街の紹介 ディンケルスビュール

観光馬車ディンケルスビュール は、ロマンチック街道の名所として何処のガイドブックにも載っている観光名所。「さぞ観光客、日本人も多い筈!」と思っていってみると、観光客の数が圧倒的に少ないっ!日本人に遭う確率は、アウグスブルク並み!(すなわちほとんど遭わない。)

皆さん、隣のローテンブルクを見て、「ディンケルスビュールはいいや。」と通りすぎてしまう哀しい町。お陰で観光名所を独り占めできます!トイレ付きの無料駐車場はあるし、市内中心部のパン屋で食べた菓子パンは、激ウマ。雪玉より、全然おいしいです!

2年かけてディンケルスビュールを何度も訪問。町を隅々まで歩いて調査してきましたので、ここでその集大成、ディンケルスビュールの魅力を完全解説いたします!

行き方

ディンケルスビュールはバイエルン州の西、バーデン ヴュルテンベルク州との境にある人口は11000人ほどの街。地勢上、ミッテルフランケンと呼ばれる地方にあり、ローテンブルクから南に40Kmほど下った場所にあります。

早い話が交通の便が悪く、ミュンヘンからは3時間、フランクフルトから電車を乗り継いで4時間もかかります。これが理由で外国人観光客は、あまり訪れない様子。幸い、アウグスブルクからだと車で1時間20分の距離にあり、1日観光にうってつけ。

車で行くならナビーゲーションに、”Mönchsrother Str.3″と打ち込めば、外壁のすぐ外にある無料駐車場まで行けます。(無料)トイレ付なので、ここで準備を整えてディンケルスビュール観光に突撃しよう。

地図はこちら

ディンケルスビュールの歴史

日本語でディンケンスユールと表記されていることもありますが、”Buehl”はどんなに頑張ってもユールとは読めません。素直に、「ビュール」と呼んであげよう。覚え難い町の名前の起源はわかっていない。

町の名前が最初に登場している文献では、”Burgus tinkelspuhel” と書かれています。それがどうして”Dinkelsbühl”になったのか、いろんな推測がされています。中には”Dinkelbauer”という人が町を起こした発起人で、その人にちなんでディンケルスビュールという名前が付けられたと主張している人もいますが、根拠のない伝説です。

ディンケルスビュールの誕生史

ディンケルスビュールが誕生することになったのは、シュタウファー家とヴェルフェン家のドイツの覇権を巡る争いが原因だ。シュタウファー家(シュバーベンの貴族)はヴェルフェン家(後のハノーファアー王国の王家)との戦に備えて、地形上防御しやすいこの集落を城壁で囲い、城塞都市に仕立て上げます。

ちなみに「お隣」のローテンブルクが城塞都市になったのは13世紀。ディンケルスビュールは12世紀で、ローテンブルクよりも古い。12世紀の城塞都市の特徴として、ローテンブルクのような市庁舎前の大きな広場(市場として使われる)はなく、じょうご型の道路/広場があるのみ。

このような街作りでは、町が発展すれば、町を好きな方向に拡大できる利点があった。しかし町が自然に形成されていったので、わかりにくいという不便さもある。中心部に広場があれば、そこには市役所と教会(それに酒場)もあり、部外者にも街の地理がわかりやすい。

ディンケルスビュールの町は交易で栄え、14~15世紀に経済的な最盛期を迎えた。お金持ちになると敵の侵入を妨げるべく城壁を増築、お堀を掘り、監視用の塔を建てた。さらには町の象徴になっている聖ゲオルク教会などが建設され、今日、観ることができる町の姿になった。

ディンケルスビュール 観光 – ドイツ ロマンチック街道の宝石

ディンケルスビュールは、ロマンチック街道の宝石。ここをパスするなんてなんてもったいない!観光には1日あれば十分です。史跡を全部見て回るには5~6時間かかりますが、「めぼしい所だけ」見て回るなら、半日でもOK。どれだけディンケルスビュールの観光に費やすか、それはあなた次第です。

ここでディンケルスビュールの主要な観光名所を上げておくので、観てみたい場所をピックアップしておけば、効率的に回れます。

ネルトリンガー門 / “Nördlinger Tor”

