる。」と非難を受けたが、オランダの「画期的な」法律は、思わぬ効果を見せた。

まず路上でのハシッシの販売が、ほとんど姿を消した。路上での麻薬は利益第一。当然、不純物が多く含まれており、まともな「ブツ」ではなかった。そんな危ないハシッシを買わなくても、質のいいハシッシが合法的に買えることになれば、そんな危険を冒す必要がなくなったのが理由だ。これに加えて、コカイン、ヘロインなどに手を出して中毒になる市民の数が、欧州平均を下回るという結果が出た。さらには麻薬の合法な販売によりマフィアから資金源を奪い、麻薬販売の犯罪率が下がり、おまけに合法に販売する事で税収入が改善という「副作用」も出た。こうした結果を見て、オランダ政府は軽い麻薬の服用を30年以上に渡って合法化してきた。唯一の欠点は、オランダのコーヒーショップを目的に、世界中から「愛好者」が押し寄せて来た事。しかしこの「観光客」の落としていくお金は魅力的で、オランダ政府は法律を変えることができなかった。

ところが21世紀になって、オランダでは少し違う風が吹き始めた。国内で移民問題が悪化すると、これまでのリベラルな政治を批判する右翼政党が勢力を伸ばしてきた。この右翼政党と連立政権を組んだ現政府は、「オランダは麻薬天国」というイメージに我慢できず、外国人への麻薬の販売を禁止すべく法律の変更に着手した。コーヒーショップの経営者などは、「これは人種差別だ。」と欧州裁判所に訴えたが、「外国人への麻薬の販売を禁じるのは、差別にならない。」と、判決を下した。こうして悪いイメージが定着した名前、コーヒーショップを"Club"と改名、オランダの国籍を持つ会員だけに麻薬の販売を許可する法案を国会に提出した。うまくいえば(見方によればマズイ事になると)、この夏にもこの法案は国会で採択されて、法律となる可能性が出てきた。「愛好者」の最後の希望は、現政権が国会で過半数を占めていない事。野党からの賛成票が出てこない限り、この法案は国会で採択されない可能性もあるが、麻薬目当てにオランダに来る観光客に対していい印象を持っていない議員も野党に多く、この案が国会で採決される可能性は高い。(結果は後述します。)

ドイツでは、オランダのように軽度の麻薬の服用を許可する代わりに、麻薬中毒者に政府が麻薬を提供して、中毒者の社会復帰、及び犯罪を減らすという面白い対策が採られていた。この対策を聞いた市民の最初の反応は、「麻薬中毒者に政府が税金で麻薬を提供するなんて、とんでもない。」というもの。しかし中毒患者に、「麻薬をやめろ。」と言って辞めれるわけがなく、中毒死するまで麻薬を打ち続けることになる。日本では「自業自得だ。」という意見が支配的かもしれないが、問題は中毒患者の麻薬の調達。中毒患者がお金を工面する為に犯罪に走るケースが少なくない上、麻薬販売はマフィアなどの収入源になるので、麻薬中毒者の「副作用」が社会に悪影響を及ぼすことになる。具体的な例を出してみよう。以前、会社に出勤すると、会社の入り口で中毒患者が変死していたこともある。そこでまずは仕事の前に警察に電話して死体の回収をしてもらう事になり、社員の仕事意欲は目一杯下がった。また、そこら中に注射器が転がっており、危なくてろくに歩けない。出勤の際、これをうっかり踏んづけてしまって、エイズなどに感染してしまっては、目も当てられない。

しかし、市が麻薬、正確にはメタドンなどの麻薬の代用品だが、を提供すれば、中毒患者は犯罪を犯す必要がない。おまけに危ない注射器も駅のホームに転がっていないので、市民の安全性も上昇する。さらにちゃんと量が測られているので、ショック死する危険性も避けられる。こうして中毒者がある程度、社会的な生活を送る事が可能になる上、マフィアの収入源を奪う意味でも効果がある。中にはこのプログラムを利用して社会復帰、ちゃんと仕事もこないしている中毒患者まで居た。このプログラムがなければ、きっと路上で人生を終えていた事だろう。そう考えれば、この「麻薬対策」は十分意味がある。ただし、社会保障が発展しているドイツでもこのプログラムに対する理解度は高くなく、2010年にほとんどの地方自治体でこのプログラムが終了してしまった。麻薬中毒者を救っても選挙で得点できないのがプログラム廃止の大きな理由だが、やはり少し残念だ。麻薬を禁止していくら取り締まっても、いくら厳しい罰則を課しても、決してなくなる事がないのがこの麻薬問題だ。ならばその現実に合わせた対策が採られても、いいものではないだろうか。
         


今ならまだ合法。






Profiling (11.01.2011)

ドイツで飛行機に乗る際、嫌なのが身体検査とパスポートコントロール。いつ行っても長蛇の列。おまけに外国人はドイツ人よりもチェックが厳しいので、不愉快な思いをする事が少ないない。携帯しているノートパソコンを爆弾と疑われ爆発物のチェックを受けるので、余計に時間がかかってイライラ。意地の悪い検査官に当たると、携行しているカメラとレンズをすべて鞄から出して、ちゃんと機能するか実演するように求められてしまう。丁寧な口調で言われればおとなしく従うものの、往々にして命令口調で言われるので、休暇の初日にして口論になる事が少なくない。私は、「チケットを見ろ。米国じゃなくて、これからタイに飛ぶんだ。テロなわけがないだろう。」と言い、検査官は「テロは行き先には関係ない。」と正当な理由を挙げるのの、もう腹が立っているので理性が効かず、「お前、日本人のテロリストを見た事があるか?」と、食ってかかる。しかし、米国の空港チェックインの光景を見ていたら、「まだドイツはマシ」だった。

テロリストが下着や靴に爆弾を詰め込んでまんまと搭乗に成功(しかし爆破に失敗)した経験から、米国の空港検査官はあらゆるところを触ってくる。これを平気で受け入れている乗客には、感心するばかり。と、思っていたらやはり腹を立てている乗客が居て、「こんなチェックは、乗客に不愉快な思いをさせるだけ。大体、これまで体のチェックで、一度足りともテロリストを発見した事がないじゃないか。」と、これまた正論を述べていた。実際の所、身体検査でテロを防げると思うのは、甘い。テロリストが本気になれば、Duty Free Shopで買えるアルコールを利用して機内で火災を起こしたり、携帯電話などに埋め込んだ少量のプラスチック爆弾で、衝撃に弱い箇所に大きな損害を与える事は可能だ。しかし西欧では、この身体検査をあまりにも重視しており、今度は人体スキャナーを空港に導入しようとしている。このスキャナーの有効性を実証するものとして、拳銃をズボンに押し込んで撮られた映像が紹介されていたが、今時、拳銃をズボンに押し込んで飛行機に搭乗しようとするテロリストなどない。とは言っても、「これで体中を触られる事がなくなるので、不愉快な思いをしなくて済む。」と、思っていたら、このスキャナーで取られた映像が「個人の尊厳を傷つける。」として、この人体スキャナー導入はドイツでお流れになった。体中を触られる方が、個人の尊厳を傷つけると思うのだが、ドイツ人の考え方はよくわからない。リベラルなオランダでは人体スキャナーが導入された。

