街の紹介 ベルヒテスガーデン

ミュンヘンまで来たら、有名なお城を見た後でいいから、ベルヒテスガーデン に行ってみよう。Berchtesgaden はドイツの右下、オーストリアに槍の先のように食い込んでいる部分にある部分にある町。ミュンヘンから電車で2時間40分程度の距離にあり、ガルメッッシュ パルテンキルチェンと並ぶドイツアルプスの景勝の地だ

地勢 – 山の斜面にある町

町の中心部は、敵の侵入を想定して、山の斜面に建設されている。お陰で利用できる土地が少なく、その少ない土地はホテルやレストランで埋め尽くされている。その中でも一番便利な場所にあるのがこのホテル。お値段は安くないが、町の中心部にあるので何処に行くにも便利です。ホテルの斜め向かいには市民の憩いの場があり、ここから眺める景色はステキ。

ベルヒテスガーデン -ドイツアルプスの景勝地

貴重な土地なのに教会が数多く建っている。やっぱりカトリックの町だけのことはる。ちょっと外れにあるのが”Pfarrkirche”で、無理やり日本語に直すなら主要教会。

町の真ん中に建っているのが”St. Peter”教会で、なんと13世紀の建造物。横に建っているのは王様の城だ。後ろに見えているのは”Christuskirche”で、こちらは19世建造の新しい教会だ。対面のアーケードには戦争の戦没者を追悼する壁画が描かれている。

旧市街

町の中心部に足を運んでみよう。これが思っていたより立派で、見事な装飾を施された建物が慣れんでいる。そして噴水の多い事。魚の噴水、子供と豚の噴水、その他、数多く存在してます。街中には日用品店からお土産屋、それにドイツ飯屋が多く並んでいる。もっとも高いホテルと高い食事を避けたい方は、山の斜面ではなく低地のホテルやレストランを選択しよう。

オーバーザルツベルク

この地域が有名になったのは、あの有名なオーストリア人がオーバーザルツベルクに別荘を買った事に起因する。その後、「我が闘争」の印税で稼いだ金を惜しげなくつぎ込んで山荘、ベルクホーフに改装した。

ベルクホーフ

以後、政治の舞台はベルリンからこの山荘に移ってきた。ヒトラーがイギリスの首相チェンバリンを招いて、ミュンヘン協定にサインしたのもここなら、対ロシア作戦、バルバロッサを決断したのもここだ。

ベルクホーフは終戦間際にアメリカ空軍の空爆で中破。戦後、しばらくはそのままの姿で残っていたが、「ナチスのメッカになることは避けたい。」とバイエルン政府がレンガひとつまで撤去、誰にもわからない場所に埋葬された。お陰で今はコンクリートの土台しか残っていない。

ベルクホーフと言えば有名なのがパノラマ窓だが、ドイツ政府はその光景を訪問者に与えないように、土台の前に植林、独裁者が日々眺めた光景さえも禁止するという徹底振りだ。

ベルクホーフ跡

当然、ベルクホーフへの行き方も標識は出ていない。事前にネット上で地図で確認、これを持参するしか方法がない。でもこっそり行き方を解説すると、駐車場の脇にあるオーバーザルツベルク資料館の前の道を進んでいく。

その後、山道になるので(記憶では)確か左折すると、15分ほどでベルクホーフ跡にいける。ここまでくると、「ばれたら仕方がないな。」と看板が出ている。

ベルクホーフのコピーは現存!

ベルクホーフ、そもそもはこの地方の山の斜面に建っていた山荘のひとつ。ヒトラーの山荘は破壊されたが、オリジナルの山荘はまだ当時の姿で残っている。そのひとつが”zum, Türken”(いざ、トルコに!)という宿屋だ。今でも営業中なので、泊まることもできる。

この山荘はヒトラーのお隣さんで、当時はナチスに強制収用されていた。しかし戦後、本当の持ち主に、ナチス時代に建造されたさまざまな施設と一緒に、返却された。その土地にベルクホーフに滞在するナチス指導部専用の防空壕がある。

山荘を取り度した主人はこの防空壕を観光客へのアトラクションとして僅かな入場料で公開していた。戦争中に蒙った被害を考えれば、当然の権利だが、バイエルン政府はこれを禁止した。

戦後、ドイツは本当の法治国家に変身した。これを証明するのが、この一件だ。宿の主人は、「俺の土地にある俺の所有物を公開して入場料を取るのは、俺の権利だ!」とバイエルン州を訴え、勝訴。以来、堂々と地下防空壕を公開している。

ケールシュタインは絶景!

