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英脱EUが混乱したその原因 – メイ首相の大きな誤算

投稿日:2019年1月19日 更新日:


Brexit – 迷走中

鳩が鷹に化ける

前キャメロン首相、右翼の票を取り込みたいと、国民が要求してもなかった脱EUの国民投票を実施すると宣言。勿論、過半数の国民がEUに残ることを望むと思ってのことだが、結果は裏目に出た。

参照元 : ドイツの最新事情

キャメロン首相は責任を取って鼻歌交じりに辞任、その後を次いで首相になったのが内務大臣で実績のあったメイ首相だった。

対立候補ではなくメイ氏が首相に選ばれたのには、理由があった。女史は元来、反脱EU派であり、キャメロン首相を応援した。こうした背景もあって、彼女が首相になれば “soft Brexit”(緩和な脱EU)政策を進めてくれるとの希望が保守党内にあった。ところが女史が首相に就任すると “hard Brexit”(完全な脱EU)派の議員を外務大臣、それに脱EU大臣に使命、彼女自身も鳩派から鷹派に変身した。

英脱EUが混乱したその原因 – メイ首相の大きな誤算

権力の中枢に座ったメイ首相は、舵取りとしては不適格者だった。保守党内での抵抗と遭遇すると、野党が要求もしていないのに下院を解散して、総選挙を告示させた。ここで保守党の議席数を拡大して、保守党内での地盤を固める狙いがあった。

しかし首相として初めての選挙戦は思ったように運ばず、遊園先で赤っ恥をかくことも少なくなかった。結果、保守党は選挙で敗北を喫し、下院での過半数を失った。自身の誤判断で議会での過半数を失ったにも係わらず、メイ首相は辞任を拒否、さらに弱くなった党内からのバックアップでEUとの交渉に臨むことになった。しかしメイ首相はまだ奥の手があった。

英国人は未だに、かっての大英帝国の誇りをひきずっている。メイ首相も例外ではなく、EUに加盟している国を大英帝国との自由貿易協定の餌でおびき寄せ、各個に貿易協定を結ぶという、各個撃破の戦術を考えていた。一体、どの国が名誉ある大英帝国との優遇パートナーシップを断るだろう?

メイ首相の対抗馬となるEUの脱EU交渉代表は、よりによってフランス人のBarnier氏。ところが氏はかってのナポレオンがそうであったように、敵の行動はすっかりお見通し。メイ首相がEU加盟国をたぶらかす前にEU加盟国を訪問、イギリスの甘言に騙されないように説得して回った。これが功を奏して、イギリスの甘言に乗った国はひとつもなかった。

にもかかわらず、首相から脱EU大臣に任命されたデービス大臣は、完全な脱EUを求めてEUと交渉に入った。「EUとは完全に縁を切るが、貿易だけは、これまで通り自由貿易をさせてもらう。」と、自己中心な主張に終始した。

方向転換

こうして時間が無駄に流れた。交渉が挫折、残り時間が半年ほどになった時点で、メイ首相にもこのままでは同意に達しないとわかった。この時点で方向転換、今度は緩和な脱EUで交渉することにした。これに不満な完全な脱EU派のデービス大臣、それに自身の出世ばかり考えている完全な脱EUの外務大臣も一緒に辞任した。

メイ首相はイギリスがEUの内市場に残りながら、EUから脱退する方向を探し始めた。実際、ノルウエーやスイスはEUに参加していないが、同様の協定を結んでいる。イギリスも同様に、EUから脱退しても自由に貿易ができると要求した。しかしイギリスは肝心な点を見ていなかった。スイスとノルウエーはEU国内市場で自由貿易を許される一方で、EUの規定を守り、EU議会の運営費をお布施のように払い込んでいる。

ところがイギリスはEUの規定は御免こうむる、これ以上EUに金は払わないと素晴らしい自己中心主義を披露した。問題をさらに難しくしているのは、ノルウエーやスイスにない問題であった。