これに我慢ならないのが、このスキャナーの製造元。折角、テロ対策で大儲けできると思ったのに、映像が良すぎて採用されないことになったからだ。この為、スキャナーされた映像をフィルターに通し、一昔前のテレビゲームのような姿で人物を表現する事により、ドイツの空港への導入を期待したが、甘かった。ドイツ人は核エネルギーや、遺伝子組み換えにアレルギーを持つ国民だ。「人体スキャナーは癌を誘発する!」として、まだ導入もされていないのに抗議行動が始まった。しかしながら空港管理会社自体、この人体スキャナーの導入にあまり積極的でない。というのもこの人体スキャナー、1台、14万ユーロもする。メルセデスのEクラスの新車が2台買えてしまう値段である。フランクフルトのような大きな空港なら数台の導入が必要になる上、これまで使用しているコントロール人員を減らすわけにもいかないので、空港運営費用が大幅に上昇する。当然これは空港使用料としてチケット代金に上乗せされるので、2011年から導入されたチケット税(長距離フライトでは片道45ユーロ)も加わり、チケット料金の大幅な値上げにつながる。これが原因で乗客が減少する、つまり会社の利鞘が減少することを空港管理会社は恐れている。

人体スキャナーを導入しないで、つまり会社の運営費用を上昇させないで、テロを効果的に防止する都合のよい方法はないものか?それがあるんである。テロの本場、イスラエルでは建国から絶えずテロの危険に冒されているが、これまで一人として爆弾を隠して搭乗することに成功したテロリストは居ない。勿論、空港には人体スキャナーなどない。一体、どうやってるんだろう。そこ答えはProfiling(プロファイリング)である。プロファイリングは、米国の連邦警察FBIで犯罪心理分析に用いられている方法で、過去の膨大な犯罪のデータから、犯罪の手口を比較して犯罪者を特定していく方法である。日本のように国民の大多数が日本人で占められている国では理解し難いが、例えばドイツでトルコ系の少女が性的暴行を受けると、犯人は大方、トルコ系住人である。2009年に有名になったこの犯罪でも、犯人はやはりトルコ人であった。ドイツ人の子供が同様の犯罪の被害者になると、犯人は大方、ドイツ人である。2010年に有名になったこの事件でも、犯人はやはりドイツ人であった。このプロファイリングイスラエルでは空港で採用しており、これまで完璧な成果を上げている。

では、現場ではどのようにこのプロファイリングを行なっているのか。イスラエルのプロファイラーによると、「2〜3時間後に自爆することを決意している人間の行動、言動は、自爆を考えていない人間の行動、言動と著しく異なる。」との事だ。具体的な例を挙げてみよう。誰だって休暇に飛ぶ場合、その日に泊まるホテルの名前、場所、一泊幾ら払か、空港からどうやってそのホテルまでたどり着くか、綿密に調べ上げている。しかし、自爆する人間は、ホテル必要がない。だからホテルの事など聞かれると、脂汗が流れ出す。ニューヨークに飛ぶ観光客が、泊まるホテルの名前、値段、場所さえも知らないというのはありえないからだ。さらに旅行日程や目的、何処に行く、誰に合う、何を食べるとか、自爆する人間は全く考えていないため、その場で御伽噺を作ることになり、つじつまが合わなくなる。ましてや自爆する人間は、すでに目が据わっており、すらすらと嘘がつける心理状態ではない。面白いことに、御伽噺を考える場合、眼球が左上に動く。何かを本当に思い出そうと努力する場合、眼球は右上に動く。その他、普通の人なら注意しない体の動きを見て、プロファイラーはその人物が本当の事を言っているのか、極度に緊張しているか、あるいはリラックスして質問に答えているか、手に取るようにわかってしまう。こうしてテロリストは、飛行機に乗る前に選別されてしまう。このプロファイリングの欠点は査定に時間がかかる事だが、その効果は覿面だ。

そこでドイツの空港運営協会長であるBlume氏が、「ドイツの空港にもプロファイリングを導入すべきだ。」と理性のある提案をしたが、ドイツではメデイアや政治家からボロボロにけなされている。氏を批判するメデイアや政治家は、「特定の民族グループを差別するプロファイリングは、民主主義とは相容れない提案だ。」と、まるでプロファイリングをヒトラーやムッソリーニと同一視している。しかし非難をする側は、その非難からもわかるように、プロファイリングが一体どういうものなのか理解していない。プロファイリングとは 、ドイツ人は素通りさせて、アラブ人、トルコ人などのイスラム教徒だけ検査するという、簡素なグループ分けではない。ドイツに限った事ではないが、物事の表面しか見れない人が勝利して、正論が受け入れられないことがある。残念だがドイツでは今後も空港で嫌な思いをするか、あるいは人体スキャナーが導入されて高い空港使用料を払う事になりそうだ。

尚、話はプロファイリングから少し逸れますが、日本人は海外で運び屋として大人気。まず滅多にチェックを受けないことに加え、人のいい日本人は、預かった荷物を持ってとんずらせず、几帳面に目的地まで届けてしまう。この為、「お礼をするので、この包みを日本まで運んでくれないか。」とか、「税関を抜けるまで、この荷物を持ってくれないか。」などと声をかけられる事がある。去年、似たような手口で運び屋として麻薬を日本に運んでいた女性が、マレーシアで捕まった。麻薬犯罪に甘いドイツなら書類送検と罰金で済むが、マレーシアでは死刑である。いくら小銭が欲しくても、運び屋のアルバイトは自粛すべきだ。タイでは運び屋として雇われた日本人は、雇い主から警察に密告されて、いつも空港で捕まっているが、それでも運び屋を志願する輩が後を絶たない。タイで麻薬保持で捕まると、通常、無期懲役である。ドイツでは隣国のオランダから麻薬を調達するのに、何も知らない外国人を利用するケースがあるので、「お礼をするから、この鞄を運んでくれないか。」という話には要注意。「中身が何であるか知らなかった。」「頼まれただけ。」「私の荷物ではない。」など、言い訳にはなりません。


荷物や、


人体スキャンは我慢できても、


こんな所や、


こんな所までチェックされたくはない。

   
ドイツの賭博事情。 (19.09.2010)

ドイツの最高裁判所(Bundesgerichtshof)はカールスルーエにあるが、日本の最高裁に比べて、庶民的な存在だ。というのも、ドイツでは裁判費用は(生活保護受給者の場合)国が払う仕組みになっているので、政府の決定に不服な場合、誰でも最高裁まで政府を訴えることができてしまう。最近の例では生活保護の支給額に不服な家族が最高裁まで政府を訴えて、勝訴。お陰で政府は生活保護の支給額を計算し直す事を裁判所から命じられてしまった。日本では考えられない環境だが、このようなシステムがあるからこそ、政治家が自分達に都合のいいように法律を変える事ができないので、民主主義 を支える大きな柱のひとつになっている。

「じゃ、お上の決定に不満だったら、訴えればいい。」と思うと、そうは甘くない。スピード違反で切符を切られ、免停になったドライバーが、車の運転ができないので「個人の自由の束縛」を理由に最高裁まで訴えるという、いかにも自意識過剰なケースがあった。案の定、最高裁は「 自分勝手な根拠でドイツの法廷を悪用した。」と判決、ドライバーとこの法廷闘争を手助けした弁護士の双方に11000ユーロもの罰金を課した。こうした例は、何でもかんでも自分の道理を通そうとするドイツ人の悪い例だが、稀に「なるほど。」と感心させられる判決が出るので、ドイツ気質は悪い面ばかりではない。

