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Tandem Koeln ケルン

学生による総合評価

学校紹介

Tandem Koeln校は2004年に ドイツのライン河沿いの(唯一の)大都市、ケルンに開校しました。学校は市内中心部南の Neustadtsued地区にあります。 ケルン校ではクラスの最高参加人数を12人までに抑えて、少人数で密度の高い授業を行なっています。

ケルン校では、まだTestDafとその準備コースを受ける事ができませんが、市内の他の学校でこれらの試験を受けることができます。又、DSH試験やTestDafの受験を考えている人は、午後に個人授業(45EUR/45分)として試験対策の授業を受ける事も可能です。

また学校ではドイツ語の他にも英語、スペイン語、フランス語などの授業も提供しており、外国人ばかりでなく、ドイツ人も数多く通っています。

学校はかっての修道院に入っていますので、初めて学校に通われる際は、そのまま通り過ぎてしまわないようにご注意ください。最寄り駅であるCholwigplatz駅から徒歩5分ほどの距離ですが、複雑な交差点を2度右折する必要があり、道に迷う確立大なり。初日は学校の所在地の地図を印刷して持参、これを見ながら登校してください。

学校の住所 Rolandstr.57  50677 Koeln

市内路線図

町の紹介

大きな教会」のお陰で、日本でもよく知られている町。「いや、知りません。」という人だって、「オーデコロン」は知っている。「だから何なのよ。」と怒り出す人には、この地で香水を発明したイタリア人が、ケルンにちなんで香水を”Eau de Cologne”(仏)、”Kölnisch Wasser“(独)、すなわち、ケルンの水と読んだのがオーデコロンの語源であることを教えてあげよう。町の名前はよく知られているが、ドイツ人に「ケルン」と言っても、”Wie Bitte”「何だって?」と、全く通じない。最初の難関はOEの発音。敢えて言えば、日本語で「オ」と発音する口をして、「エ」と言えば、比較的近いものになりますが、これにすぐ続いて日本語にはないLが続く日本人泣かせのコンビネーション。専門家に言わせると、「上の歯の後ろにちょっと出っ張っている歯茎の上に、舌をしっかりとつけて L (ウ)という音を口と鼻からだすと、発音できます。」との事。子供の頃ドイツに住んでいない限り、日本人にはそんなアクロバチックな発音はできません。
ややっこしい名前を発案したのはローマ人。ライン川左岸の植民地を”Colonia Claudia Ara Agrippinensium”と呼んだのが、その起源で、”Colonia”とはラテン語で植民地という意味だ。ケルンの町はスペイン語やイタリア語では、今日でも”Colonia”と呼ばれているので、いざとなれば「ケルン」と言わず、「コロニア」と言った方が通じるかもしれない。町の名前が発音できなくなったのは、この地にゲルマン民族が入植して、名前がCoellen、後に、Coelnとゲルマン化されのが原因です。
5世紀になって”Colonia”を占領したのは、ゲルマン4大種族の一つ、フランケン族。フランケンは5世紀に現在のフランスにある地域に、フランク王国、メロヴィング朝を築き、次第に東にその領土を拡大していった。ケルンを手中にしたフランケンは、他のゲルマン民族と異なりローマ人を追い出すことなく、その文化の中に取り入れてしまった。その結果、生粋のケルン人の血にはラテン系の血が流れており、建築様式なども、イタリアの建築様式を取り込んで発展していった。
11世紀には司祭よりもさらに偉い枢機卿がこの地の居住する事になり、ケルンはますます発展して人口4万人の大都市となり、枢機卿はケルン選帝侯の地位にも就任する。そしていよいよ13世紀にはケルンのドームの建設が始まる。もっともこの頃、デユッセルドルフの建国の父であるvon Berg公爵と枢機卿(カトリック)軍がケルンの支配権を巡って衝突、公爵が勝利して、枢機卿は町から追い出されてしまう。これが原因で、あれから800年も経っているのにケルン市民は未だに「デユッセルドルフ」と聞くと、アレルギー症状を起こすので、生粋のケルン人の前で「デユッセルドルフ」は禁句 です。
18世紀初頭にはフランス軍がこの地を占領するが、解放者として迎えられる。ナポレオンがケルンにやってきた時の歓迎の様子は、今でも語り草になっている程だ。この背景には、この地では差別を受けていたユダヤ人やプロテスタント教徒が、ナポレオン法典のお陰でカトリック教徒と同等の権利が認められた事実がある。ナポレオンが落ち目になると、ケルンはプロイセンの領土となるが、市民の反応は今ひとつ。そこでプロイセンの皇帝は、ケルン市民のドイツ人意識を高めるため、町の名前をCoelnからKoelnへと変更、今日に至っている。
ケルンの町は、ベルリン、ミュンヘン、ハンブルクに次いで4つ目の大都市。当然、家賃もデユッセルドルフよりも高め。気候はライン化河畔にあるので温暖、冬も過ごし易い。残念ながら日本関係のインフラは、日本食レストランを除けば、皆無に等しい。ケルンに住む日本人人口が圧倒的に少ないですから、これは仕方ないです。しかしドイツに留学に来て、日本人の多い所を避けたいけれど、たまには日本食料品や、日本の書籍を必要とされる方には理想的。デユッセルドルフまで電車で30分程なので、週末に買出しに行けます。ケルンの駅から超特急がパリ、ブリュッセルまで一日数本出ているので、遠足にも便利。パリまで片道4時間、ブリュッセルまでわずか片道2.5時間の旅です。