懸案

最初の問題が、イギリス内に住むEU市民、及びEU加盟国に住むイギリス国民のステータスの問題だ。これまではEU加盟国であれば、自由にイギリスに行き、労働許可証なくして自由に仕事をすることができた。脱EU後は、これらEU市民、そしてEU内に住むイギリス市民の権利はどうなるのか。

当初、イギリスは国内に住む外国人の権利を制限する一方で、EU内に住む英国市民の権利を守ろうとした。そんな調子のいいことが通るわけもなく、「すでに滞在先に入国している者には、(とりあえず)何も変わらない。」という原則で同意に達した。

しかし一番の懸案は北アイルランドの国境問題だった。北アイルランドは英国が大昔から占領していた北アイルランドの英国領。これがアイルランドの愛国者には目の仇。北アイルランドは過去30年に渡って内戦状態で、3000人を超える兵士、警察、市民が命を落とした。アイルランドがEUの加盟国として残り、ここに再び国境が生じると、また血なまぐさい内戦が再燃するのではないか?

その一方で、「アイルランドと北アイルランドの間には国境線は引かない。」というわけには行かない。オープン国境にすると、堂々と密輸入ができてしまう。そこでEUが、「北アイルランドはこれまで通り、EUの内マーケットに残してはどうか。」と提案すると、「北アイルランドの件はイギリスだけが決定できるもので、EUには関与する権利がない。」と頭から拒絶した。

参照元 : Spiegel

EU離脱合意案

ほとんど諦めかけていた11月末になって、EUとイギリスは同意にこぎつけた。懸案の北アイルランド、同様の問題を抱えるギブラルタル、さらにはイギリス自体もEUの内マーケットに残るというものだった。期限は2020年まで。それまでにイギリスとEUは新しい貿易協定に同意する。早い話が問題の先送りだ。

これは反EU離脱派、そしてEU離脱派の双方から反発をくらった。反EU離脱派にしてみれば、そもそもEUから離脱するのが誤りで、離脱を封印する合意には賛成できるものではない。EU離脱派にすると、日が沈むことのない大帝国の生命線である貿易をEUの管理下におかれることが、気に入らない。イギリスの低俗なタブロイド紙は、イギリスはEUの “total control”下に置かれると主張、国民の反EU感情を煽った。

メイデー

メイ首相が2年がかりでやっと手にした合意案は1月15日、イギリスの国会にて採決の運びになった。野党どころか、与党内でも反対の声が大きく、合意案が否決されるであろうことは、あらかじめ予想されていた。そして案の定、合意案は否決された。予想外だったのは与党内の100を超える議院が反対票を投じたことだった。あまりに明らかな投票差は、それでも株式市場、とりわけ為替市場に大きな影響を及ぼした。

この結果を受けて報道機関は、首相の名前を皮肉り、 “Mayday”(災害時の救助要請)、と銘打った。英国の品がないタブロイド紙は、首相の政治生命は、”As dead as Dodo”、ドイツ語なら “Tot wie Dodo” (ドードー同然に死んでいる。)と揶揄った。ちなみにドードーとは飛ぶことができなかった鳥で、絶滅している。

このような結果を招いた最大の責任は、首相自身にあった。相手を過小評価して成功しそうもない戦略を立て、これを実行する担当大臣にEU離脱派を任命した。そしてこれがうまくいかないと見ると、再びコース変更。最後まで妥協を拒否して落ち着いた案は、どちらの派閥も満足できない代物。

イギリス史上、これほどの大差で首相が出した法案が否決されたことはない(20年代に一度あった)。これまでのイギリスの首相だったら責任を取って辞任した。しかし、メイ首相は辞任を拒否、さらなるメイ(迷)送を続けている。

und nun jetzt?(で、今後は?)