ネルトリンガー門 / "Nördlinger Tor"観光案内は駐車場から見えるネルトリンガー門 / “Nördlinger Tor”から始めます。この塔が建造されたのは、街が人口増加で城壁を作り直した14世紀にまでさかのぼります。その後、神聖ローマ帝国の皇帝がディンケルスビュールに製粉所を設置することを許可すると、この塔の横に製粉所を設置。お堀の水を利用して水車で製粉していました。

塔(独語では門)の横に見える大きな建物は、まさにその製粉所です。現在ではお堀は埋められて、見張り塔と一緒に家庭菜園に利用されているので、ここに製粉所があるのは違和感があります。

この門の向こうには、旧市街の古風な家屋が見て取れます。このまま風情のある家屋を見ながら直進するのが、短いディンケルスビュールの観光コース。

城壁

城壁「折角、ディンケルスビュールまで来たんだ。全部観て行きたい。」という人は、城壁を越えてからすぐに左折、城壁に沿って歩くと街を1周できます。城壁コースを巡る観光客はおらず、私、一人でした。たまに原住民と出会います。

見ていると、塔の中にベットを運び込んでいました。そう、数多い塔は住居として廃物利用されています。城壁沿いにこのまま歩いていくと、町の一番高い場所にある Segringer Tor にたどり着けます。

短いルートを選択すると、まっすぐ直進してください。10分ほで右手に聖ゲオルグ教会が見えてきます。その先にあるのが絵葉書のモチーフになってるワイン市場です。

中心部と言っても、上述の通り広場/市場があるわけではありません。綺麗な場所なんですが、観光客が多いので撮影が難しいです。三脚を取り出して時間露出撮影すると、人の姿がほぼ消えました。それに雲がドラマチック感を増します。

グスタフ アドルフの家

グスタフ アドルフの家角の真っ赤な建物は “Gustav-Adolf-Haus”と呼ばれています。オリジナルは酒屋。30年戦争中、ディンケルスビュールを占領したスウエーデン軍の将軍 Gustav-Adolf が宿泊したので、この名前で呼んでいます。

この将軍、「歌を歌いながら歩いている子供に情が移って、町の略奪を禁止した。」という伝説があります。これを記念して”Kinderzesche”と呼ばれる子供のお祭りが毎年、開催されています。

参照 : bayern.by

聖ゲオルグ教会 / St.-Gerogs-Kriche

聖ゲオルグ教会 / St.-Gerogs-Kriche実はすでに12世紀からこの場所に教会が建っていました。その後、何度も建築された挙句に15世紀、古い教会を取り壊して新しい教会の建築が始まります。建築には51年もの歳月かかかった大事業で1499年に完成。

尖塔は61mもあり、テユービンゲンヴァイセンブルクの低いずんぐりした塔を違い、やっはり立派。高い塔から当時の街の財力をうかがい知ることができます。このカトリック教会が他の教会と大きく異なるのは、窓にステンドグラスではなく普通のガラスが使用されており、明るく雰囲気がいいです。

“Alter”と呼ばれる牧師(それと司祭?)が建つ場所は、とりわけ立派。

ドイツの家 / Deutsches Haus

目抜き通りの真ん中に建っているドイツの家 / Deutsches Haus赤色の大きな建物は、ディンケルスビュール観光の目玉、”Deutsches Haus”(ドイツの家)と呼ばれています。かっての町の権力者が16世紀に建造させた骸骨屋敷です。町の観光案内によると「ルネッサンス後期の最高の傑作」だそうです。現在は高級レストラン&ホテルとして使用されています。この目抜き通りには、多くの立派な建物が立ち並んでいます。

石畳を歩きたくない方には馬車のツアーもあり、40分かけてディンケルスビュールの町を一周してくれます。観光ガイド付き。言うまでもなく独語。大人は8ユーロ。子供は半額です。2017年には大人9ユーロに値上がりしていました。毎年、1ユーロ値上がりするのかしらん。

メインストリートから左に、細い小道が分岐しています。入ってみると小奇麗な家屋が並んでいるので、見てみる価値あり。メインストリートに戻ってすぐ先に、立派な飾り付きの家があります。地元の新聞社です。この建物の手前に香辛料通り /”Gewürzstrasse”という路地があります。