各種インフォメーション

料金に含まれる事項

ドイツ語査定テスト、オリエンテーション、終了証、Wifi、,課外活動

コース教材について

初級レベルはStudio D(13.5EUR)、中級レベルはAspekte(19EUR)

生徒の平均人数

10名 夏季は12名

学生の平均年齢

30~31歳

最少年齢

18歳から

学校スタッフが対応できる言語

英語、ドイツ語、フランス語

学生の国籍

東欧
トルコ
イタリア
フランス
ギリシャ
その他

空港からの送迎

語学コース

コース日程

2018年

これからドイツ語の学習を開始される方は、以下の日程からのみ参加可能

1月08日,  2月05日, 3月05日, 4月03日、30日, 6月4日, 7月02日サマーコース, 8月2日サマーコース, 9月03日, 10月01日, 10月29, 11月26日

年末年始休校日

料金

集中コース

コースは最短3週間からお申し込みいただけます。
コースは全くの初心者を除き、毎週月曜から参加が可能。

月曜日~金曜日
週20授業時間
朝10時~13時30分
あるいは14時15分~17時45分
クラス定員:最高12名まで

3週間 4週間 6週間 8週間 10週間 12週間
480EUR 580EUR 830EUR 1080EUR 1330EUR 1580EUR 以降延長125/週

※この他に50EURの登録料がかかります

サマーコース 

コースは最短3週間からお申し込みいただけます。
コースは全くの初心者を除き、毎週月曜から参加が可能。
各レベルのコースは同じ日程で開始されます。

月曜日~金曜日
週20授業時間
朝10時~13時30分
あるいは14時15分~17時45分
クラス定員:最高14名まで

3週間 4週間 6週間 8週間
540EUR 660EUR 950EUR 1240EUR

※この他に50EURの登録料がかかります

お申し込み後の手続き

お申し込み後、24時間以内にお申し込みを確認するメールをお送りします。

入学を手配して書類をメールに添付してお送りしますので、3週間以内に費用をご送金ください。

12週間以上のコースのお申し込みの場合、書類を郵送させていただきます。

入学手配後のキャンセルでは、以下のキャンセル料金が発生します。

キャンセル申込み 期日 キャンセル料金
コース開始前 1ヶ月前 180EUR
29日~20日前 50%
19日~10日前 80%
以降/コース開始後(返金はありません) 100%

※ 詳細は利用規約をご覧ください。

宿泊施設

宿泊施設

学校はホームステイ先(WG)、あるいはアパートを手配してくれます。

ホームステイ & WG
食事なし 3週間 340EUR
4週間 440EUR
以降延長110EUR/週

食事付 ※ホームステイの場合のみ手配可能

朝食付 60EUR/週追加
朝食+夕食付 125EUR/週追加

※この他に75EURの宿泊手配料がかかります

学校経営のWG

食事なし
Wifi有り
学校と同じ建物

3週間 420~540EUR
4週間 480~640EUR
以降延長120~160EUR/週

※この他に75EURの宿泊手配料がかかります

総合評価

町の印象
施設
交流活動
授業の質/ あなたの上達度
料金に見合う内容か
ホストファミリー
学生寮
受講生が気に入った点

資料

学校案内パンフレット

学校案内パンフレット EN

学校案内パンフレット DE

PDFをダウンロード

動画