ドイツでは レーゲンスブルク は観光地、そして大学町として知られています。

ここで取り上げるのは、観光地のレーゲンスブルク。何せあのユネスコから世界遺産都市に指名されています。

皆さんが大好きなローテンブルクは、世界遺産都市になっていないので、文字通り格違いの美しさ。

でも日本では名前さえも

「聞いたことがない。」

という方がほどんどです。

何度か足を運んで街中の観光名所を調査してきましたので、紹介したいと思います!

目次

レーゲンスブルク の紹介

【世界遺産都市】 レーゲンスブルク 観光名所を完全制覇!

レーゲンスブルク市内にはメッサーシュミットの工場があった為、第二次大戦中は爆撃の目標となり、数多くの歴史的建造物が破壊されました。

しかし戦後、見事に復興され、2006年ユネスコは世界遺産都市に指定。

街自体が史跡なので、旧市街をあてもなく歩いても、すぐに史跡にぶつかります。あとはそこに書かれている史跡の説明を読めばいいので、観光ガイドを節約できます。

とはいっても現地で英語(あるいはドイツ語)の解説を読むのはしんどい。そこで有名な観光場所を詳しく日本語で解説しておきます。

こちらのサイトを読んでからレーゲンスブルクに行けば、ほぼ1日で制覇できます。朝から歩き始め、郊外のヴァルハラとドナウ下りを除けば、

レーゲンスブルク への行き方

レーゲンスブルクはバイエルン州の東北、もっとわかりやすく言えばミュンヘンの「右上」に位置しています。

ミュンヘン空港から電車で1時間半の距離にある。チェコとの国境までわずか40kmだ。すでにドイツに滞在されている方は、電車でレーゲンスブルクまでいきましょう。

日本から行から行かれる方、あるいはドイツに住んでいても、ハンブルクに住んでいると、電車の旅だとドイツを縦断することになり、ちょっと大変。

そんな場合は、まずはミュンヘン空港まで飛んでください。2017年からミュンヘン空港からレーゲンスブルク行きの電車の直行便が開通しました!

参照 : thetrainline.com

一番安い接続で7.80ユーロ(片道)。所要時間は1時間17分(直行便)。

街の始まり

石の兵隊

拡張を続けるローマ帝国がこの地に植民地を築いたが、ゲルマン民族の襲来で全滅させられてしまう。

ローマ帝国は蛮族の成敗に軍隊を派遣して、この地を制圧。さらなる襲来にそなえて175年、ローマ皇帝のマーク アウレリウスの命令で、ここにローマ帝国の駐屯地、”Casta Regina”が築かれた。

駐屯地には第三旅団の司令部が置かれ、ゲルマン人の襲撃に耐えれるように、ローマ人は駐屯地を10mもの高い石壁で囲った。最盛期には6000人もの歩兵が駐屯していた軍事拠点だった。

ドイツ国内のローマ帝国の植民地は”Raetia”と呼ばれ、首都はアウグスブルクに置かれていたが、軍の主力は首都ではなく、ゲルマン民族の襲撃にさらされているレーゲンスブルクに駐屯していた。

ローマ人が築いた城壁の一部は、今でも遺跡として残っているので是非、目をこらして探してください。

名前の起源

8世紀の書簡で”Radaspona”と呼ばれているのが、レーゲンスブルクに関する最古の記述です。

これはローマ兵がやってくる前の先住民、ケルト人の呼び名から由来していると言われている。ここから派生した名前が(フランス語)が”Ratisbonne”で、城壁の街という意味だ。

レーゲンスブルク 繁栄と衰退

ローマ帝国が崩壊すると、カール大帝のフランク王国の一部となり、これが分裂するとオットー一世の東フランク王国の一部になる。

この時代に(10世紀)レーゲンスブルクは、東フランク帝国の交易の要所として栄えだす。

西はパリ、南はベニス、東はキエフまで交易路が拡大、13世紀にはドイツで最も裕福かつ、最大の人口を持つ街に発展します。

今日まで町に残っている歴史的建造物の多くは、この時代に建造されたものです。

レーゲンスブルク の衰退

まずは交易ルートの移動で、レーゲンスブルクを訪れる商人が少なくなり、次第に経済に陰りが出始めます。

これをさらに加速させたのが、街の権力争い。町人の間で争っているとバイエルン公爵が軍を進めてきて、戦争に。

幸い、堅強な防壁で攻撃は撃退したが、バイエルン公爵は腹いせにレーゲンスブルクの生命線の交易をブロック。これが効いた。

再び軍を進めてきたバイエルン公爵は、ワイン畑など街の収入源を破壊するも、今度も堅強な守りを破れずに講和条約に。戦争被害の修復で街は税金を上げるが、街の経済力は疲労しきってしまった。

