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メルセデス 生き残りを賭けた戦い 【第二章】

投稿日:2019年7月25日 更新日:

 

メルセデス 生き残りを賭けた戦い 【第二章】

90年代、メルセデス(ドイツではダイムラーと言いますが、日本ではメルセデスと言うので、日本式の表記を採用。)は、会社存続の危機に陥った。社長のシュレンプ氏が、「世界に冠たるメルセデス」を目指して、米国でクライスラー、日本で三菱自動車を傘下に入れ、「日の沈むことないメルセデス帝国」を創設した。

世界中でメルセデスの車が売れるかと思いきや、クライスラーと三菱自動車は大赤字。かろうじてメルセデスの黒字でカバーしていた。ここで同氏は車業界のマネージャーの十八番、「経費カット」を実行した。結果、黒字だったメルセデスアは信頼性に悩み、さらに赤字が拡大した。

こうしてメルセデスは会社存続の危機に陥った。この窮地で社長に収まったのが、米国のメルセデスのトップだったZetsche氏 だった。同氏はクライスラーと三菱を売却、メルセデスの生産体制を見直すことで、会社を見事に再生した。同氏が社長に収まって13年後の2019年、メルセデスはまたしても会社存続の危機【第二章】に見舞われている。

勝って驕らず、負けて腐らず

日本には、「勝って驕らず、負けて腐らず。」という名言がある。しかし言うは易し。世界での自動車販売競争に勝ち抜いたドイツの自動車業界は、驕るどころが、過去の栄光にふんぞりかえっていた。21世紀に日本の車メーカーが電気自動車、ハイブリット車を開発した際、ドイツの自動車業界は一笑に付した。

「デイーゼルエンジンのほうが、はるかに効率がいい。」と、真面目にとらなかった。その驕りがあったからこそ、フォルクスヴァーゲン社は会社ぐるみで排ガス洗浄機能を操作、「クリーンデイーゼル」という文句で世界中の消費者に汚いデイーゼル車を売りまくった。

これは何もフォルクスヴァーゲン社だけの問題ではない。ポルシェ、アウデイ、メルセデス、BMW、方法こそ違うが、どの会社も排ガス洗浄機能を操作した。最初に排ガス操作を認めたフォルクスヴァーゲン社は、目のくらむような罰金を払ったが、これで反省したと思ったら大間違い。2018年まで排ガス操作をしていたデイーゼルを生産、販売し続けた。

しかし相次ぐリコールを余儀なくされ、経費が上昇。流石のフォルクスヴァーゲンも、ここで悟った。内燃エンジンを積んだ車の開発は、2026年で終了すると発表した。

参照 : automobil-industrie.vogel.de

状況を把握するのに長い時間と大金がかかったが、せめてこの時点でフォルクスヴァーゲンは悟った。しかし一社だけ、未だに車の将来が、少なくとも今後10年~20年は、電気自動車にあることを悟らない会社があった。そう、Zetsche氏 率いるメルセデスだった。

電気自動車競走

BMWがエンジンの製造を外注しているのに、メルセデスは自社でエンジンを開発、生産するという贅沢をしていた。それには理由がある。メルセデスのエンジンの信頼性、その馬力は、高いメルセデス車を買う大きな理由のひとつだった。ドイツ軍が軍用車として採用しているのもメルセデスであり、トップのマネージメントはこれを誇りに思っていた。

メルセデスの客層を狙う高級電気自動車メーカー、テスラが出現したが、メルセデスはこれも脅威とは考えなかった。その後に問題になった排ガス洗浄機能の操作でも、メルセデス、正確に言えば社長のZetsche氏は、従来の内燃エンジンに拘った。電気自動車は一時の流行りと見ていたのか、それとも内燃エンジンに対する同氏の執着心が原因だったのか、理由はいろいろ推測される。

メルセデスが内燃エンジンに拘っているひとつの理由は、同社のエンジン部門、ここで働いている数千もの従業員だ。電気自動車には、内燃エンジンのような複雑な技術は必要ない。部品の数も大幅に減少する。電気自動車に移行した場合、今、内燃エンジンを組み立てている工場、従業員をどうすればいいのか。メルセデスは従業員に「2029まで解雇はない。」と約束してしまっている。

