今回は オーストリア総選挙 についてです。
2018年、社会民主党のケルン首相は、政策上のミスを犯す。右翼の人気に嫉妬して、難民受け入れ派から、反対派に脱皮しようとした。これが支持層に全く受けなかった。
首相の支持がぐらついたとみるや、直ちに連立政権を解消、総選挙に打って出たのが若干31歳の国民党 / ÖVP の党首、クルツ氏だ。甘いマスクに加え、右翼思想をまるで宣教師のような巧みな話術で語ると、オーストリア国民は氏に、オーストリアの将来を託することにした。
こうしてオーストリア史上、最年少の首相が誕生した。
参照 : ドイツ最新事情
ところが連立政権のパートナーに選んだ 極右政党 / FPÖ の党首は、隠し撮りされているカメラの前で偽物のロシアの大富豪に政治献金の引き換えに公共工事発注の約束をしてしまった。これは、「イビッツア ビデオ」として歴史に名前を残すことになる、巧妙な罠だった。一部始終がテレビで放映されると、首相は連立の解消を宣言。9月末に総選挙が行われることになった。
参照 : ドイツ最新事情
その選挙結果が出たので、オーストリア国民は誰に政権を委ねる決定をしたのか、紹介してみよう。
この記事の目次
スキャンダルから総選挙まで
クルツ首相の判断、「スキャンダルが公になったその日に間髪おかず、連立政権を解消する。」は、”goldrichtig”(金のように価値のある正しい判断)だった。その後、極右政党 / FPÖ の党首が個人のお買い物に党の資金を流用するなど、さまざまなスキャンダルが次々出てきた。
もしあの時、連立を解消していなければ、クルツ首相の判断能力を疑われる羽目になっていただろう。首相の地位を失っなっても連立を解消するという果敢な判断をしたお陰で、極右政党のスキャンダルが報道される度にクルツ元首相の株があがった。
社会民主党 – 復讐戦
一方、クルツ元首相の裏切りで政権から転がり落ちた社会民主党は、ウイーン出身の女性を新しい党首に選出して、支持率の挽回を狙っていた。イビッツア ビデオをはじめとするその後の数々のスキャンダルで、極右政党が支持率を落とすのは確か。
社会民主党はその票を自身の陣営に取り戻す選挙戦を行うべきだったが、恨みを果たすべく、選挙運動はクルツ氏を非難することに重点が置かれた。クルツ氏の人気が落ち目ならこの選挙運動は効果があるだろうが、もしそうでない場合、クルツ氏へ向けた非難が、そのまま自身にふりかかってくるかもしれない危険な戦略だった。
誰だって、自分のアイドルが非難されたら、気分がよくないだろう。
緑の党 – 追い風選挙
ドイツと違って、オーストリアでは緑の党は日の目を見ず、5%の境目で戦っていた。オーストアはカトリック国。すなわち保守的な国。保守的な国では、リベラルな党は、なかなか受け入れられない。イタリアやギリシャ、それに日本がそのいい例だ。
しかしながら、今度はちょっと事情が違った。誰でも日々実感できる地球の温暖化、そして“Friday for Future”の環境保護運動の高まりが、アルプスにある小さな保守国家でも、無視できない政治運動となっていた。余程間抜けな選挙運動をしない限り、追い風に乗って5%の境目を突破することは可能だ。
オーストリア総選挙
9月29日、オーストリアで総選挙が行われた。今回の選挙では、手紙投票の登録をした人が過去最高に達したという特異な点があり、投票の最終結果がでるには、さらに数日かかる。このため、開票から24時間後の得票率で、誰が買ったか、負けたか、紹介します。
オーストリア総選挙 勝者①
開票の結果、38.2%の得票率を記録して第一党の地位を確保したのは、前クルツ首相の国民党 / ÖVP だった。先回の奇襲的な総選挙よりも、6.7%も得票率を伸ばした。
参照 : welt.de
選挙前の世論調査で国民党に有利な選挙戦が予想されていたが、ふたを開けてみると、予想を上回る得票率で周囲を驚かせた。なによりも1年半で首相の座から転落したクルツ氏にとって、この選挙結果は大きな喜びだったに違いない。
この結果を見る限り、イビッツア ビデオは国民党 / ÖVP にとって天の恵みだった。これだけの得票率があれば、先回と異なり、連立政権のパートナーを自由に選ぶことができる。連合政権内でも国民党の発言力が高まり、大事な官庁に自身の党の大臣を吸えることができる。
それもこれも、スキャンダル発覚後、間髪おかず右翼連合決裂させたクルツ氏の決断のお陰だった。他の政治家なら首相の地位に固執した挙句、相次いだスキャンダルの火の粉がふりかかり、得票率を落としていただろう。