チェコで戦争が起きると、大事な交易路が遮断され、商人やお金持ちは他の街、とりわけ織物の交易で栄えているニュルンベルクアウグスブルクに移っていった。

そしてついに破産

トルコの快進撃で南の交易路も失うと、レーゲンスブルクは存続の危機に。

危機的な状況に陥ると、すべての責任を負わせるスケープゴートが必要になるもの。街は衰退をユダヤ人のせいにして、迫害を始める。

ところがこれが神聖ローマ帝国の怒りを買い、高額な罰金を課される。街はこれを払えずに遂に破産。

ここでバイエルン公爵が救世主として登場、武力ではなく、財力で街の評議会を説得。

15世紀には街はバイエルン公爵領となる。もっともその後すぐにハープスブルク家の圧力で、レーゲンスブルクは再び自由都市になる。

30年戦争で被害甚大

レーゲンスブルクには、あの巨大なカテドラルが示す通り、カトリックの司祭がその居城を構えてました。

しかし市民は早くからプロテスタントを支持して、カトリック教会と仲が悪かった。

30年戦争では当初、プロテスタント派のスウエーデン軍に占領される。お膝元でそんな暴挙を許せないカトリック派のバイエルン軍が反撃に出て、レーゲンスブルクを奪還する。

工業化で活況を取り戻す

スペイン王位継承戦争でもレーゲンスブルクは戦争の舞台になる。

フランス側についたバイエルン選帝侯が進軍してきたのだ。

レーゲンスブルクはさっさと降伏して被害を逃れるが、フランス革命ではロシア軍、次いでは反撃に出たナポレオン軍が駐屯、その重圧で街は経済破綻する。

街がかっての栄華を取り戻すのは、19世紀になって工業化が進んでから。

街の人口は19世紀に3倍になったが、同時期、ミュンヘンやニュルンベルクは人口が10倍、ライバルのアウグスブルクでさえ、人口が4倍になっている。

レーゲンスブルクはかっての栄華を取り戻すには至らなかった。しかしそのお陰で、旧市街地区には古い建造物の多くが残っており、今ではこれが街の資産になっています。

【世界遺産都市】 レーゲンスブルク 観光名所を完全制覇!

壁画

まずはレーゲンスブルクの絵葉書やホームページで、

「これでもか!」

というほど繰り返し使われているドナウ川に架かる橋と城門、それにカテドラルが織りなす美しい光景から見ていきましょう。

ちなみに城門は北向きなので、お昼にいくと逆光です。写真撮影には朝飯前の早朝か、夕方が最適です。

私は朝の6時に起きて、撮影機材を抱えて撮影に行ってきました!

レーゲンスブルク 名物 – ドイツ最古の石橋

【世界遺産都市】 レーゲンスブルク の魅力を紹介!

レーゲンスブルクはドナウ川の辺に築かれた街。

お陰で街への出入り、とりわけ商人にとっては、市内への商品の運搬が大変だった。

しかしちょうど旧市街の前に中州があり、ドナウ川はこの部分で三手に分かれている。

この中州を利用すれば、橋をかけることも可能だが、ドナウ河の水量に阻まれて、この場所に石橋を作るのは不可能だった。

ところが1135年の夏、日照りが続き河の水位がかってないほどまでに沈んだ。

「今がチャンス!」

とばかりに橋の建設が始まった。完成したのは11年後。

上流のウルムと下流のウイーンの間では、ドナウ河にかけられた唯一の橋で、12世紀に最先端の技術を駆使して建造された石橋だ。

公式にはヴュルツブルクではなく、レーゲンスブルクの石橋がドイツ最古の石橋とされている。以来900年に渡って、ドナウ河の3つの支流を一か所で超える橋は、ここだけでした。

