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ドイツ人の敵 Nr.1 – 新たな独裁者の誕生

投稿日:2019年1月8日 更新日:

ドイツとトルコとの関係が悪い。かってなかったほど悪化している。比較が許されるなら、首相と閣僚が靖国神社を訪問した後の中国、韓国関係とほぼ同じくらい悪化している。

ところがトルコと仲がいい日本では、「ドイツ政府がトルコ政府に対して制裁をしている。」と、事実無縁の報道がされていた。日本での報道があまりにひどいので、ここで一度、ドイツとトルコ政府の関係悪化の原因を紹介してみたい。


ドイツ人の敵 Nr.1 ヒトラーの次の人気のないトルコの独裁者

ドイツ人の敵 Nr.1 – 新たな独裁者の誕生

エルドガン大統領は終身最高権力者に留まることを目指して、トルコ共和国の創始者が導入した議会制民主義を廃止して、大統領制への移行を始めた。これにはトルコ国民の支持が欠かせない。

そこでエルドガン大統領は国内平和を可能にしていたクルド人との和平条約を一方的に破棄、クルド人に対しての弾圧を始めた。クルド人はこれに対してテロで抵抗した。するとトルコ国民はクルド人をこらしめてくれる大統領に熱狂、大統領制を支持した。

しかしかって独裁者に支配された経験のあるドイツ人は、トルコにおける新たな独裁者の誕生を快く思っていなかった。その中でトルコの与党政治家がドイツに選挙活動にやってきた。ドイツに住むトルコ人は、母国での選挙権があるからだ。

トルコの政治家はドイツ各地で大統領制を擁護する演説を行なった際、ドイツ政府を声高に批判した。ドイツに住むトルコ人にドイツではなく、故郷トルコへの忠誠を要求すると、トルコ系ドイツ人はこの訴えを熱狂を持って受け入れた。原住民のドイツ人がこれを快く思わなかったのも無理はない。これが原因でドイツとトルコの関係が冷却を始めた。

アルメニア人虐殺

現在のトルコ共和国の前身であるオスマントルコ、第一次世界大戦ではドイツとオーストリア側に付いた。1877-1978年の露土戦争でロシアに対して大敗を喫していたトルコは、失われた領土の回復を目指していたのがその理由だった。

欧州で戦線の火蓋が切っておとされると、オスマントルコは忠実に同盟国の義務を守ってロシアに宣戦布告、「コーカサス戦争」が始まった。しかしトルコ軍はロシア軍に歯が立たなかった。ロシアはこの戦争を逆に利用して、さらなるトルコ領を合併すべく、南下を始めてきた。トルコ政府はこの敗戦の責任を、ロシア側に義勇兵として戦っていたアルメニア人の責任にした。

こうして政府、軍、そして民間人までもが結集してアルメニア人虐殺が始まった。その残虐は熾烈を極め、1915年から1916年までの1年で30万から150万人のアルメニア人が虐殺された。第一次大戦は1918年に終わったが、オスマントルコに占領されていた植民地では独立を求める戦争が勃発した。お陰でトルコは1924年まで戦争状態にあり、戦争が終わってみるとオスマントルコは消滅、トルコ共和国が誕生した。

これがトルコ共和国に幸いした。列強はトルコによるアルメニア人の虐殺を国際会議で議論、トルコに制裁を加えるように要求したが、オスマントルコは消滅していた。これを利用して、トルコ共和国はアルメニア人に対する虐殺を否定してきた。これは中国や朝鮮半島で悪事を働いた軍部が壊滅していた国の論理と、酷似している。

トルコによる民族粛清

時は流れて2016年。ドイツ国内ではオスマントルコによるアルメニア人の虐殺を、ユダヤ人虐殺と同様に”Völkermord”(民族粛清)として国会で宣言する案が出された。他の国はとっくの昔に同様の採択をしていたのだが、ドイツはユダヤ人虐殺を行なった当事者の手間、これまでは他国を非難するのは自粛してきた。ところがここになって、「もう待てない。」と、国会で民族粛清の採択が行なわれることになった。

これに怒ったのが、トルコの独裁者、エルドガン大統領だ。大統領はそのような採択がドイツの国会で行なわれた場合、トルコ国内に留めている数百万人のシリア難民をドイツに向けて北上されると脅しをかけてきた。しかしドイツ政府は独裁者の脅しに負けず、国会でオスマントルコによるアルメニア人殺害を民族粛清として採択した。メルケル首相だけは、これ以上の関係悪化を懸念して、投票を行なわなかった。

参照元 : Spiegel Online

この採択後、トルコとドイツの関係は急速に冷却化した。

軍事クーデター失敗

そのわずか数ヵ月後、トルコ国内にて主に空軍将校による軍事クーデターが起きた。何故かトルコ軍の将校はテレビ、ラジヲ局を押さえる努力を怠った。エルドガン大統領はこの間隙を利用、道路に出てクーデターに反対するデモを行なうように国民に呼びかけた。トルコ国内で圧倒的な支持率を誇る大統領が国民に訴えると、国民は路上に出てクーデターを企てた軍人に反抗した。お陰で多数の死者を出したが、クーデターは阻止された。

粛清

クーデター失敗後、エルドガン大統領は国内で粛清に出た。この粛清の犠牲者になったのは軍の関係者ばかりではなく、官僚、教師、一般市民にまで及んだ。クーデターに加担したと言いがかりで逮捕されて、監獄に収容された市民の数は1万6千人、公務から解職された市民の数は7万人にも登った。

