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ドイツ&周辺諸国観光案内
Harburg & Oettingen

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街の紹介

ハンブルクではありません。ハーブルクです。ハンブルクに、「ハーブルク」という地区がありますが、関係ありません。シューバーベンのハーブルクです。勘違いし易い町の名前は、ハンガリー首都、ブダペストと同じく、"Har"と"Burg"が一緒になって出来た。"Har"は湿地を指すので、湿地にある城砦という意味です。このハーブルクはアウグスブルクの北、60kmにある人口5000人程度の小さな町。でもロマンチック街道のリストにちゃんと上がっている。

まずは短い歴史を見ていこう。11世紀、南バイエルンの貴族であるズルツバッハ公爵の親戚がこの地を所有していたことが書簡に記述されている。12世紀になると神聖ローマ帝国の皇帝を出したこともあるシュバーベン地方の貴族、スタウファー家のお世継ぎが、「戦いのときはこの地に滞在していた。」と記述されており、町の所有権が移っていたようだ。13世紀には町に市場を開く権利が与えらた。その後間もなくシュタウファー家は、お隣のネルトリンゲンを支配していたエッテインゲン公爵にこの地を売却する。もっとも村だけ。お城は15世紀になってから売却される。そのお城だが、周囲を城壁と6つの塔で囲まれている。断崖になっている部分はこの断崖が城壁の変わりになっているが、裏は平地になっているので、立派な城壁が城を囲っている。19世紀、ナポレオン戦争の経緯でこの地はアウグスブルクなどと一緒にバイエルン王国に割譲されて、今日までバイエルン州に帰属している。

では町を見て行こう。工業化の波に乗り損ねたお陰で、古い家屋が結構多く残っている。町の中心部はWörnitz(ヴェルニッツ)河にかかっているこの石橋から始まる。小川のように見えるヴェルニッツ河だが、大雨になると川が氾濫して河川の手前は浸水、川向こうの旧市街地は孤立してしまう。この橋はそんな大量の水にも耐えられるように作られており、文字通り町の生命線になっている。橋の袂に建つ家屋は、「美しい」とまでは言えないが、"nett"(そこそこ)。橋の横に建つ家屋をよく見てみると、通常時の水面よりも2mほど高く建造されており、まるでトンレサップ湖みたいだ。夏になると橋の上には露店が設けられ、大人は昼真っから(というのは日本人だけ)ビールを飲んでご機嫌。子供は河畔で泳いではしゃいでいます。山の上に建っているのがハーブルク城砦。橋の横に建っている装飾の見事なこの家は15世紀の建造で、かっての水車小屋です。橋の袂に建っているのが、"Die Pfalz"と呼ばれる18世紀の建造物。かって"Pfalz"(ファルツ)という名前の飯屋が入っていたので、この名前で呼ばれている。

橋を渡って町の中に入ってみよう。入り口には町の"Wappen"(紋章)が埋め込まれている。路肩に浅い溝があり水が流れています。脇道に入ってみると歴史のありそうな建物があります。かってはシナゴーク。ユダヤ人追放後、誰も手入れをせず、ボロボロになったので、18世紀に立て直して現在の姿になりました。その向かいの建物のよろい戸がいい。写真中左側の建物は16世紀に建造されたStrölin-Hausです。名前はこの家を建てた裕福な家族に由来します。表通りに戻ると"Marktplatzbrunnen"(市場噴水)。その向かいには市役所この建物はかってのケーキ屋さんだそうです。もっと先に行く筈だったのに、雲行きが怪しい。天気予報では「午後大雨」。もう15時過ぎ。いきなり大雨になっても不思議じゃない。Uターン。急げばまだお城を見る時間がある?

遠い駐車場に車を停めたので、山の上まで徒歩に決定。これが大きな失敗で、まず上り道が見つからない。散々歩き回って、やっと発見。結構な坂道を息を切らして急ぎ足で上りました。話は逸れますが、ハーブルクはネルトリンゲンに行く途上にあります。車で行くと、ハーブルク城は正面に見えます。15分くらい登って到着。ちょっと感激です。こちら側は平地に面しており、防御の弱い目面。立派な城砦がめぐらされています。「入り口はこちら。」とあるのでそちらに向います。はい、ここが入り口。もう真っ黒で、パラパラ降ってきました。「間に合わなかったか。」と思いましたが、10分もすると雲が切れました。なんという幸運。入場料を3ユーロ払っていざ!。正面にあるのが宮廷です。向かって左側が教会。対面にある大きな建物は倉庫その右側がかっての馬小屋、それに今ではレストランとホテルが入っています。