ドイツはEUに加盟しているため、ドイツの最高裁で負けた場合、あるいはドイツの法律が「人権を侵害している。」と確信している場合、欧州最高裁判所に訴えることもできる。とは言っても、どんな懸案でも欧州最高裁判所に訴えることができるわけではなく、ドイツ(あるいは他の加盟国)内で訴えても、法律で規定されている為「埒が明かん。」という場合、欧州最高裁に訴えることになる。具体的な事例を挙げて見よう。ドイツでは離婚した未婚のカップルの子供の養育権は、自動的に母親が「優遇」される。この為、いくら養育権を父親がドイツ国内で争っても、特殊な事情がない限り、勝てる見込みがない。この為、ある父親が、欧州裁判所に子供の養育権をめぐってドイツの法律の不公平を提訴した。判事は、「ドイツの現行の法律は、父親を不利に扱っている。」と判決、離婚したカップル(夫婦間ではない)の父親の権利を強めた。このように欧州裁判所は、ドイツの最高裁のさらに上をいく権威を、権威分野は限られているが、有している。

ドイツの達人になる(参 Ferienhaus)で書いている通り、ドイツでは宝くじ及び賭博は国の専売だ。ドイツ政府はこの規制を、「国民が賭博に狂って、破産するのを防ぐ為。」と根拠を挙げて正当化、その一方で賭博場の経営者から高額なライセンス料を徴収、されには国の宝くじ(Lotto)にて毎週、数億ユーロも儲けている。同様にスポーツ賭博に関しての規制も厳しく、国営賭博会社、Oddsetのみに「営業権」を与え、競合他社が参入してくるのを阻止している。これに我慢できないのが、EU諸国に無数にある賭博場経営者。ドイツの人口の多さを考えれば、賭博にはまる人口(鴨)も欧州一 多い。ドイツ政府が外国の賭博経営者の参入を認めれば、大儲けできるのは目に見えている。そこでドイツ政府の一方的な外国企業の締め出しを「欧州憲法で認めている営業の自由を侵害している。」として欧州最高裁に訴えた。

欧州最高裁は9月8日に判決を出し、「ドイツ政府が国営の賭博業者に賭博を許可する一方で、外国の業者にこれを禁止するのは、EU条約で公認されている商業の自由を侵害している。」と判断。もっと面白いのは次の部分で、「ドイツ政府が、国民が賭博にはまることを阻止する努力をしているとは言い難い。」と、原告の主張をぼぼ認める判決を下した。というのもドイツ政府は「国民が賭博にはまることを阻止する。」と言いながら、宝くじやスポーツ賭博の宣伝を国営番組で大々的に行っており、言っている事とやっている事が矛盾している。この悪事が、ついに欧州最高裁で裁かれてしまった。この判決の結果、ドイツ政府はドイツ国内におけるスポーツ賭博市場を他の業者に開ける事を余儀なくされ、賭博運営会社の株価は判決が出ると同時に大幅に上昇した。

尚、この欧州最高裁の判決は、スポーツ賭博に限定されるので、宝くじに関しては、ドイツ政府が今後も専売を続けることになる。そのドイツ(欧州)の宝くじは、日本のようにすでに番号が記載されているくじを買うわけでなく、自分で好きな番号を記入して賭ける方式。ここは賭博講座ではないので詳しい賭け方は割愛して、この宝くじに関する裁判例を紹介してみたい。宝くじは、一人で賭けるよりもグループで賭けるほうが(わずかながら)当たる確立が高くなるは自明の理。「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる。」である。この為、ドイツ各地にLotto-Gemeindeと呼ばれる一緒に宝くじを購入するグループがある。ドイツに住んでいる人なら郵便受けに、「あなたも1億ユーロ当ててみませんか。」などというお誘いの手紙が届いているのを経験した事だろう。しかしながらこうしたお誘いには、詐欺が数多いので、真面目に取らないほうがいい。本当に1億ユーロ当てる事ができるなら、何も他人に宣伝でしないで、自分で当てて、何不自由ない生活を送っている。それができないので、手紙を送って「あなたも一発、当ててみませんか。」と勧誘、詐欺で小銭を稼いでいるわけだ。とは言っても、このようなグループに登録している人もかなり居り、友人、仕事場の同僚などでグループを組んで、一緒に賭けているケースの方が多いようだ。ただ、「金の切れ目は縁の切れ目」と言う通り、本当に当たりくじを引いてしまうと、大概、裁判沙汰になる。

というのも、こうした宝くじグループで当たりがでると、宝くじを保管していたグループのメンバーが、「俺が個人で買ったくじだ!」と、言い出す事 になる。あるいは誰かが宝くじを当てた事を知ると、「俺達は一緒にLotto-Gemeindeを組んだ仲じゃないか。」と、急に友人が増えて、自分の取り分を要求してくる。数百ユーロならともかく、数億ユーロだから、友情なんて全く意味を無くしてし まう。こうした裁判沙汰の判決は、毎回、同じ。つまりLotto-Gemeindeを組んだと主張する者は、その証拠を書面で提出する必要がある。口約束では、Aussage gegen Aussage(意見の言い合い)になり、証拠にならない。こうして当たりくじを運良く保管していたメンバーは、(証拠がない限り)賞金を独り占めすることが可能になる。この為、もしLotto-Gemeindeを組むなら、毎回、ちゃんと書面で記録を残しておく事が大事だ。とは言っても滅多に当たるものではないので、数年も経つといつか忘れてしまい、裁判沙汰はなくなる事がない。
 


ドイツの「宝くじ」Lotto。





小さいアドルフ。 (04.09.2010)

去年ここで取り上げたドイツ連邦銀行取締役員のSarrazin氏が、外国民をけちょんけちょんにけなす本を書いて、大きな話題になっている。ドイツ人がドイツに住む外国人に対して、どのような意見を持っているのか、その本心を露呈してくれているので、今回はこれをテーマに取り上げてみたい。

ザラジン氏は(特にトルコ人、アラブ人などの移民が多い)ベルリン市の財務官として7年間勤務した経験があり、現場の現状(惨状)を知っている現場の人間の一人だ。この当時の「経験」が、出世してドイツ連邦銀行取締役員になってからも氏を駆り立てており、アラブ人、トルコ人の生活様式の巧みな描写で、茶の間に話題を提供し続けている。あるインタビューでは「連中は(トルコ人、アラブ人を指す)何もしないで、国の金で1日中テレビを見ているだけ。偶にSchwarzarbeit(違法就労)に出かけてくれると、嬉しいくらいだった。」と、即興とは思えない見事な描写を披露。別の機会では、「(仕事をしないで)国の金で生活しておきながら、ドイツの社会に溶け込む努力を一切放棄、それどころかドイツの文化を拒否してる移民に対して、その(移民の)功績を認めるつもりはない。トルコ人の70%が、アラブ人の90%が、こうした移民だ。」と、正直に感情を吐露した。これはあのアドルフ以来、初めてドイツ人(高官)の口から聞かれる外国人非難である。

氏のトルコ人&アラブ人非難が、ドイツでお茶の間で話題になるのはその理由がある。例えば日本でも在日韓国人の悪口を言う人が居るが、非難の根拠、そしてその根拠を裏付けるデータが欠如しているので、良識や常識を備えている日本人の階層まで達しない。これといい比較をなしているのが、サラジン氏の非難だ。例えば、ドイツの平均失業率は7%程度だが、移民の失業率は12.4%にも昇る。トルコ移民に限ってみれば、その失業率は16.8%と、ドイツの平均失業率の倍以上である。又、生活保護で生活をしている割合はドイツ全土では4.3%だが、トルコ人は8.3%とドイツ人のほぼ倍の割合となっている。又、学校での成績でもドイツ人の場合は10.4%が終了試験にパスしないまま学校を終えてしまうが、トルコ人は25%もの高確率で、最低学歴させも終了する事ができていない。こうした数字を挙げて、トルコ人やアラブ人を非難するので、サラジン氏の非難は知識階層にも聞く耳を見出すことに成功している。勿論、非難の矛先になっているトルコ人、アラブ人は、「それは間違っている。」と 頭から否定するが、その根拠になるデータを挙げのるは難しい。敢えて言えば、トルコ人は企業精神に旺盛で、ベルリンで新しく登録される企業家の1/4はポーランド人かトルコ人であり、ある程度、ベルリンの雇用状況の改善に貢献している。