この橋の袂には塩の倉庫と、街の入り口となる門が、当時のままの姿で保存されている。

そしてこの門のバックには同じ時期に建造されたゴシック様式の教会、St.Peters Dom が聳え立っており、誰が撮っても絵葉書のような記念写真が撮れる。

本当にいい写真を撮るには、逆光を避けて朝一番(9時前に!)、あるいは午後16時以降(夏)に中州から撮るのがベストです。

石橋 基本情報

  • 正式名称 : Steinere Brücke
  • 住所 : Steinere Brücke 93059 Regensburg
  • 地図 : 石橋
  • 入場時間 : 公共の通りなのでいつでも
  • 入場料 : 無料

小さな石の男

レーゲンスブルク 石橋の石像 / Bruckmandl

橋の一番高い所に、石像、”Bruckmandl “(小さな石の男という意味)が建っているが、その意味は伝えられていない。

一説では橋を建設したマイスターが、巨大なドームを建設しているマイスターと、

「どっちが先に完成するか」

と賭けをした。

そこでこの小男はドームがまだ完成していないか、右手で日差しを遮って、ドームの方向を注視している橋のマイスターを模倣していると言われている。ちなみに賭けには、勝ったそうです。

小さな石の男 基本情報

  • 正式名称 : Bruckmandl
  • Steinere Brücke 93059 Regensburg
  • 地図 : 石橋
  • 入場時間 : 公共の場なのでいつでも
  • 入場料 : 無料

塩の倉庫

塩の倉庫

石橋の袂(街の入り口)にあるのが、レーゲンスブルクの入り口となるブリュック門と塩の倉庫です。

中世の頃、塩は貴重品。南の岩塩鉱で採掘した塩を街に運ぶ込む前に、税金を払わなくてはなりません。そこでこの場所に倉庫を建てて、関税を払うまで塩を保管していました。

皆まで言えば、ここには艀から荷物を倉庫に運ぶクレーンもあり、まさに波止場そのものでした。

今では倉庫はお土産屋、資料館になっています。

無料トイレもあるので近くを通ったら是非、「用を足して」次の観光名所に行きましょう。

塩の倉庫 基本情報

  • 正式名称 : Salzstadel
  • 住所 : Salzstadel 93047 Regensburg
  • 地図 : 塩の倉庫
  • 開館時間 : 1月~3月 10時~17時 4月~12月 10時~19時
  • 入場料 : 無料
  • 公式ホームページ: tourismus.regensburg.de

ブリュック門 – レーゲンスブルクの入り口

ブリュック門と塩の倉庫

街が城壁で囲まれていた当時は、塔の下にある小さな門が唯一の街への入り口でした。19世紀になると近代化に伴い、城壁が取り壊されます。

幸い、塔だけは残されましたが、門が小さくて車も電車も通らない!

そこで門の横に新しい大きなブリュック門(ちなみに橋の門という意味。ヴァッサーブルクの門と同じ名前です。)を設け、地下鉄がこの門を通って石橋を渡れるようにしました。

そうなんです、昔は石橋の上を自動車や電車が走っていたんです!

橋へ負荷がかかり老朽化するので、戦後、歩行者道路になりました。

旧市街入り口付近の遺跡 & 史跡はココ!

それでは橋を渡って旧市街に入っていきましょう。

石橋を渡ると、

  • 左に行く
  • 直進する
  • 右に行く

の3つの可能性があります。

「まずはおいしい所から見ていきたい!」

という方は直進しましょう。

「将を射んとする者はまず馬を射よ。」

という方は、左か右に行って、旧市街の淵からせめていきましょう。

ドイツ最古のソーセージ屋

ドイツ最古のソーセージ屋

石橋を建設する労働者に飯を提供する目的で、橋の袂に簡易食堂が建設されました。

水位が増すとすぐに水没してしまうこの場所は他に使い道もなかったので、この簡易食堂は今でも残っています!