元々は、香辛料を売っている店が並んでいたので、この名前。現在では香辛料よりも、中国製の服や小物を売る露店が並んでいます。にんにくがひとつ2ユーロで売られてました。買う人が居るのかな?露店が景観を損なっていますが、ここに並んでいる家屋も美しい。

病院 / Spital

病院 / Spitalメインストリートに戻ります。この先にパン屋さんがありますが、中心部の店と違い客足まばら。やはり客商売はロケーションが大事です。その斜め向かいにあるのが”Spital”(病院)です。

オリジナルはディンケルスビュールの創立時、13世紀に建設された聖マリア病院。当時は城壁の外にありました。街の拡大に伴い新しい城壁が建設されることになり、この病院を含む広大な土地が城壁で囲まれることに。

その後、17世紀に病院は改築され、この地域でも最大の規模を誇る巨大な病院になりました。病院の端はローテンブルク塔に接しており、「こんなに病院が出たの?」と思うほど大きいです。中庭に入って裏から見ると、さらに立派でした。入場料なしで入れますが、ご静粛に。隣の別館は今でも使用されている介護施設です。

 

ローテンブルク塔

ローテンブルク塔通りに戻るとすぐ先に、”Rothenburger Torturm”が見えます。この塔は牢屋と拷問部屋が設けられていた物騒な建物。魔女裁判が盛んな中世には、無実の女性(わずかに男性も)ここで拷問を受けて殺害されました。先回は時間がなくてここで引き返したので、今回は門の外まで。その前に振り返って町を見ておきましょう。車がなければまるで中世の町です。

ローテンブルク塔の周辺は、まだお堀に水が残っています。ここは町のホームページでも利用されている、町の自慢の景色。お堀に沿って花壇や公園が設けられています。先に野外コンサート会場もあり、この日は演歌歌手が歌声を披露していました。

時間があればお堀の周辺を歩いてみてください。観光客が滅多にみることのないディンケルスビュールの光景を見ることができます。

穀物倉庫 / Zeughaus

穀物倉庫端っこの塔の奥にある門から市内に戻ると、大きな骸骨屋敷がドン!と建っています。名前は”Zeughaus”。普通 Zeughaus と言えば武器庫ですが、この建物は穀物倉庫として16世紀に建造されたもの。

通りを下ると香辛料通りにたどり着き、香辛料通りを端っこまで歩くと、ゼークリンガー通り/ Segringer Straße へ繋がっています。坂を上っていくと新市役所があり、その横にはとっても綺麗な家屋が並んでます。

上述の子供祭りに使われる舞台衣装の倉庫として使用されているので、最近では子供祭りの倉庫 / Kinderzesche – Zeughaus とわかりにく、しかもちぐはぐな名前で呼ばれています。

新市役所

新市役所旧市役所があまりに広いので、ディンケルスビュール市が新市役所として購入した家屋。

オリジナルは18世紀に帝国郵便局で町長が建てた家。真っ赤な塗装が施されているので、見間違えることなし。

 

Drei Mohren

新市役所の向かいにある肉屋、Drei Mohren (同じ名前のホテルがアウグスブルクにあるので、どうもこの地域では好んで使われる名前のようです。)は、「ゲーテがここで飯を食った。」として有名です。

参照 : drei Mohren

店の前にある立ち食いコーナーで地元民がパクついているので、又、牛の看板が出ているので、すぐにわかります。立ち食いにすれば、高くないです。でもメニューには、ケバップやパスタ、ピザ、インド料理、さらには寿司まで。

いろんな種類の料理を提供してるレストランで「旨い!」という経験をしたことはまずないので、勇気のある方のみ、お試しあれ。

ゼークリンガー門 / Segringer Tor

ゼーリンガー門 / Segringer Tor町の一番高い場所にある塔が Segringer Tor です。この塔はてっぺんにたまねぎが乗っており、他の塔と建築様式が違います。スウェーデン軍の攻撃により塔が崩壊したので、15世紀にイタリア人の建築技師のデザインで再建されたためです。