サラジン氏はこうした(問題)発言だけでは不十分と感じたようで、氏の意見を一冊の本にまとめた。タイトルは、Deutschland schafft sich ab.日本語に訳し難いが、「(自ら)廃止するドイツ」という意味。氏の主張は、旧ユーゴスラビアに属していたコソボが、コソボ人の高い出産率で「原住民」を圧迫、国を人口で征服して独立国宣言した例を挙げ、ドイツが(トルコ人、アラブ人の高い出産率で)モスレム化してしまう危険を指摘している。さらにはモスレム系住民の知能指数も、「ドイツ人よりも低い。」と主張、それだけではまだ気がすまず、よせばいいのに、「ユダヤ人は特殊な遺伝子を共有している。」と、やった。まるでアドルフのような主張である。モスレム系住民の知能指数云々や、ユダヤ人が共有する遺伝子などは何の根拠もない主張であり、あまり知的な指摘ではない。日本ならそういう主張も受けるかもしれないが、ドイツでは受けない。さらにはドイツのタブー、ユダヤ人問題を取り上げた為に、ドイツでは賛同する声と同じくらいに非難の声が上がっている。果たして日本だったら、どれだけ非難する声があがっただろうか、興味のある所である。この結果、氏が属しているSPDは党籍抹消手続きを開始しており、氏が勤務しているドイツ連邦銀行では、「連邦銀行の取締役として適した人物かどうか」協議が始まっている。(9月2日になって氏の役員解雇要請を大統領に申請した。)

SPDにしてみれば、CDU/CSU/FDPの茶番激のお陰で過去最低の支持率から脱出中である。この大事な時期に、SPDの党員が外国人排斥を主張するのは都合がよろしくない。特にSPDは唯一、ナチスに抵抗した政党という過去の業績がある為、外国人排斥を訴える著名党員がいては、過去の功績が台無しになってしまう。ドイツ連邦銀行にしても思いは同じ。憎いフランス人が欧州中央銀行頭取に君臨しており(その前は憎いオランダ人)、欧州共同体で最も高い国民総生産高を誇り、もっとも多額の加盟金を納めているドイツ人には、ゆゆしき事態である。幸い、現在の頭取の任期は2011年に「満期」になる。ドイツ政府及びドイツ連邦銀行は「今度こそ」、ドイツ人が欧州中央銀行の頭取になる事を期待しており、その可能性は決して低くない。大きな問題がなければ、ドイツ連邦銀行総裁のAxel Weber氏が、欧州中央銀行の次期頭取に就任するだろう。大きな問題がなければ。この大事な時期に、取締役員がアドルフまがりの外国人非難、それもユダヤ人非難を含めて本を出版したのだから、Weber氏の胸中は推して知るべしだろう。ユダヤ非難は特に米国に受けないので、そんな非難を平気で行う人物を取締役員に迎えているWeber氏が欧州中央銀行の頭取になって、うまく米国と歩調を合わしてやっていけるか、問われかねない状況である。

こうして「サラジン下ろし」が始まった。賢い批評家は、「サラジンが主張する内容の是非を問うべきであり、氏がその意見をどのように述べたか、その表現方法を問う議論をすべきではない。」と警告を発しているが、SPDにしても、連邦銀行にしても、そのような良識ある警告に耳を貸す余裕はない。又、大きなテーマがないこの時期、サラジン氏はドイツのテレビ局にとって天の恵み。サラジン氏は本が出版される前から、連日、テレビ出演しており、出版から1週間以上たった今でも議論は収まるばかりが、さらにその波は高くなるばかり。これは本の販売に最高のセールスであり、来週にベストセラーリストが公開されると、氏の著作がベスト10に入っているのは間違いないだろう。理解できないのは、決して教養がないわけでないサラジン氏が、何故、このような大事な時期に著作の発表を行った のか。発表を1年遅らせても、トルコ人がドイツから居なくなるわけではないし、アラブ人がいきなりお行儀よくなる事はない。つまり時間はたっぷりあるのだから、Weber氏が欧州中央銀行の頭取に就任してから本を出版すれば、職を失うことなく、まっとうに取締役員を勤め上げる事もできただろう。(まだ首になると決まったわけでない 。)現状では、時期を誤ったばかりに、今後は本の印税だけで生活する事になりそうだ。

氏の主張、「モスレム系移民は知能指数が低く、その高い出産能力でドイツの平均知能指数を下げている。」は、勘違いもいい所だが、正直な所、心のどこかに賛同する部分があるのも否定できない。多分、これがドイツ人の潜在的アンチ外国人ムードに火をつけているようで、あまり教養の高くないドイツ人は、サラジン氏を英雄扱いしている。今後、氏がSPD党籍を抹消されて、連邦銀行を首になると、氏の人気はさらに高まるかかもしれない。


サラジン氏、その将来は何処にありや?






見ざる、聞かざる、言わざる。 (15.03.2010)

日本ではあまり馴染みのないキリスト教。その中でも昔の慣習を厳格に守っているカトリック宗派は、その教理の実施において社会問題になるケースが少ない。2000年も前の慣習を、今の社会にそのまま適応しようとするのだから、まあ、これは当たり前。ドイの学校は聖書の教えではなく、ダーウインの論理で人類の誕生の授業が行われるのが、「敬謙な」カトリック教徒には気に入らない。そこで両親は学校へ子供を送らないで、自宅でガチガチのカトリック教の授業を施すので、問題になっている。

先進国のドイツでこの様だから、発展途上国ではもっとひどい。カトリック教は避妊を「神の意思に叛く物。」として断罪、そのおかげでカトリック教が根強く浸透しているフィリピン、特にそのスラムでは、食べ物も十分にない家庭に子供が7〜8人も生まれるので、お先真っ暗。そのような環境下に生まれた子供は、乞食や泥棒にならざるを得 ないが、これも「神のご意思です。」で済まされてしまい、問題が改善されるどころか、悪化するばかり。この貧困を見かねた人権団体がコンドームなどの避妊措置を導入しようとすると、カトリック教会から「神の意思に背く行為。」と、猛反対されてしま う。そのちょうど逆が、「宗教は阿片。」との立場を取る共産主義最後の砦、中国。子供の数を制限する制度が導入されて、人口の爆発を抑えることに成功し た。勿論、これは民主主義的な措置ではない上、さまざまな弊害引き起こしるが、フィリピンの状況と比べれば、「まだマシ。」だ。

カトリック宗派の問題は、現在のローマ教皇が、「夫婦間でどちらかがエイズに罹った場合でも、コンドームを使用するのは、神の意思に叛く。」と、平然と数千年前の掟を現在でも強要している点に集約される。いい例があるので紹介しよう。ドイツで人気の(最近は落ち目)No Angelsというグループがある。このグループのメンバー(女性)が週末になるとデイスコで男性を捕まえては、気楽な性 活動に堪能していた。それは個人の自由であるので、何も非難される謂れはないが、彼女はエイズに感染していた。果たして彼女がカトリック教徒なのか知る由もないが、教皇の要求する通り、避妊しなかった。結果は長く待つまでもなく、その男性の一人がエイズに罹り、彼女を傷害罪で訴えたから、それは大きなテーマになった。ドイツではエイズに罹っていることを知って、性行為に及んだ場合、傷害罪に問われる。(勿論、うつされた場合。)つまりは教皇は、エイズ感染者に傷害罪を犯すように奨励していることになる。この事件がきっかけで、ドイツ国内ではカトリック教のコンドームの使用を断罪する態度に非難が集中したが、教皇は先に述べた通り、コンドームの使用をいかなる状況でも許さないと、その態度を崩していない。この頑迷な態度が原因で、教皇はドイツ人であるだけに、熱烈なカトリック信者でない限り、教皇はドイツで人気を落としている。

