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オーストリア 右翼連合政権のあっけない破綻

投稿日:2019年5月22日 更新日:

2015年、難民が大挙してバルカンルートを使って北上を始め、欧州各国に押し寄せてきた。日本と異なり、欧州では故国で迫害に遭っている難民には保護を求める権利を認めている。難民が欧州まで来てしまったら、難民を受けいれて申請を受理審査しなければならない。これが法治国家なので言い訳、例外はない。そこで難民を仮設住宅に住まわせて審査を始めたが、押し寄せる移民の数が多すぎた。

申請は処理されで、何か月も放置されたまま。あちこちに難民収容施設ができ、することがない難民が大量に街を徘徊すると、住民は心配になってきた。外見、文化、言葉、宗教が異なる金のない若者が徒党を組み、じっと原住民を観察しているのは、決して気持ちのいいものではない。

住民は難民の受け入れに反対するようになったが、政治家は住民の心配に聞く耳をもたないようだった。実際には法治国家を謳っているいる以上、難民を受け入れるしか手段がなかったのだが、市民はそうは考えなかった。次から次へと押し寄せる難民の黒い群れを見て、唯一、自身の意見を代弁してくれる右翼政党を支持するようになった。

こうして難民が押し寄せたほとんどの国で、右翼政党が躍進した。その中でも最も成功を収めたのは、元々右翼政権のポーランドやハンガリーを除けば、よりによってヒトラーを生んだ国、オーストリアだった。

ヒトラー並みの弁舌で首相に就任

日本と異なり、欧州ではあからさまな右翼思想は、一般市民には受けない。だから右翼政党は大きな事件(追い風)がなければ、5%程度の得票率に留まる。しかしここで過激な右翼思想をオブラートに包み、まるで結婚式の祝辞のような害のない内容に変えてしまう卓越した弁才を持つクルツ氏が登場した。あのヒトラーだって、こんなに見事な描写はできなかったろう。

同氏は、難民が引き起こした国内政治の混乱を巧みに利用、連立政権を解消して新選挙に打って出た。甘いマスクとその弁舌の才能は、右翼思想を嫌う女性票を多く取り込んで、氏が率いる国民党が第一党に躍進した。そしてオーストリアの右翼政党、FPÖ も難民と政府の対応をこきおろして躍進、欧州で初めて右翼連立政権が誕生した。

参照元 : ドイツ最新事情

右翼が副首相、内務大臣に!- EU各国の懸念

クルツ首相は最年少で首相に就任できたが、これを可能にした右翼政党 FPÖ には副首相と内務大臣など、政府の中枢機能を明け渡した。ヒトラーがドイツで政権についた際、やはり内務大臣の座を確保した。以降、警察を使い堂々と他の党への圧政を強めていき、独裁政権を可能にした。欧州各国はオーストリアのこの態度を不審な目で見ていた。

そしてこれは杞憂ではなかった。内務大臣は右翼を警察の捜査から守ろうと、あかさらまな行動に出た。問題はそれだけではない。欧州各国はテロ対策などで諜報機関が情報交換をしているが、オーストリアはこの会合で得た情報をロシアに流しているのだ。

オーストリアは、昔から政治、経済上、ロシアへのコンタクトがある。ロシアがウクライナの領土を軍事占領すると、西側が一致団結してロシアへの経済政策を取り決めたが、これに最初から反対しているのがオーストリアだ。今でもオーストリアは経済制裁の解除を訴える唯一の国で、まるでロシアの利益の代弁者になっている。

ドイツの諜報局は、オーストリアに極秘情報を伝えることの危険性を何度も主張している。

参照元 : Welt

日本ではオーストリアは永世中立国と思われているかもしれないが、それはあくまでも表面上。本当に中立な国などは存在してない。

これに加えて、あまり頭脳聡明ではない副首相の度重なる失言で、オーストリアの名声は落ちる一方だった。しかし首相は問題が発生する度に、インタビューでボヤを鎮火してきた。この右翼政党なくしては、国会での過半数を失い政権を維持できないので、なんとしても連合政権を救う必要があった。ところが巧みな弁舌を誇るクルツ首相でも鎮火できない大火事が発生した。