当時、労働者に食されたソーセージを提供しています。もっとも観光名所になり過ぎて、昼には座る居場所がない大盛況。

これに加えてソーセージと酸っぱ~いキャベツの小さな皿+水で13ユーロという立派なお値段。

「旨い!」というものでもないので、無理して食べる必要はありません。

ソーセージ

ソーセージ屋 基本情報

  • 正式名称 : Wurstkuchl
  • 住所 : Thundorferstraße 3, 93047 Regensburg
  • 地図 : ソーセージ屋
  • 営業時間 : 9時~19時
  • 公式ホームページ :  Wurstkuchl

ヴィーダーファンク井戸

石橋を渡って左に行けば、ソーセージ屋。

右に行くと見えているのがこの井戸と後ろの中世の頃から残されている石壁。

井戸は市民の飲み水を確保する目的で、17世紀に掘られました。1906年に大幅にレノヴェーション。

戦争の被害を受けたので、1948年に再度、レノヴェーションして今日に至ってます。

後ろの石壁の由来は不明。かっては民家でしたが、今回行くと☆☆ホテルになってました。

ヴィーダーファンク井戸 基本情報

  • 正式名称 : Wiederfangbrunnen
  • 住所 : Widerfangbrunnen 93047 Regensburg
  • 地図 : ヴィーダーファンク井戸
  • 入場料 : 無料
  • 開館時間 : 公共の場所なのでいつで(只今、工事で近寄れません)

レーゲンスブルク 名物壁画 – ゴリアトハウス

 レーゲンスブルク ゴリアトハウス

石橋から直進すると、目前に大きな壁画が見えてきます。

12世紀ここに宿があり、ゴリアーデン / Goliarden と呼ばれる官僚を目指す学士がここに泊まって職探しをしていた。これが原因でこの宿は、ゴリアトハウス という異名が付いた。

そして16世紀には、聖書に載っている”David vs. Goliath”の逸話が壁に描かれたという勘違いなお話だ。

ちなみにこの壁画の向かいの建物は高級(☆☆☆☆)ホテル。

ゴリアトハウス基本情報

  • 正式名称 : Goliathhaus
  • 住所 : Goliathstraße 4, 93047 Regensburg
  • 地図 : ゴリアトハウス
  • 営業時間 : 壁画を見るだけならいつでも可
  • 入場料 : 無料

旧市街中心部の観光名所 石炭市場

レーゲンスブルク 石炭市場

壁画の前を右に行くと、石炭市場という場所に出る。

その名の通りかって、石炭を売っていた場所だ。今日では小さな噴水と、ルネッサンス様式の建築物に囲まれたレストランのン並ぶ市民の憩いの場だ。

この広場には観光名所も多いので、素通りしないように。

  石炭市場 基本情報

  • 正式名称 : Kohlenmarkt
  • 住所 :Kohlenmarkt 93047 Regensburg
  • 地図 : 石炭市場
  • 開館時間 : 公共の場所なのでいつでも可

金の塔

金の塔

石炭市場は三差路になっており、ここに繋がる通りがヴァーレン通り。

石炭市場からこの通りを100mほどはアイルと、高い塔が街中にぽつりと建っている。

これは金色の塔と呼ばれるもので、なんと50mもの高さ。

町の真ん中にあるので見張り塔ではない。お金持ちが権力を見せ付けるために建造させたもの。13世紀建造で、と~っても古い。

金の塔基本情報

  • 正式名称 : Goldener Turn
  • 住所 : Wahlenstraße 14, 93047 Regensburg
  • 地図 : 金の塔
  • 開館時間 : 中には入れないので、外から眺めるだけ

ドイツ最古のカフェ プリンツェス

この石炭市場、下で紹介する旧国会の斜め向かいにドイツで最古のカフェもあります。名前はカフェ プリンツェス 。

オープンしたのは1686年。一説では1683年のオスマントルコによるウイーン包囲の後、退却したトルコ軍が大量に残していったコーヒーが、欧州で大流行。

欧州で最初のカフェはウイーンで開店、ドイツ最初のカフェはレーゲンスブルクにて開店。

かっては諸侯がここでコーヒーを飲んでいました。ドイツでもカフェに付き物は菓子とケーキ類。お値段はお安くはありませんが、よければ一度試してください。

ホームページも紹介しておきますが、10年以上前の古いデザインなので、商品の写真もなし!