メイ首相は来週早々、プランB(本来の計画がうまくいかなった際の代案)を提示するという。「ひょっとしたら国民投票のやり直しがあるかも?」と邪推している方、ありませんです。女史は首相就任した後、最初の記者会見で、”Brexit means brexit.”という所信表明をした。

参照元 : BBC

これを撤回するくらいなら、首相は辞任した方がマシだと思っている。実際、「EUとの取り決めなしでの脱EUも辞さない。」と完全な脱EU派顔負けの声明を出しており、メイ首相が現在の地位にある限り国民投票のやり直しはない。

メイ首相は今後、EUから妥協を引き出そうとするだろうが、EUは大きな妥協は拒む。イタリアでEU離脱派が政権にある今、ここで弱い態度は見せられない。イギリスが苦しめば苦しむほど、イタリアへのいい見せしめとなる。結果、イギリスはEUとの協定なくしてEUから離脱するという最悪のシナリオも現実化しかねない。

これはイギリスに大混乱をもたらすので、メイ首相がその前に辞任に追い込まれることを祈るばかりだ。そうなった場合、イギリスの命運は、彼女の後を継いだ首相の采配に委ねられることになる。誰がEUと交渉をするにせよ、最後はスイスやノルウエー型のEUとの自由貿易協定を目指すだろうが、時間がない。そこで離脱期限の延期をEUに申請する過程で、「ここまで来たならもう一回、やってみよう。」と国民投票をやり直す可能性があるかもしれない。

編集後記

メイ首相、EUとの離脱合意案を、多少の違いこそあれ、3回も国会で決議させた。そして3回も否決された。首相の保守党内でも支持者が少ない離脱案を3回も決議されることが、首相の負けを認めない人格をよく示している。

しかしこのイギリスのBrexitー迷走の責任はメイ首相だけではなく、イギリス議会にもある。議会は首相の反対を押し切って、合意なき離脱から、二度目の国民投票まで、さまざまな8つのプランを国会で試験的に採択したが、すべて否決した。イギリスの国会では、どんな案でも過半数が取れないのだ。

野党の労働党は、「合意なきEU離脱を可能性として排除するなら、話し合う用意がある。」と助け船を出していたが、メイ首相はこれを蹴っていた。合意なき離脱を排除すると、党内の “hard Brexit”(完全な脱EU)派の支持を失い、不信任投票が出れば、首相の座を失いかねない。さらにEUとの交渉で不利になると判断したためだ。

結果として国会も首相も方向性が見出せないまま、4月12日の合意なき離脱の日が近づいてきた。ここまでくると、流石にメイ首相もこれまでの首相案では、合意なき離脱しか残ってないと悟った。

残された選択肢はふたつ。

  • hard-Brexit :首相の地位を死守するために、合意なき離脱を敢行。
  • soft-Brexit:これまでの方向から180度転換、EUの”Zoll-Union”(内マーケット)に残る

後者を選択すると、党内からの突き上げは避けられないが、首相は今度だけは正しく判断、後者を選択した。しかしEUの内マーケットに残る場合、EUと新しい離脱案に合意する必要がある。これまでの合意で2年もかかったのに、とてもあと10日間で合意に達するなど、不可能だ。

早急に脱EUの期日を再度、延長しなければならない。これにはイギリス議会の承認が必要だ。この延期案は4月3日に国会で採択されたが、わずか1票差で可決された。メイ首相の保守党議員はこぞって反対したが、野党が賛成票を投じたためだ。ここ数週間で初めて、首相の案が賛成多数を見出した。

しかしまだ安心できない。まずEUが延期を認めなければならない。これはそれほど難しくないが、EUはその代償として5月に挙行されるEU議会選挙に参加を要求する。しかし保守党内の脱EU派は、これを断じて許さないから、大いにもめることは間違いない。首相への不信任案が出ることもありえる。首相は党内での支持を失っているので、これで失脚するとイギリス政治はさらに混迷を深めていく。

こんなことなら最初からsoft Brexit”(緩和な脱EU)にしておけば、2年も無駄にならず、英国を離れる企業も少なくて済んだだろう。メイ首相の致命的な誤判断が、今回の国内(国民)の二分化を招いた。

 

 

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執筆者:

nishi

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