参照 : Badische zeitung

こうしてメルセデスは電気自動車の開発を、それほど真面目に取り込まなかった。

BMWはエンジン部門を抱えていないので、方向転換が身軽にできた。テスラに対抗すべく、幾つかの高級電気自動車モデルを開発した。そして排ガス操作で相次いでデイーゼル車のリコールを迫られたことが、さらに背中を押した。BMW は電気自動車開発に真面目に取りくみ始めた。

正確に言えば、ハイブリット、電気自動車で10年先を行っているトヨタとの技術提携協定を結んだ。

参照 : Spiegel

BMWが内燃エンジンをトヨタに提供する一方で、トヨタがBMWにハイブリット、電気自動車、バッテリー製造のノウハウを提供する。こうして自社で長い年月と高額な費用かけて開発する手間を節約することができる。結果、今やBMWでは今、ほとんどのモデルでハイブリット車を選択することができる。

そして排ガス操作でお灸をすえられたフォルクスヴァーゲン社は、バッテリーを搭載した電気自動車専用のシャーシーを自社開発した。これを将来は米国の車メーカー、フォードに提供することで、開発にかかった費用を取り返せるだけでなく、大量生産によりコストを下げることができる。

同時にフォルクスヴァーゲン社は、フォードと共に自動運転技術を開発することにした。これで、膨大な開発コストを削減することができる。

参照 : elektroauto-news.net

メルセデスの電気自動車攻勢?

ところがメルセデスからは、電気自動車に関するニュースはほとんど聞かれなかった。唯一、メルセデスが電気自動車で動きを見せたのは、同社の赤字部門、小型自動車のスマートを最大の株主である中国の自動車メーカー、Gleely との共同事業に移管することだけ。

今後、スマートは純粋な電気自動車として再出発する。これを可能にするのが、 Gleely が持つ電気自動車技術だ。もし万年赤字事業を黒字にすることに成功すれば、同社の立場はとても強くなる。これまでは中国メーカーはドイツメーカーの技術をコピーすることに熱心だった。今後はこれが逆転するかもしれない。

2019年5月になってようやくメルセデスは、同社初の電気自動車EQCを発表した。

参照 : adac

フォルクスヴァーゲンやBMWの電気自動車と大きく異なるのは、この車両はこれまでの内燃エンジンのシャーシーにバッテリーを組み込んだタイプであることだ。最初から電気自動車として設計されたシャーシーではない。650kgものバッテリーを積むために、十分なスペースのあるSUVが選ばれた。

内燃エンジンと違う部品は、バッテリーから駆動軸まで、全部、車の部品メーカーからの調達になっている。今後、メルセデスが本気で電気自動車取り組むと、遅かれ、早かれ、契約違反の大量解雇は避けられないだろう。

メルセデス 生き残りを賭けた戦い – 排ガス洗浄機能 操作疑惑

2017年以降、メルセデスのデイーゼル車のリコールが相次いだ。原因はメルセデス車の排ガスの数値、排ガス試験場での計測値と実際の走行中の数値が、かけ離れている点だ。ツェチェ社長は交通大臣に出頭命令をくらい説明を求められたが、説明できなかった。

にもかかわらず同氏は、「メルセデスは違法な排ガス操作をしてない。」と繰り返し言っていたが、二度目の出頭命令を受けても、ツェチェ社長は納得のできる説明をできなかった。頭にきた交通大臣はメルセデスの車両、80万台のリコールを命じた。理由は、「違法な排ガス洗浄機能操作」である。

参照 : sueddeutsche.de

交通局、あるいは消費者にしてみれば、メルセデスが違法に排ガスの操作をしたのは、日を見るよりも明らかだ。さもないと排ガスに含まれる汚染物質の濃度が、実際の走行になると数倍にも跳ね上がるのは説明がつかない。しかし法律家に言わせれば、「これは違法ではない。」ということになる。

EU委員会の排ガス規定の法令では、「エンジンを壊す恐れのある場合は、排ガス洗浄機能を無効にするができる。」と書いているからだ。だから排ガス洗浄機能を止め、排ガスを全く洗浄しない状態でも、違法とはならないのだ。

だからツェチェ社長は、「メルセデスは違法な排ガス操作をしてない。」と繰り返し言っていたわけだ。エンジンを守るための排ガス操作なら、問題ない。

メルセデス 8億700万ユーロの罰金を(喜んで)払う!