大体、性欲などは人間の食欲、睡眠欲などと同じレベルの基本的欲望。無理をして「我慢」したところで、一生、なしで済まされるものではない。おまけに無理に辛抱すると、返って欲望が強くなって、制動が利かなくなる。だから同じキリスト教でも改革派のプロテスタント宗派は、無理な理想に縛られず、司祭が結婚するのを認めている。しかしカトリック宗派では、これを未だに理解していない。だから、教会の司祭が性欲のはけ口として、教会や教会が経営する学校に通っている子供に性的暴行を加える事件が後を絶たない。数年前には米国で、その後、スイスでもこうした犯罪が明るみに出て大きな問題になったが、今回はオランダ、ドイツ、オーストリアで次々に明るみに出て、再び大きな問題になっている。

うした問題が報道されると教会は、"Ein bedauerlicher Einzell."「残念ながら起きてしまった唯一の事例。」と、声明を出し、問題を一部の異端者の犯罪として、軽視してきた。しかし、今回は被害に遭った子供の数が多すぎた。さらにはこの事件がドイツだけでなく、欧州全域に広がりを見せると、「唯一の例外」では済まされなくなってきた。これに加え、こうした「聖職者」の「悪事」が報告された場合、その地区の司祭がこの事件を警察に報じることなく、子供に乱暴をくわえた職員を別の地区に転勤させていた事実もカトリック教会のイメージを失墜させるのに貢献した。こうした教会側の手厚い保護のお陰で、「前歴」のある聖職者は、一向に罰せられる事無く、また転勤先で堂々と働き、またしても悪事を働くことが可能になった。これはもう「道を踏み外した子羊の仕業」では済まされず、カトリック教会全体の問題である。

このような問題が報道されると、カトリック教会が反省するとか、思い直すとか思ったら、大間違いで、教会関係者は、「こうした子供への性的虐待は、何も教会だけの問題ではない。」と、問題をすり替え始めたから、流石はカトリック宗派だけのことはある。勿論、戒律を破って性的行為に走るのは、キリスト教の司祭だろうが、仏教の坊さんだろうが、こうした戒律をもっている宗教に共通の問題である。例えばタイなどでは、毎週のように坊さん の珍道中報道されており、こうした行為は、子供への性的暴力でない限り、日常茶飯事でもはや大衆の興味さえかきたてなくなっている。その点では、この教会関係者の言うことは正しい。しかしカトリック教会の問題では、性的暴力の対象になるのがいつも子供であること、又、これを隠そうとする教会の努力があったことを忘れてはならない。こうした事実を無視して、被害者に詫びる代わりに、まずは自己の弁護をするのは、いかにも西欧らしい行動だ。

この子供への性的虐待が報道されると教皇は、「大いに動揺しており、深い謝意を感じている。」と、声明を出したが、果たしてどこまで本気なのかわからない。というのも、教皇が司祭をしていたレーゲンスブルクの教会でも子度への虐待が報道されている上、この被害者は、「Ratzinger(教皇の名前)は、聖歌の練習で気に入らないと、怒って椅子を投げつけてきた。」と、語っており、「聖人」の聖人ならざる行動振りが報道されている。実際の所、教皇が当時、同じ教会内で「兄弟」が何をしているのか知らなかったというのは信じがたく、それよりも教会内の「(都合の悪い事は)見ない、聞かない、言わない。」という風潮に従って、これについて知っていながら、敢えて追求しなかった可能性の方が高い。さらに教皇は今回の事件に際しても、聖職者の性生活禁止は、カトリック教会の貴重な資産と語っており、一向に改善をする様子さえも見せていない。お陰で将来も、今回のような子供への性的暴力はなくなることはないだろう。
 


100件を超える性的暴行の訴えがあったベルリンの学校。









 
THW   (21.01.2010)

少し古い話になるが、ドイツに来る前は伊丹市広畑にある(射撃場近くの)古い官舎に住んでいた。建物はかなりひび割れが入っており、あきらかに年季の入った建築物。トイレは各部屋に完備されているものの、浴室はなしと言う自衛官向きの官舎。1年ほど住んだ後、6月に念願の退職、官舎を出て、7月にはドイツにて来て語学学校に通っていた。ある日、冴えない頭をはっきりさせようと休憩時間に付近を歩き回っていると、語学学校の廊下に捨てられていた新聞に目が留まった。そこには「大地震!」の大見出しで、どこかで見た事のある写真が載ってた。新聞を手にとってよくみると、それは倒壊した阪神高速道路であると判明。驚いて(自宅に帰ってから)テレビをつけると、当時は丈夫そうに見えていたJR伊丹駅まで崩壊しており、唖然。正直に告白すると、「皆、大丈夫なんだろうか?」という心配よりも、「辞めててよかった。」と、自分の運の強さに感心。倒壊する建物に押しつぶされて死ねたならまだいいが、倒壊した建物の隙間に挟まれて餓死するなんて、最悪の状況。実際、阪神・淡路大震災の際の救出作業の95%は家族、隣人によるもので、残りたった5%が消防などの防災機関によるもの。つまり建物の下敷きになって生き延びた場合、公の救助機関が助けに来てくれる望みは、余程の強運の持ち主でなければ、ない。

ドイツで感心するのは、そのような災害時に技術的援助救出作業を行うTechnisches Hilfswerk、略称THWという組織がある事。THWは消防署とは別の組織で、各自治体に存在しており、建物が崩壊した場合の市民の救出作業、災害で水道が壊れた場合は飲み水の供給を確保、洪水の際はポンプで排水したり、浸水した地域の市民の救出作業など、さまざまな技術的な支援を行う組織だ。日本ではどうにもならなくなると自衛隊を派遣するが、被災地に装甲車や兵隊を送っても意味がないので、ドイツではドイツ軍ではなくこのTHWが出動する。これには両国民の考え方の違いに起因している。日本では「自然災害なのでやむを得ない。」という考えが支配的で、市民が死んでも「仕方がない。」で済んじゃう事が多い。しかしドイツで自然災害が起こって人が死ぬと、「これは避けられたんじゃないのか?」と考える。だから次の自然災害に備えて、すでに戦後間もない1950年に今のTHWの元になる災害救援組織が生まれた。

さてこのTHW、何もドイツ国内の災害だけに投入されるものではなく、海外で災害が起こった際は24時間以内に装備を持って災害地に赴く準備が整っている。というのも、倒壊した建物の下敷きになって生き延びるのは、せいぜい3日間が限界なので、一刻を争う。この為、どこかで災害が起きると文字通り、「飛んでいく」準備が整っている。だから上述の阪神・淡路大震災の際、ドイツ政府は直ちに日本政府にTHWの派遣を申し出た。ところが日本政府はこの申し出に感謝しながらも、ドイツからの救助を拒否。こうして救われたかもしれない人命が、日本政府の決断で失われた。そんなことは内向型の日本のメデイアでは取り上げられなかったに違いない。しかし当時ドイツに留学していた著者には、「なんで日本政府は助けを断ったんだ?」と、ドイツ人から質問攻め。災害で苦しむ自国民をよそに、北朝鮮やミャンマーの軍事政権と同じ行動を取った日本政府の行動は、不可解だった。