宮廷の裏に見晴台があり、下界を見下ろせます。雲の下、すでに雨が降ってますね。1時間もするとここも水浸し。ちょっと望遠で撮ると、ここが"Har"(湿地)だったことがよくわかります。エレベーターが設けてあったので、塔のひとつに登ってみました。塔の中は、まるで普通の部屋。窓から外を見下ろすと、ハーブルクまで来た道、ネルトリンゲンに向かうトンネルが見えます。写真中、中央にヴェルニッツ河にかかる橋が見えます。その橋から撮る城砦の写真がコレです。ネルトリンゲンに向かっていると、道路から同じ光景を見る事ができ、注意散漫になるので要注意。間違っても走行中に携帯で撮影なんかされませんように。望遠レンズで撮ると城砦が岩の上に建てられているのがわかります。この塔の中に、これまで観光地では見たことがない見事なトイレがありました。「トイレなんか撮るもんじゃない。」でしょうが、ぴかぴかに掃除されてます!肖像画から飾り物、それに快適な香り。まるで五つ星のホテル。

最後に宮廷の写真を撮って、帰路に就きました。ちなみに写真中央の井戸、なんと岩を削って129mもの深さのある井戸だったんです。バケツで水をくみ上げるのに、30分かかったと言われています。岩の上にお城を建てると水源がないので、大変です。教訓。城砦の外に無料駐車場がああります。それも結構、大きいのが。ハーブルクまで車で着たなら、まずは車で登りましょう。ハーブルクだけだと見所が少ないので、車でネルトリンゲンに向かう途中に城砦に登ってみれば一石二鳥。近くまで来たら、寄ってみてください。

デインケルスビュールの東南に、Oettingenという名前の町がある。同じ名前の町が幾つかあるので、正式名称は"Oettingen in Bayern"だ。人口5千人ほどの町だが、歴史はとっても古い。周辺で紀元前5000年の石器時代の居住跡が見つかっている。青銅時代の居住跡、ローマ帝国の村落跡もあるが、ついぞ歴史の表舞台に出ることはなかった。だが裏舞台には、しっかり登場している。というのもこの地はネルトリンゲン、デインケルスビュール、それにハーブルクを支配していたエッテインゲン公爵(17世紀からは伯爵)の支配下にあった。

17世紀、エッテインゲン伯爵に昇進した伯爵は、この地にを築かせる。選帝侯のお城には適わないが、入り口門から出口門まで直線距離で400mほどのちっぽけな町の城にしては立派すぎる。残念ながら入場料を払わないと城にはいれてもらえないので、中庭を柵の外から撮影。お城の横に建っている教会はプロテスタント系の"St. Jakob"教会。ご欄の通り窓の作りがいかにも古い。14世紀に建造が始まって、15世紀に完成したというから、無理もない。教会の前の麦藁帽子をかぶった銅像、とってもよくできてます。

お城と門を結ぶこの道は、町で一番立派な通り。どちらから見ても絵になります。この黄色の家は(記憶に間違いがなければ)、かってのラテン語学校だ。このかわいい建物が気にいったんですが、残念ながら由来は不明。これだけ立派な建物が並んでいるのは流石、伯爵領です。この目抜き通りの終わり(あるいは始まり)に、市役所があります。そして市役所の前(正確には横)が"Marktplatz"(市場)です。勿論、今日では市は開かれず、カフェやレストランが並んでいます。今やドイツのどんなに小さな町でも必ずあるのが、トルコ料理屋タイ料理屋。もっともこの町では、「中国、タイ、ベトナム料理屋」という欲張りな看板でしたが。

脇道にも入ってみました。赤と黄色の派手な建物はカトリック教の"Standesamt"です。カトリック教徒なら、ここで結婚を申請します。その向かいの民家もステキ。この先に噴水、この彫刻からしておそらくマリア噴水があり、その隣にはカトリック教会、"St. Sebastian"が建っています。教会の隣には、ドイツの町にか欠かせない戦争で倒れた町出身の兵士の慰霊碑。目抜き通りに戻る途中も、装飾を施された家屋が並んでいます。ショーウインドウを覗くと、とってもノスタルジック。門から最後の一瞥をくれます。向かいにあるのがお城ですから、とっても小さな町。ここはもう門の外、旧市外ですが、綺麗な一膳飯屋があります。名前からして昔の国営郵便局だったようです。

小さな町なので、一時間で全部見れます。町はネルトリンゲンとデインケルスビュールの間にあるので、どちらかに行く際に組み合わせるのがお得。町は幹線道路添いにあるので、遠回りする必要なく、幹線道路から5分で到着。近くに来たら、トイレ休憩しても損はしません。



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