やらせビデヲ – イビッツア ビデオ

ドイツのメデイアが、FPÖ の党首兼副首相が、スペインのイビッツア島でロシアの大金持ちと選挙運動の資金援助について話し合っているビデを公開した。このビデオの中で副首相は、「援助してくれれば、オーストリア国内での公共事業を貴社に発注する。」と収賄に二つ返事で応じる姿が記録されていた。

参照元 : Welt

実はコレ、「やらせビデヲ」だ。ロシアの大金持ちも偽物で、右翼政党に汚職話を持ち掛けるとどのような反応をするか、これを実証するために仕掛けられたものだった。誰がこの罠をかけたのが、現時点ではわかっていない。右翼からの報復を恐れてか、原作者は沈黙を守っている。しかし明きからにオーストリアの右翼政権に不満を持つ者の仕業だった。

右翼連合 2年も持たずに解消

日本の政治家は「酒の上の発言」、「やらせビデヲじゃやないか。」で済ませるが、欧州ではそうはいかない。副首相はビデヲが公開されてから数時間後、党首、そして副首相からの辞任を表明した。

首相はこの衝撃から半日時間を取って対策を協議した。氏は、これまでもスキャンダルに事欠かなない右翼政権と今後も連合を組むと、火の粉が自身の国民党に降り注ぐと判断した。そうなれば、クルツ氏自身の政治生命の終わりとなる。残された道はひとつだけ。右翼連合政権を解消して総選挙しかない。

首相は大統領に会見を申し入れ、副首相の辞任と国会の解散を要請した。大統領がこれを承認すると、大統領と首相は一緒に記者団の前に出た。クルツ氏は「FPÖ との連合を解消して、これまでに政府が発注した公共事業をすべてチェック、(元)副首相への法的な追及も容赦なく行う。」と声明を出した。

いつもは自信に満ちあふれている首相だが、今回は会見中に両手を広げて、「どうしようもない。」と言わんばかりの動作を何度も繰り返した。心の葛藤がよく伝わってくる会見だった。

続いて大統領がマイクの前にでて、「法律上の取り決めにより、最短での総選挙は9月になる。」と発表した。こうして欧州初の右翼連合政権は2年も持たずに崩壊した。

内務大臣の更迭

政府内の汚職を調査すると言っても、その汚職を調査する張本人が右翼政党の内務大臣であっては、まともな調査にならない。本当に汚職が見つからない場合でも、(日本の総務省の内部調査のように)国民はそんな報告書には満足しないだろう。

実際、オーストリアの現内務大臣は、かってのナチスのシュトライヒャーみたいな人物で、過激な右翼思想の発信源。権力を乱用することには、これまでこれっぽちも抑制がない人物だ。こんな人物が内閣の中枢に居座れば、「(元)副首相への法的な追及も容赦なく行う。」という首相の真意が疑われる。

このような背景があってクルツ首相は、総選挙に向けて右翼政党 FPÖ との関係を完全に断つのが得策と判断した。この首相の動きがマスコミに漏れると、「内務大臣はイビッツアビデヲに写っていないじゃないか!」と、FPÖ はこの更迭計画に反抗した。そして、「(本当に)更迭された暁には、一致団結して残りの政府の要職から辞任する。」と脅した。

首相はこの脅しには屈せず、連合解消の声明を出した翌日、首内務大臣の更迭を大統領に申請、これが受理された。(注1)

参照元 : Stern

FPÖ は脅しを実行に移し、政権の要職から離脱した。空席になった政府内の役職には、次回の選挙で人事が確定するまで、それぞれの分野での専門家を任命すると首相は発表した。

スキャンダルの波紋 – EU議会選挙

このスキャンダルからわずか1週間後には、EU議会選挙がある。各国の右翼政党は、「EU 議会選挙で躍進して、国の主権を取り戻す。」と(何も失ってもいないのに)豪語していた。そして実際に、イギリス、イタリア、フィンランドなどでは、右翼政党が躍進するとがほぼ間違いない。