別の例を挙げてみると、日航機の墜落事故。日本では、墜落後、「その他の者は即死、もしくはそれに近い状況であった。」と報道、「最善を尽くした。」というムード作った。しかし、そんなムード作りに関心のない欧米は、日本政府の対応の落ち度を指摘した。米軍の横田空軍基地では日航機が緊急救難信号を出してから墜落するまで、無線でのやりとりを追っており、墜落後、米空軍機を墜落現場に派遣した。しかし不可解なことにここで日本政府から、「任せて欲しい。」という要請が横田基地に届き、米軍機は墜落現場の手前でUターンを迫られた。ところがここで日本政府からの要請を得て、日の丸をしょって航空自衛隊や海上保安庁が救援に向かうが、肝心の墜落現場が見つけられないというていたらく。結局、日航機が墜落してから9時間も経ってようやく墜落現場を確定した。これで空路救助を送るかと思いきや、墜落現場を旋回しただけで、基地に帰還すると、地元の消防に救援を要請、こうして現地の消防隊は徒歩で墜落現場に向かい、墜落現場に着いたのは14時間後で、大方の負傷者は死亡してしまった後だった。

実際にこの墜落事故を生き延びた生存者が「墜落直後は、生存者が多く居た。」と証言しているのに、日本政府はこれを無視することに決定。遺体を解剖すれば、死亡時間、死亡原因が確定できるものだが、日本政府の要望ですべて墜落死とされ、解剖されなかった。その代わりに生存者の救出作業をテレビで全国放映、まるで手抜かりのない救出作業を展開しているように演出をすることに専念。救出作業の遅延に対して小さな非難が起きると、「夜間に救出作業を行える装備が揃っていなかった。」と言い訳。では、何故、第一に救出現場に向かった米軍機を追い返したのか?他の事ならともかく、米軍は世界で一番優れた装備(暗視装置を含めて)を持つ軍隊だ。その米軍の駐留費用を日本政府が(一部)肩代わりしてるのに、何故、米軍に救助を依頼しなかったのか?今回のハイチでの大地震の後、米軍がハイチの空港の管理を即座に掌握した例からもわかるように、米軍なら墜落後数時間で負傷者を救出することができた。我々日本人は、外国人に聞かれる前に、日本政府のこうした奇怪な状況判断を問題にすべきではないだろうか。

今回のハイチのような大震災が起きると、お金のある国は緊急援助として、実際に救済に人を派遣する代わりに、数億円の援助金を払って面子を保つ。時々、この援助金のデッドヒートが起こり、「どの国はどれだけ援助金を出した。」と意味のない競争が行われる。「そんなことを言っても、援助金は必要でしょ。」と言われるかもしれないが、それは正論で援助金を出すのは間違いじゃない。問題にしているのは、援助金の額で優位感を感じたり、援助金を出すことで「我が国は責任を果たした。」と、関心を失くすその姿勢だ。大震災の避難者にとって一番欲しいのは援助金ではなく、その場での救出作業及び援助だ。倒壊してビルの下敷きになって救出を待っている人に、「何処の政府が何億円出したぞ!頑張れ。」などと言っても、全然頑張れない。災害の後、飲み水が汚染され、災害は生き延びたがコレラに罹った病人に、「何処の政府は援助金を増額したぞ!頑張れ!」て言っても、安全な飲み水や薬がなくては、全然、頑張れない。

ドイツはこれをよっく知っているので、直ちに救援チームを派遣した。倒壊したビルの下敷きになっている人を探すべく、特別に訓練された犬とその指導者が派遣された。時を同じくして災害を生き延びた生存者が、コレラなどにかかる第二災害を防ぐため、浄水装置を空路輸送して、飲み水の確保に努めている。これが本当の援助であり、援助金を出すのは、往々にして現地の権力者のポケットに納まってしまうケースが多く、あまり助けにはならない。日本も是非、ドイツを見習って日本版THWを作って欲しい。使いもしない90式戦車1台に20億円も払う金があるなら、購入する戦車の数を2台ばかり減らして、その金でTHWを自衛隊の施設課に増設すればいい。地震大国の日本、戦車への投資と違って、この日本版THWへの投資が報われる日は必ずやってくる。           


浸水の際に活躍するポンプや、


水の浄化装置は、

THWの通常装備。





ジレンマ。 (05.11.2009)

ドイツに住むある知人から、「日本政府はこれまでの移民体制を見直すため、ドイツに研究者を派遣している。」と聞いて、少なからず不安になった。明治維新の際、民主主義を取り入れている米国のシステムを嫌って、日本統治に都合のいいドイツ(プロイセン)のシステムを導入すべく、研究者を派遣したのは、ご存知の通り。しかし今日の視点で歴史を見れば、これがその後の「破綻の始まり」であった。権威に対して批判を一切許さないそのシステムは、国民から批判能力を奪い、「右向け右!」で破滅まで突っ走る事を可能にした。「本国」ドイツでは、明治憲法が日本で導入されてから30年も経たないで、最初に破滅を迎えたが、日本ではこのシステムは生存を続け、本家ドイツよりも30年近くも長生きしたが、結果は同じように破滅だった。今思えば、時代遅れのドイツのシステムを導入しないで、米国の民主主義を形だけでも導入していたら、その後の歴史の流れは変わっていたかもしれない。

ドイツ人は第二次大戦中の外国人(ユダヤ人、ジプシー、ロシア人、ポーランド人)の大量殺害で、「外国人とはうまくやっていく才能がない。」事がわかっていい筈だった。ところがこの外国人殺害を、「悪いのはドイツ人じゃない。ナチスだ。」と、(都合の悪い事はすべいて)ナチスの責任にした為に、自身の度量を過大評価してしまった。この為、60年代の経済復興で労働者が足らなくなると、「外国人労働者を使おう。」と安易な決断をした。又、第二次大戦中の「失敗」もあり、外国で虐待されている人がいれば、これを積極的に受け入れて、かっての汚名挽回に勤めた。その努力は認めるが、やりすぎた。見境なく外国人を受け入れてしまった為、80年代に入ってやっと規制を始めたが、ドイツに住んでいる外国人(旅行者、帰化した者などは含まない)は、ちゃんと登録されている数だけで7百万人近くに昇ってしまった。これは大雑把に言えば、10人ドイツ人が集まれば、1人は外国人となる。これでは実感がわかないので身近な例を挙げると、埼玉県の人口はちょうど7百万なので、ドイツに住む外国人を全部集めれば、埼玉県人が全部、外国人という事になるから、どのくらい外国人が多いかよくわかると思う。さらにドイツの人口は日本よりも30%以上少ない事を考えれば、外国人の比率は日本とは比較にならないほど高い。