参照元 : Süddeutsche Zeitung

法治国家のドイツでは法、人権を無視したこのような政策は全く受けない。日本のテレビ番組はお笑い、グルメ、そして芸能人の三面記事に集約されるが、ドイツにはそのようなテレビ番組はない。その代わりに報道がメインになっているので、ドイツ人は日本人よりもグルメには関心が薄いが、政治には鋭い嗅覚を備えている。トルコ国内で無実の市民が解雇され、逮捕されて投獄されると、エルドガン大統領の人気は、プーチン大統領のそれよりも悪化した。

ドイツ人トルコで逮捕

エルドガン大統領による粛清の嵐が吹きまくっている中、トルコを訪問したドイツ人ジャーナリストや、トルコ系ドイツ人がトルコ国内で相次いで逮捕された。クーデターに加担したというのがその理由だが、ドイツに滞在しているドイツ人が、どうやってクーデターに加担できたろう。

エルドガン大統領はクーデターを利用して、過去、大統領に関してマイナスな記事を書いたジャーナリストや、大統領の政策に反対してデモに参加した市民を投獄していった。

そんなアンチ エルドガン大統領ムードをある芸術家が利用、エルドガン大統領の金箔メッキの銅像を、ヴィースバーデン市内の公園に立てた。芸術家はこれにて芸術に関する議論を巻き起こす目的だったのだが、エルドガン大統領の支持者と反対派の間で大喧嘩になった。これでは死人がでかねないと判断した市は、この銅像を撤去させた。

参照元 : Zeit Online

トルコ批判派の旗手オーストリア

日本ではドイツがトルコに制裁を加えていると報道されているが、ドイツ政府がトルコ政府、あるいは国民に課した制裁はひとつもない。中国や韓国で日本が非難されると、日本国民は一気に右向け右をして、「中国嫌い。」、「韓国嫌い。」となる。そこは大人のドイツ人、日本人とは行動は大きく異なっている。

大人のドイツ人は、「嫌いなのはトルコ政府で、トルコの一般市民は関係ない。」とちゃんと区別している。そしてメルケル首相は、先のアルメニア人虐殺同様、直接、エルドガン大統領を非難することは避けている。

トルコ批判の先頭に立っているのは、右翼政権が政権を握っているオーストリアだ。クルツ首相は、「トルコ政府の行動はEUの民主主義の理念とは相反するものであるから、トルコのEU加盟審議を即座にやめるべきだ。」と主張している。

参照元 : Zeit Online

というのも、EU加盟予定国のトルコにEUは加盟への準備金として、45億ユーロもの金を送金している。その使用目的はトルコの自由であるから、この金の大部分は闇に消えているのだが、クルツ首相はこの金の支払いをやめるように提唱した。

エルドガン大統領の独裁政治により、外国の投資家がトルコからお金を引き上げた。結果、トルコの通貨は急降下。国内は急激なインフレに見舞われており、トルコ政府には咽から手が出るほど外貨が欲しい。エルドガン大統領は、「家に隠している外貨、金(きん)があれば、銀行にもっていきトルコ リラと交換せよ。」と国民に訴えるほど、金巡りに困っている。ここでEUからの金がなければ、トルコは干上がってしまう。

アメリカの制裁

普通の政治家なら、これ以上国際関係を悪化させないように勤めるものだが、独裁者にはこれがわからない。国内では神様のような存在であるので、外国では非難されることが理解できない。辞めとけばいいのにエルドガン大統領はトランプ大統領に挑戦、いいかがりで投獄されている米国人の牧師を牢屋から解放することを拒んだ。トランプ大統領は即座にトルコ制裁政策を実施、トルコの経済破綻が危惧されてトルコ通貨は地に落ちた。

トルコと経済関係の深いヨーロッパでは、「トルコが国家破綻すると、欧州の銀行も破綻する。」とユーロ危機になりかねない状況に発展した。ここでエルドガン大統領は、世界の嫌われ者になっているロシアとイラン、それにカターに接近、財政支援を受けようとしたが、ロシアにもイランにも、融資できる金はなかった。

ここまで財政状況が悪化して、エルドガン大統領はやっと悟った。トランプ大統領に詫びを入れるのは尺に障るので、まずはドイツを訪問、「あらたな関係構築を望む。」とやった。

エルドガン大統領、ドイツを公式訪問

もっともドイツ政府の対応は、それほど暖かいものではなかった。未だにトルコではドイツ人が無罪で刑務所に投獄されているのに、トルコと仲直りすると政権は国民の支持を失う。ドイツ政府は儀仗隊を出してエルドガン大統領を国賓として迎え、大統領との公式晩餐会まで催した。

しかし野党の政治家はこの晩餐会への出席を団結して拒否、エルドガン大統領を国賓をして向かた政府を、「トルコで無実の罪で監獄に収容されている国民を見殺しにするのか。」と、非難した。野党と国民感情の手前、メルケル首相にはエルドガン大統領に対して晩餐会以上に提供できるものはなかった。

しかしアメリカがトルコに制裁を加えたことで、将来的にはトルコとドイツの関係が改善する見込みが出てきた。あのトランプ大統領とメルケル首相、誰だって仲間を選ぶならメルケル首相を選ぶ。

又、メルケル首相にとってもメリットがある。ドイツ国民は独裁者が大嫌いだが、かってのリビアのカダフィ大佐のように、難民抑止の点では独裁者以上に頼りになるパートナーは居ない。メルケル首相の権力保持にはエルドガン大統領は欠かせない存在である。数年後にはトルコとドイツの関係は正常化しているかもしれない。

 

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執筆者:

nishi

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