2020年9月、検察局はメルセデスに対して8億700万ユーロの罰金を課した。日本円にすれば、100億円を超える高額な罰金だ。

参照 : manager-magazin.de

メルセデスはこの罰金を不服として裁判所に訴える権利も残されていたが、(喜んで)この罰金を払った。何故だか、わかるだろうか。

それは罰金の理由に「違法な排ガス洗浄機の操作の廉で。」とは書かれておらず、「車両検査の監督の義務を怠った廉」と書かれているからだ。だからメルセデスは罰金を払った後でも堂々と、「メルセデスは排ガスの違法な操作はしてない。」と言えるし、ツェチェ(元)社長も責任が問われることはない。

ドイツ式、森友学園式の解決策だろう。

米中貿易戦争

悪いことがひとつだけで、済むことなない。ドイツの車メーカー、とりわけメルセデスのSUVは、ほぼ米国で生産され世界中に輸出されている。そしてドイツの車メーカーにとって中国の車市場は、最も大事なマーケットだ。しかるに米中関税戦争でトランプ大統領が中国からの輸入に25%の懲罰関税をかけると、中国もこれに報復、米国からの輸入に25%の懲罰関税を課した。

これによりドイツの車業界は販売不振に陥った。ただでも高い車に25%もの関税が加えられると、お金持ちの中国人も買う気を失った。

その後、米国は関税戦争の矛先をドイツの自動車業界に向けた。トランプ大統領の命を受けた米国政府は、欧州から輸入される車を「国家の安泰を脅かす危険」と判断した。

参照 : Tagesspiegel

これによりトランプ政権は、欧州で生産された車に25%の関税をかける理由ができた。ドイツの車メーカーにとってそれでも幸いだったのは、米国と中国との貿易戦争が泥沼化の様相を呈してきたこと。いかに世界最大の経済大国でも、中国とEUを相手にしては戦争に勝てない。

それでもトランプ政権が欧州産の自動車に懲罰関税を導入すると、EUは共和党の支持基盤で生産されている製品、農産物に報復関税をかける。なれば米国、とりわけトランプ政権の地盤で景気が悪化、2020年の再選は難しくなる。

トランプ大統領もそこまで馬鹿ではなく、中国との戦争が終結するまで、欧州産の自動車への制裁を棚上げした。今、ドイツ、それにEU委員会が、米国の経済省と今後の対策について交渉中だ。EUは「じゃ、お互い自動車への関税をゼロにして、消費者にどの車を買うか判断させようじゃないか。」という米国の提案を受け入れる様子だ。

相次ぐ業績下方修正

しかし米国政府からの脅しが宙ぶらりんになっている状態では、車メーカー、部品メーカーは設備投資に二の足を踏んでいる。生産体制を拡大した途端、関税をかけられて自動車が売れなくなればオープンしたばかりの工場の閉鎖を迫られるからだ。

ドイツの基幹産業である自動車業界が投資を控えると、これはその他の分野にも波及した。世界最大のケミカル企業、BASF は車業界からの注文が減ったとして、業績を大幅に下方修正した。

車の塗装に必要な化学品を納品する会社が業績の下方修正を迫られるのだから、車メーカー、部品メーカーはもっとひどかった。メルセデスは2018年だけで、2回も業績を下方修正した。

ツェチエ社長にとって幸いだったのは、2019年の決算発表に社長を任期満了で辞任、スウエーデン人の後継者にバトンタッチしたことだった。

メルセデス 生き残りを賭けた戦い 【第二章】

社長が変わっても、メルセデスの業績は改善しなかった。そもそも、どうして改善する理由があるだろう?それどころか業績はさらに悪化した。新社長のケレニウス氏は、わずか3週間で二度も業績を下方修正するという離れ技をなしとげた。何故、3週間も先のことが見えなかったのだろう。