第三帝国時代の建造物としては珍しく、ケールシュタインハウスは今でも昔そのままの姿で健在だ。英語では”Eagles Nest”(鷲の巣)。この建物は、ヒトラー50歳の誕生日に党の官房長ボルマンが贈った、豪華な茶室兼レストラントだ。

もっともヒトラーは滅多にこの茶室を訪問しなかった。自分が勝手に始めた戦争のお陰で、この茶室が、そしてベルクホーフからここまでの道が無防備で、敵にとっては戦闘機一機派遣するだけで、ナチスの上層部を一掃できたから。ヒトラーは防空体制が整っており、総統用地下壕のあるベルクホーフを好んだ。

ネット上では、「空気が薄いのが嫌で」などと誰かが想像して勝手に理由を述べているので、信用されませんように。

ケールシュタイン

この山荘に行くにはケールシュタインという標識を頼りに、山の中ほどにある駐車場に向かう。ここに車を停めると、8合目までバスが出ているので、バスの乗車券+入場券を購入する。

バスの窓から見える景色は絶景なので、窓際の席を確保すべし。バスから下りたら、窓口で帰りのバスを予約する必要がある。見るだけなら2時間、しっかり写真も撮るなら2時間半~3時間後のバスを指定するといい。ここから上を眺めると、山頂に建っているヒトラーの茶室が見える。

総統用エレベーター

山頂には徒歩でもいけるが、トンネルの奥に総統用の超豪華なエレベーターがあるので、是非、これを利用しよう。利用料は入場料に込み。エレベーターは、写真撮影禁止。残念。その後、エレベーターは一気に124mを昇っていく。

2002年5月に初めて一般解放!

山頂からの眺めは、当時は独裁者にしか味わえなかった、うっとりとする眺め。ネオナチの聖地となることを恐れたドイツ政府の方針で、2002年まで立ち入り禁止だったが、2002年5月に解禁、一般の訪問者でも訪れる事が可能になった。以後、数多くの観光客がかっての独裁者の別荘を見てやろうと押し寄せ、バイエルン州政府の大事な財源となっている。

レストランで休憩なんぞしていないで、人生に一度しか来ないだろうから、忘れることのないようにこの絶景をしっかり見ておこう。少し階段を登った先に展望台が設けられており、ケールシュタインハウスとアルプスをバックに写真撮る人で場所取り合戦が始まっている。

目指せ山頂!

興味があれば山頂まで登ることもできるが、足を滑らしたら、崖の下に転落します。日本みたいに、「この先危険」などと書いていませんし、ロープも入っていないので、自分で判断してください。小さいお子さんと一緒に行かれる方は、厳重注意が必要です。ちなみに山頂から見下せる湖は、”Königssee“(王様の湖)だ。

ケールシュタインハウス

山頂の景色を堪能したら、茶室にも入ってみよう。看板がかかっている通り、1934年築。入り口には大きな窓が採用されており、中から見ても、外から見ても圧巻だ。肝心の茶室はヒトラーがエバ ブラウンの姉の結婚式を祝った当時と変わっていない。窓際の席にヒトラーは座って、結婚の祝いをあげた。茶室の片隅には当時の暖炉も残ってる。

総評 – ドイツに住んでるなら行かなきゃ損! – ねらい目は雪が残っている5月!

ドイツに住んでいるなら、掛け値なしに行く価値有り!この地方はドイツでも有数の豪雪地帯。ケールシュタインハウスは、毎年5月に雪解け具合を見てオープンする。5月に行けばまだ雪が残っているが、相応の靴が必要。

5月、あるいは10月に訪問される方は、もう(まだ)オープンしているか、ホームページで確認してから旅行の計画を立てよう。

参照元 : Kehlsteinhaus

 

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