オーストリア総選挙 勝者②
総選挙のもうひとつの勝者は、緑の党だった。順風漫歩な選挙戦を展開、大きな失態もなく、12.9%の得票率を獲得した。2年前の選挙と比較すると、9.1%も得票率を伸ばした。国民党でさえ、6.7%の得票率の伸び率だった事を考えれば、大躍進だった。
やはり折からの環境保護運動の高まりが、大きな追い風となったようだ。
みじめな敗者①
得票率を伸ばす党があれば、これを失う党がなければ、数字が合わなくなる。最も大きく投票率を落としたのは、極右政党の FPÖ だった。先回から9.1%も得票率を落として、16.9%の得票率に留まった。あの落ち目の社会民主党にも抜かれて、第三党に凋落した。
奇遇にも緑の党の得票率の伸びと同じで、数字上は、右翼政党に愛想をつかした人が、そのまま緑の党に移ったことになる。オーストリア国民の関心は、難民問題から環境問題に移ったようだ。
日本のメデイアはそれも相変わらず、「オーストリアは右に寄った。」と報道していたが、何を根拠にして、そのような報道をしているのだろう。
トランプ政権、安倍政権がどんなスキャンダル、失言をしても、支持率は40%を割ることがない。しかしオーストリアでは、ただのやらせビデヲで極右政党の支持率が、12.9%まで落下した。しかるに、「オーストリアが右に寄った。」と言うなら、支持率が40~50%の米国、日本はどう描写するのだろう?
みじめな敗者②
もうひとりの敗者は、社会民主党だった。先回の負け戦よりも、さらに5.6%も得票率を落として、21.2%の得票率に留まった。通常、スキャンダルが起きると、野党にとっは棚から牡丹餅。度あることに、これを指摘するだけで、得票率を伸ばすことができる。
しかるに社会民主党は、政府与党のスキャンダルを追い風にできなかった。国民の関心事である環境問題をもっと選挙スローガンにもってくるべきだったが、国民党への復讐を優先した。国民はクルツ前首相に好意を寄せたため、社会民主党の選挙運動は全くの逆効果をおよぼした。
ドイツでは、「他人の墓穴を掘るものは、自分が落ちる。」と言う。まさにその通りの結果になった。
オーストリア総選挙 連立のパートナーは誰に?
国民党、クルツ氏は連立のパートナーを自由に選べる、とても有利な立場にたった。というのも落ち目の社会民主党や極右政党、それに緑の党、どの党をパートナーに選んでも、国会で過半数を制することができるのだ。(オーストリアでは第一党には、ボーナスポイントが加わる選挙システムです。)
今の時点で連合の可能性が一番低いのは、社会民主党だ。結婚するまでは相思相愛で、数年後に離婚する際には憎しみ合うカップルのように、お互い相手の悪い所ばかりみている。余程のことがない限り、社会民主党との連合は有り得ない。
もし極右政党と連合を組むと、「また連合を組むななら、何故、連合を解消したの?」と聞かれ、非難はまぬかれない。もっともそんな非難には、「FPÖ は刷新した。」等、さまざまな言い訳をちゃんと準備している。これが多少、辻褄が合わなくても、氏の巧みな話術と人気で国民は説得されてしまうだろう。
しかし将来、またしても同様のスキャンダルが出る可能性もある。その際は、首相も責任を問われかねない。言い換えれば極右政党との連合は、ダモクレイトスの剣のようなもの。落ち着くことはできない。こうした背景もありクルツ氏は、「全部の政党を連立政権の話し合いをする。」と明言した。
ポーカー戦
クルツ氏は連立の話し合いが難航する事を予想して、はったりをかけている。誰が考えても、連立の最有力候補は緑の党だ。社会民主党と違い確執がなく、素直な話し合いができる。しかしそんなことは緑の党もお見通し。環境保護の大幅な譲歩を求めてくるのは必至だ。
緑の党に痛い所を握られて、あまりに譲歩すると、ただでも景気が悪化している今、経済への負担となる。景気がさらに悪化、出業率が上昇すると、人々は環境保護よりも経済政策を重視する。なれば世論はまたしても右翼政党、それに社会保障制度の充実を謳う社会民主党のリバイバルを助けることになりかねない。
そこで、「いいんですよ、無理に組まなくても。」というはったりを利かすために、他の政党との連合の可能性を否定していない。
緑の党にとっても、あまりにも要求を高く上げ過ぎて、政権に参加できなくては、元も子もない。連立交渉の可否は、緑の党が自慢でき、国民党も我慢できる環境保護政策を見つけることができるか、この点にかかっている。