参照 : Manager Magazin

違法な排ガス操作で交通省にリコールを命じられていたメルセデスだが、交通局の役人、役人にしてはめずらしく機転が利いた。役人はメルセデスがリコールを利用して、こっそり違法な排ガス操作プログラムを上書きして、操作の痕跡を消してしまうのでは?と疑った。

そしてリコール後の車を取り寄せて、プログラムをリコール前と比較した。するとリコールの原因になった5か所の他に、メルセデスがさらに一か所のコードを書き換えていた。

参照 : Spiegel

これは重大な発見だった。というのも交通省が違法な排ガス操作を発見した際、「他にも隠れて操作している箇所があるんじゃないですか。」と、メルセデスに書面で訪ねていたからだ。

メルセデスは勿論、これを否定した。しかし今回こっそりとプログラムを書き換えたことにより、虚偽の申請と詐欺罪で訴えられかねない。そしてシュトッツガルトの検察局はすでに調査を開始した。これによりメルセデスはさらなるリコール、それに罰金を覚悟しなくてはならない。

案の定、交通省は違法な排ガス操作プログラムを搭載しているとして、さらに6万台のメルセデ車のリコールを命じた。

参照 : Sueddeutsche.de

新たなリコール費用、それに罰金の積立金を用意するため、メルセデスは2019年二期の決算発表で、16億ユーロの赤字を発表、3週間で二度目の業績下方修正を迫られた。これで過去1年間で4回の業績下方修正だ。そして今回の下方修正だけで終わる可能性は低い。

お先真っ暗

というのも、今回の処罰はまだドイツ国内だけ。これが欧州全域、そして米国にまで広がったらもう目当てられない。実際、2019年2月、米国の裁判所がメルセデスに対する違法な排ガス操作の嫌疑でメルセデスに対する集団訴訟を許可している。この裁判で弁護士がドイツの検察からデータをもらって裁判所に出せば、どんな言い訳が効くだろう。

現在のメルセデスの状況は、4年前のフォルクスヴァーゲン社の状況よりもひどい。当時、景気がよくトランプ政権もなかったので、車が売れた。だから巨額の罰金を払ったフォルクスヴァーゲン社は、それでも株主に配当金を払った。そして翌年には再び巨額の黒字を出して、排ガス操作による損益はほぼ2年間で、取り戻した。

今回は貿易戦争で車が売れない、メルセデスは電気自動車競走で完全に出遅れ、さらには自動運転への投資が必要で金が出ていくばかり。さらには数年後には用無しになるメルセデスのエンジン部門を抱えている。

中国自動車メーカー BAIC メルセデスの大株主に!

言うまでもないが、相次ぐ業績下方修正で株価は大幅に下落している。しかし、「捨てる神あれば、拾う神あり。」で、安い株価は中国人の購買意欲を誘った。「メルセデスがこの値段で買える。」と 中国の自動車メーカー BAIC がメルセデスの株価の5%を取得した。カターの国家ファンドが購入した価格の半分以下で。

参照 : Welt.de

この第二の中国からの大口投資で、メルセデスはすくなくともここ当面は、金銭面で心配をしなくてもよくなった。

同時に増資の可能性も減ったため、メルセデスの株価は上昇に転じている。しかし根本的な問題は解決されておらず、今後も排ガス操作の訴訟、賠償で、株価がまた続落に転じる可能性は大きい。今の時点での投資にはご慎重に。

教訓

メルセデスがここまで転落した責任は、よりによってメルセデスを再生させたツェチエ社長にある。日産でもメルセデスでも、あるいはフォルクスヴァーゲン、他の企業でも、一人の人物が長期間トップに就いていると、ろくなころがない。

長期間トップにいると自分の才能を過信して、他人の意見に耳をかさなくなる。しかるにツェチエ社長、未だに自身の過ちに気付いていない。氏は3年後にはメルセデスの取り締まり役員会長職への就任を目指している。しかし現在の株価に怒る株主の反対の声は、高まるばかり。氏が思惑通り取り締まり役員会長職に収まる可能性は、日に日に減少している。

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執筆者:

nishi

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