外国人の内訳を挙げてみれば、最多の外国人はトルコ人で180万人も居て、その内、130万人がベルリンに住んでいる。ちなみにイスタンブールの人口が110万人だから、ベルリンがこっそりと「第二(それとも第一?)のイスタンブール。」と呼ばれるのもよくわかる。トルコに次ぐ外国人グループは旧ユーゴ、イタリア、ポーランド、ギリシャ、、となっている。旧ユーゴからの移民が多いのは、ユーゴの内戦の際に、すでに外国人で「パンパン」になっているのに、ドイツ政府が数多くの難民を受け入れたからである。この点でも、「ドイツ政府は偉い。」と素直にその功績を認めたい。その他のイタリア、ギリシャ、トルコは単純労働者としてドイツに働きに来る国の代表例であった。(ポーランド人は、日本の朝鮮人と似たような状況がある。)ところで、話は横にそれてしまうが、ドイツに一番多く住んでいるアジア人は、どこの国籍か想像がつくだろうか?答えを聞くと「成る程。」と反応される方が大半だろうが、一番多いのはベトナム人で、9万人と郡を抜いている。(言うまでもなくベトナム戦争の難民。)ベトナムに次ぐのは、その宿命の敵、中国である。面白い事に、3番目がタイ国籍で5万人近くも居る。これまでドイツでタイの男性に出会った事がないので、ほとんど女性だと思われる。ちなみに日本人はドイツ全土で3万人住んでおり、インド人、スリランカ人よりも数が少なく、少数派の外国人だ。

70年代のオイルショック後に長い不景気がやってくると、ドイツ人失業者の数が飛躍的に増加したが、政府は相変わらず外国人労働者を受け入れていたので、失業者の怒りの矛先は外国人に向けられた。するとこれまでは気になっても、見えない振りをしていた点が誇張されて見られるようになった。言葉、慣習、そして宗教である。単純労働者に仕事をしながら「ドイツ語をマスターせよ。」というのは、無理なので、これまでは外国人労働者がトルコ語やその他の言語で話すのを寛容してきたが、次第に、「ドイツに10年も住んでいるのに、何でドイツ語ができないんだ。」と、態度が変わってきた。労働者は男性ばかりたったので、慣習の違いはそれほど気にならなかったが、労働者がトルコの田舎からトルコ人女性を呼び寄せて結婚すると、イスラム教独特の女性の「服装」が気になったが、我慢した。ドイツに働きに来る労働者に、「ドイツに来るのだから、キリスト教に改宗しなさい。」というのは、言いすぎだと思ったからだ。しかし、この「不満」は心の深い部分でくすぶり続けた。著者がドイツにやってきた90年代、ドイツ人家庭の一部屋を借りて生活していたが、「イスラム教徒の女性が身に着けているKopftuchは、許せない性差別だ!」と、ドイツ人女性は、イスラム教、あるいはイスラム教徒の男性に、敵愾心を抱えていた。が、これを表立って非難する事は、良識のあるドイツ人は避けた。

こうしてトルコ人が集中して住んでいる地区は、ドイツ語ではなくトルコ語が第一言語となって、先住民であるドイツ人を圧倒するようになった。さらにはイスラム教寺院が次々に建設され、イスラムの装束をまとった人々が路上にあふれ、トルコ人VSアラブ人マフィアの権力抗争で治安が悪くなると、ドイツ人がこの地区から逃げ出し始めた。そうなると当然、家賃が低下する。これを幸いに、その後にトルコ人、アラブ人が大挙してやってきて、この傾向にはさらに拍車がかかった。こうして、ベルリンのNeukoeln地区はいい意味で言えば、さまざまな文化の交流地、悪い言葉で言えば、第二のイスタンブールとなった。

この状況を見て、ドイツ政府は遅ればせながら外国人の流入をストップすべく法律の改正を始めたが、法律の抜け穴を利用してドイツの社会保障制度を目当てにドイツにやってくる外国人が後を断たなかった。さらには60年代にやってきた初代の単純労働者の子供がドイツで育ったにもかかわらずドイツ語をうまく話せず、学校で落第、やる気もないので学校退学後、生活保護を受けて生活していると、外国人に対するドイツ人の寛容さもその限界を迎えた。例えばドイツ全土では生活保護を受ける家庭の割合は20%程度なのに、Neukoeln地区では50%を超えており、ベルリン市の破産の原因のひとつになっている。つまり、ドイツの経済発展を助けるべくドイツに向かえた外国人が、ドイツの発展の足手まといになり始めたのである。(少なくとも、ドイツ人にはそう思えた。)かと言って、これまでドイツの高度成長を助けてくれた外国人に、「用が済んだので、出て行ってください。」と言うのでは、あまりに「お調子」がよく、過去の失敗の手前もあって、言いたい言葉を飲み込んだ。ネオナチなど教養のないドイツ人は、「外国人、出て行け!」と平気で言っているが、知識人はこれが言えない。これをやってしまうと、「ドイツ人は今も昔も外国人が嫌い。」さらには、「ドイツ人は、今も昔も変わっていない。」というテーゼを証明しかねないからだ。こうして誰もが心の中では感じているのに、公然と心中を吐露できないというジレンマに陥った。(ナチスは第一次大戦後、このジレンマを利用、ベルサイユ上条約の不平等を公然と主張して、ドイツ人の歓心を得た。)

言いたい事を我慢するのは、あまり体によくないので、時々、ガス抜きをする必要がある。そうしないと大爆発してしまう。そのガス抜きをしてくれたのが、かってのベルリン市の財務官で今、ドイツ中央銀行の取締役員のSarrazin氏だ。氏は、「ベルリンは、ベルリン市民(案にトルコ人を指す)によって救われる事はないし、ベルリンが(往々にしてトルコ人が経営してる)インビス(立ち食い店)から得る物もない。大体、トルコ人の70%、アラブ人の80%はドイツに帰化することを拒絶している。」と、これまでは知識階級が言いたくても言えない事をずばりと言ってしまった。勿論、トルコ人、アラブ人団体を言うに及ばず、ユダヤ人団体まで、外国人団体は赤い布を見た闘牛のように、Sarrazin氏に突進したが、ドイツの知識階級の反応は非常に面白いものだった。「氏の言い方は間違っているが、本質は誤っていないかもしれない。」というものであった。

例えば同じ外国人でもアジア人は、ドイツに帰化しようと努力をする。上述のベトナム人の例を挙げてみれば、ドイツに住んでいるベトナム人生徒の半数以上は大学まで行く。その結果、ドイツの社会で重要なポジションに就いているアジア人を見れば、通常はベトナム人である。いい例が、今回、厚生大臣に就任したDr.Roesler氏だ。氏はベトナム戦争で両親を無くし、孤児という逆境にも負けず努力を重ね、ドイツ軍の将校育成制度を利用して医学を勉強、軍医になり、そして今回、ドイツ史上最年少の36歳で厚生大臣にまでなった人物である。これに比して、ドイツに住む外国人の最大派閥を構成するトルコ人では、大学まで行く生徒は10%にも満たない。これに加えて、国は外国人の帰化を容易にするために、「無料のドイツ語コース」を提供しているが、トルコ人、アラブ人はコースへの参加を拒否している。早い話、やる気が全くない。こうした状況を見る限り、Sarrazin氏の言い分は必ずしも的外れではない。もうちょっと上品に言えばよかったのかもしれないが、上品に言えば、「効果」を失う。あるいは、氏のベルリンでの経験がこれを許さなかったのかもしれない。