ドイツの政治家もこれを心配しており、選挙運動では団結して右翼とポプリストに反対のキャンペーンを張った。そしてその選挙1週間前で、この天からの恵みである。ドイツの右翼政党 AfD はこのスキャンダル後、「明きからな法律違反である。」と、同志を非難する声明を出し一線をひこうとしている。逆に既存政党は、「それみたことか!」と勝ち誇り、右翼政党を支持することの危険性を指摘している。

クルツ首相 – 政治生命をかけた選挙

話をオーストリアに戻そう。9月の総選挙は、クルツ首相の政治生命をかけた戦いになる。周囲の危惧の声に逆らって、「首相になりたい!」と右翼連合政権を選択したのが氏だったからだ。今回のスキャンダルに首相の責任はないが、日本でよく言われる任命責任がある。

果たしてオーストリア国民はどう判断するだろうか。右翼政党の FPÖ が次回の選挙で得票率を落とすことは間違いないが、米国のトランプ首相の支持率が何があっても40%を割らないことを考えれば、それほど大きな減票にならない可能性もある。

そしてオーストリア国民党の支持率はどうなるだろう。第一党の地位を守るこができれば、クルツ首相は他の党と連立政権を組んで、首相の地位に留まれる。果たして甘いマスクと巧みな弁舌で、柳の下の二匹目の泥鰌は釣れるだろうか。

オーストリア 右翼連合政権のあっけない破綻

内務大臣を更迭した後、右翼政党の FPÖ は報復として国会に内閣不信任案を提出した。同時に先の総選挙でクルツ氏の一方的な連立解消で野党になった社会民主党 / SPÖ も仕返しに、不信任案を出した。

というのもクルツ氏は新政権が誕生するまで国民党だけの、一種の独裁政権で乗り切ろうとした。しかし先の総選挙で国民党は第一党にはなったが、30%程度の得票率だった。「たかが3割の支持率で、単独政権を立てるのは許されない。」というのが社会民主党の表向きの理由だが、仕返しなのは間違いない。

この不信任投票で、クルツ政権は過半数の不信任票を投じられて崩壊した。同氏はせめて選挙結果が出るまで、野党に連立政権を組むかどうか、意向を問うべきだっただろうか?どうもクルツ氏は必要に迫られてやりたくない連立政権を組むよりも、不信任案が出て退陣に追い込まれることを望んでいたようだ。

とういうのも、お互いに嫌っている党で連立政権を組んでも、まともな政治にはならない。政権内で争うのが関の山。これでは国民の支持を失う。それよりは不信任投票で退陣となれば、(女性層から)同情票を期待できる。首相の席を追われたクルツ氏、失脚の瞬間は表情が凍てついていたが、国会の外で待っている記者団を相手に選挙戦混じりの声明を出す頃には、自身に満ちたいつもの姿に戻っていた。

マリアテレジア以来!女性が首相に就任!

クルツ政権大臣を受けて、大統領は憲法裁判所の大統領、Brigitte Bierlein 女史をオーストリアの首相に任命した。

参照元 : Stern

オーストリアはこれまで常に男性が政治のトップの要職についてきた。例外はプロイセンと覇権を争い(負けた)、オーストリア国民から慕われている女帝、マリア テレジアだけ。

女史は27歳で弁護士の国家試験に合格した才女だ。これまでは男性が独占していた分野に進出、スキャンダルもなく職務を着実にこなした。その功績により、定年の1年前に憲法裁判所の大統領に就任したばかりだった。本人も定年まで憲法裁判所の大統領の職務を全すると思っていたので、今回の任命にはかなり驚いていた。

ビアライン女史は内閣のメンバーを、それぞれの分野の専門家で構成した。これにより次回の政権が誕生するまで、オーストリアはしばらくスキャンダルから解放されそうだ。

(注1)

2年前の記事で、「日本ではオーストリアが一気に右に寄ったと騒いでるが、そうではない。クルツ氏は首相になるために、右翼を利用しているに過ぎない。利用価値がなくなれば、右翼思想と距離を置く。」と書いたが、まさにその通りの結果になった。

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執筆者:

nishi

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