ほとんどの町ではお堀は埋められ、塔は解体されて残っていません。しかしディンケルスビュールは、ほとんど残っている珍しい例。ゼーリンガー門の周辺にはちゃんと城壁とお堀が残っているので、是非、ご覧あれ。

町の中への乗り入れが不便ですが、歴史の保存を優先した街は偉い。城壁と塔がほぼかっての姿で残ってます。

3人の王様の礼拝堂

3人の王様の礼拝堂町に戻ってきてすぐ左手にあるのが、3人の王様の礼拝堂と呼ばれるミニ礼拝堂。

すでに14世紀には存在していたというので、ディンケルスビュールのもっとも古い建造物のひとつ。何故、このような名前になったのか、その由来が不明。

街の観光案内を読んでも、「すでに14世紀には存在していた。」、「19世紀に屋根を張り替えた。」、「現在はナチの犠牲者の弔っている。」とだけしか書かれていません。

穀物倉庫 改 ユースホテル

街を代表する巨大な骸骨屋敷のひとつが、3人の王様の礼拝堂の先、城壁沿に建っている巨大な建造物。16世紀初頭に穀物倉庫として建造されました。

穀物倉庫 改 ユースホテル2006年に大金をかけて改装されて、ユースホテルになりました。100を超えるベットがあるので、ロマンチック街道沿いで一泊されるなら、ディンケルスビュールのユースで一泊してみてはどうでしょう。

参照 : jugendherberge.de  宿泊日26.50ユーロ(朝食込み)

聖パウルス教会

まだ残ってる観光名所は僅か。Segringer Straße を下ると先に St. Paulskirche / 聖パウルス教会が見えてきます。なんで同じ場所に教会がふたつもあるの?それはこちらはプロテスタント教会だから。この道を直進すれば、駐車場まで戻れます。

ヴェルニッツ門 / Wörnitztor

ヴェルニッツ門 / Wörnitztorまだ駐車場には向かわないで、手前で左折してヴェルニッツ門 / “Wörnitztor”を観ていきます。この塔はシュタウファー家がこの町の領主だった14世紀に建造されたもの。その後何度も改築されて、今の形なったのは16世紀。

ここ数年でペンキも何度か塗り替えられたので、数年前の写真を見ると、「え、違うでしょ?」と思ってしまいます。塔の前には立派な噴水があり、後ろの家屋と一緒にすると綺麗な写真が撮れます。

この塔は向かい側から見ても綺麗なので、門の手間で引き返さないで、向こう側まで歩いてみておきましょう。そんなに滅多に来るものじゃないし。

 

旧市役所

旧市役所この噴水の対面にある巨大な石作の建物がディンケルスビュールの旧市役所で、オリジナルは14世紀に建造されたお金持ちの家。15世紀に市役所が焼け落ちたので、お金持ちのディンケルスビュールはこの建物を購入して、市役所として使用することに。

19世紀初頭、神聖ローマ帝国の終焉と共に、ディンケルスビュールも自由都市としての存在をやめて、バイエルン州の片田舎に。すると、「片田舎にこんな立派な市役所は大きすぎる。」とゼークリンガー通りにあったこじんまりとした建物を購入して市役所に。

以来、空き家になったので博物館、現在は博物館、そしてツーリストインフォとして利用されています。

ディンケルスビュール行く価値あり?

Ja! ドイツの街はふたつと同じ町がないので、ローテンブルクとは街の景観は全く異なります。ディンケルスビュールの家屋の実に44%が1500年までに建造されたもの!家屋の形がひとつひとつ違います。中世の頃の家屋がこれだけ残っているのは、世界遺産都市のバンベルクレーゲンスブルクだけ!

古い家屋の並びただし、ローテンブルクの旧市役所のような華やかさがないのは、確か。でもその分、観光客が少なくてよかったです。

写真を撮りながら町の隅々まで歩いていると、5時間かかっても撮影が終わりませんでした。短いコースなら3時間少々で観て回れるので、半日観光にはぴったりです。真夏にもかかわらず、見かけた日本人はカップルの二人だけ。中国人でさえ数える程度。時間があれば、是非、ディンケルスビュールにもよってください。

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