つまる所、ドイツの移民政策は、「こうしてはいけませんよ。」という見事な失敗例である。スイスやシンガポールはもっと賢い移民政策を採用しているのに、日本政府がよりによってドイツの移民政策に興味を寄せている理由がわからない。ドイツには日本よりも優れているシステム、報道(メデイア)、民主主義、社会保障など、は、たくさんあるが、この移民政策は別物。今、世界各国からソマリア沖に海軍の舟艇を派遣して、海賊からの攻撃の撃退に当たらせているが、ドイツ海軍には、「海賊を捕らえてはならない。」という厳命が行き届いている。何故だからおわかりだろうか?ひっ捕らえた海賊が、ドイツの艦船に上がってくるなり、「政治亡命」を要請してくるのを恐れているからである。ドイツの法律では、政治亡命を希望する者は(あきらかに政治亡命者でなくても)、政治亡命を与えられるかどうか、審査を受ける権利がある。「お前、海賊だろう!?亡命なんかできるか。」とやると法律違反になるので、わざわざドイツまで連れ帰って、宿舎(監獄ではない)に入れて、お金をかけて審査をしなくてはならない。この審査中にこの政治亡命者が教会に逃げ込み、「教会亡命」をすると「お手上げ」で、また移民が出来てしまう事になる。だからドイツ海軍は海賊を捕らえない様に厳命しているのである。日本は、この前、ドイツの真似をして大火傷を負った。これに懲りて、今回は是非、他の国の真似をして欲しいと切に思うのだが、あの研究員は何を報告したのだろう。とても不安である。

 
今回のようなコラムを書くと、「トルコ人は、、。」、あるいは「ベトナム人は、、。」となんでも十把一からげにされてしまう危険があるので、一言。ドイツにはトルコ人の医師、弁護士、国会議員だって居る。その逆にベトナムマフィアは凶暴で情け容赦なく、恐れられている。ドイツの中華料理屋は往々にして所有者はベトナム人であるが、これは途中でオーナーが「変わった」為である。レストランの「売却」を断ると、ベトナムマフィアの訪問があり、この時点で所有者が変わる。フライブルクのミュンスターの横にあった中華料理屋のオーナーは、著者がフライブルクに留学中に姿を消し、未だにその行方がわかっていない。
          


Neukoelnの住人と、


その住居。








東西社会保障事情比較 (23.03.2009)

今日は、他に取り上げる適当なニュースもないので、ドイツと日本の社会保障の取り組み方の違いについて考察してみようと思う。言うまでも無く、社会保障制度は長い民主主義の歴史を持つ欧州のシステムの方が、憲法25条に書かれているだけで真面目に取られていない日本のそれよりも優れている事は間違いないが、だからと言って欧州のシステム、特にここで取り上げるドイツの社会保障システムにも欠点がないわけではない。

ドイツで社会保障を受けている人は、大雑把に言って、就労拒否万年失業者と就労意欲のある失業者、それに母子家庭及びお年寄りの4つのグループに分けられる。社会保障制度が充実すると、最初のグループだけが得をするように思われて、日本のようにアジア諸国では、「仕事をする気のない連中に、金など払う必要はない。」という意見が多い。しかし、これはごく一部の層にだけ当てはまる事実であり、不況や不運で仕事を失くした人や母子家庭などの「罪のない」国民まで、十把一絡げにして「社会保障を受ける必要のある人は自業自得。」という考え方は正しくない。長い人生の間、誰だって一度や二度は失敗を犯したり、不運で仕事を失くしたり、離婚により母子家庭になってしまうケースはある。肝心なのは、こうした人々がいずれは自立して、通常の生活に戻れるように国が補助をする事だ。これをしないで、補助(生活保護)を拒否、不運に見舞われた人を公園や橋の下で生活させる環境を作ってしまうと、こういう人々は永久に元の生活に戻る事ができず、ひいては国の負担が大きくなる。それよりは補助を出し、(早く)通常の生活に戻ってもらって、税金を払ってもらう方が国にははるかに安くあがる。大事なのは短期的な視点で見ないで、長期的な視点で見ることだ。

ドイツの社会保障だが、前政権の改革で(1年を超える)失業保険と生活保護が同じレベルに置かれて、Hartz4(よく間違ってハルツと書かれているが、正確にはハァーツと発音する。)と呼ばれる保護を受ける事になった。この保護を受けると成人の場合、351ユーロ/月の生活費及び最高で400ユーロまでの家賃(光熱費を含む)が支給される。又、ドイツの値段が高くて悪名高い健康保険の掛け金も労働局(失業局の方が正しい呼び方だろう。)が負担するので、病気になっても心配は要らない。必要なら、生活保護を受けている人だって国の費用で心臓移植だって受けることができる。さらに、ドイツの諸都市には低所得層専用の安いアパートがあるので、ここに住めば400ユーロも払えばかなり快適な生活ができる。それだけではない。アパートの内装、引越し費用、洗濯機、キッチン、流し台、冷蔵庫、そしてテレビまで労働局が費用を負担してくれるので、至れり尽くせり。母子家庭(あるいは夫婦の家庭に子供が居る)の場合は、子供が14歳までの場合211ユーロ/月、15〜17歳までの場合281ユーロ支給され、学校で遠足があると、その費用まで労働局が払ってくれる。

この充実した社会保障はドイツ人だけでなく、ドイツに居住権のある外国人でも受ける事ができる。おまけに日本のように申請して断られることはない。生活保護は国民の権利なので、申請をすれば100%認可される。(ちなみに、「じゃ、ドイツに留学に行って、生活保護を申請すれば、留学費用はチャラ?」などという都合のいい勘定はできません。留学中にもらえるビザは滞在許可であり、一時的な滞在を許可したものです。ドイツで外国人が生活保護を受けるには、滞在許可ではなく、滞在権利(Berechtigung)を有しなければなりません。)このシステムの弊害は、あまりに保護が充実しているので、真面目に働くのが馬鹿馬鹿しく思えてしまい、勤労意欲を殺いでしまう事。実際、著者の知人に20年以上失業中の筋金の入ったドイツ人が居るが、こっそりアルバイトをして小銭を稼ぎ、毎年4週間もタイのパタヤーに休暇旅行に行っている。(ドイツ人が多い北パタヤは特に物価が安い。)日本なら真面目なサラリーマンは、せいぜい1〜2週間の休暇が限度だろうから、ドイツの(万年)失業者の方がデラックスに休暇を過ごしている事になる。

それだけでない。ドイツで生活保護を受けていると、トラブルがあった(何か気に入らない)際の裁判費用は労働局が払ってくれるので、ドイツの法廷は失業者が出した訴えで一杯でその機能を失いつつある。これを象徴するのが、次に挙げる例。ある生活保護を受けてるカップルが「支給される生活保護の金額が少ない。」と(国の金で)ドイツ政府を訴え、なんと裁判に勝ってしまったのである。裁判で争点になったのは、法律で定められている子供の生活保護支給額。14歳までは大人の60%、17歳までは大人の80%と定められているが、「この額ではとても子供を養えない。」というのが訴えの原因であったが、ドイツの高等裁判所はこの訴えをほぼ認める判決を出し、ドイツで大きな話題になった。とても興味深いのが、この判決理由。高等裁判所は、国が定めた子供の生活保護額の計算論拠が欠けているのを指摘、「これを明らかにしない限り、支給額を勝手に大人の60%、80%と規定するのは違法。」と判決した。つまり支給額自体が問題なのではなく、支給額を決定するに至った計算方法を明確にしていない事が「違法」と判断されたわけである。流石ドイツ。日本なら考えられない裁定だ。

ドイツのように失業している外国人が多いと、「社会保障制度は怠け者の外国人を養うだけ。」という風潮があるのは、ある程度理解できる。しかし、社会保障の対象になるのがほぼ日本人だけなのに、苦境に陥った同胞を見捨てるようなシステムに固持しているようでは、到底、先進国とは言えない。日本に帰国して公園で野宿生活をしている人を見る度に、日本の制度の理不尽さを感じる。欧米の真似をして、うわべばかり取り入れて「先進国気取り」をするのではなく、その元になった精神構造、考え方も取り入れて欲しいものだ。


低所得者層の子供は、人生を低所得者層で終える確立が高い。

 


 


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