カフェ プリンツエス 基本情報

スペインの海軍提督 ドンフアン銅像  Don Juan

スペインの海軍提督 ドンフアン銅像 / Don Juan

ここから時計台が見えるが、右手にはスペインの海軍提督の Don Juan の銅像が建っている。

ここで質問。

海の無いレーゲンスブルクで、しかもスペイン海軍提督が、何故こんな辺鄙な場所建っているのだろう?これを知っている人は、レーゲンスブルクの住人だけ。

秘密を明かすと神聖ローマ帝国、およびスペイン皇帝のカール5世がレーゲンスブルクに滞在中、町の娘に一目ぼれ。

「お殿様、いけませぬ。」

となり、この情事から生まれたのが Johann Hieronymus だ。もっともお殿様は、子供が生まれると知らん振り。

4歳のときにスペインに引き取られて教育を受ける。お殿様は遺書で始めて子供がいることを告白、王位を継いだフィリップ2世の計らいで、Don Juanとしてオーストリアの宮廷入り。

その後、押し寄せるトルコ海軍を迎撃するため、仲の悪いベニスとスペインが同盟を結び、神聖軍 /”Heiligen Liga”を結成。211隻を擁する連合軍の提督に指名されたのが、わずか24歳の Don Juan だ。

フアンは260隻もの軍艦を擁するトルコ海軍をイオニア海戦で破り英雄になる。

そこでフアン出世の地では町の有名人を誇りに思い、生家の近くに銅像を立てた。以来、何も知らない人が来ると、

「彼はスペイン人じゃなくて、レーゲンスブルクの人間だよ。」

と自慢話を聞かされる羽目になった。

ドン フアン像 基本情報

  • 正式名称 : Don Juan D’Austria Statue
  • 住所 : Fischgässel 4-7, 93047 Regensburg
  • 地図 : ドンフアン像
  • 開館時間 : 公共の場所なのでいつでも可

レーゲンスブルク 旧市役所 & 時計塔

レーゲンスブルク 旧市役所 & 時計塔

石炭市場の端っこに、旧市役所と時計塔があります。

この市役所が建設されたのは、なんと13世紀です。もっとも市役所として建設されたのではなく、お金持ちが御殿をして建造させたもの。

市役所の塔は55もの高さがありますが、14世紀に火事で焼け落ちたので、14世紀に再建されました。

旧市役所 基本情報

  • 正式名称 : altes Rathaus
  • 住所 : Rathauspl. 1, 93047 Regensburg
  • 地図 : 旧市役所
  • 営業時間 :  11時~18時  土曜日 11時~16時 日曜休館

レーゲンスブルク 旧帝国議会場

レーゲンスブルク 旧市役所

旧市役所の向いには、旧帝国議会場があります。

16~17世紀に神聖ローマ帝国の国会が開催されました。折角だから、石の階段を上って中も見物していこう。石の兵隊が、おかしな輩が入ってこないように階段の上から見張っている。

踊り場にあるステンドグラスが綺麗です。肝心の国会議場は有料、それも決まった時間にしか入れないというので、ここで撤退。

旧帝国議会場 基本情報

  • 正式名称 : Reichssaalgebäude
  • 住所 : Rathauspl. 1, 93047 Regensburg
  • 地図 : 旧帝国議会場
  • 開館時間 : 10時から16時まで30分おきにツアー
  • 入場料 : 7ユーロ50セント
  • 公式ホームページ : tourismus.regensburg.de

レーゲンスブルク ハイド広場

ハイド広場

この先が旧市街の中心部にあるハイド広場です。

ローマ兵が駐屯していた頃、ここは駐屯地の外の原っぱで草が生えていた。そこで野原を意味するハイド広場と呼ばれるようになったんです。簡単ですね~。

ちなみに今のドイツ語なら”Heide”(野原)ですが、十分に想像できます。

十分なスペースがあったので、中世(13世紀以降)はここには街を代表する建造物が建造されます。

  ハイド広場 基本情報

  • 正式名称 : Haidplatz
  • 住所 : Haidplatz 93047 Regensburg
  • 地図 : ハイド広場
  • 開館時間 : 公共の場所なのでいつでも

金の十字架

金の十字架

ハイド広場で最も目をひく建造物の一つが、まるで城砦のような金の十字架だ。

建造されたのは13世紀。町の有名人(権力者)がその富と権力を見せつけるために建造。その後、代々、引き継がれてきた。

16世紀から宿として使用され、国王や皇帝が宿泊してきた由緒ある宿だ。

今でも(一部)ホテルとして利用されている。日本で言えば鹿苑寺金閣か、それよりもさらに古い歴史的建造物だ。

金の十字架 基本情報

正義の女神噴水

正義の女神噴水

剥いで広場の中心部には、石造りの正義の女神噴水がある。住民に飲み水を供給する目的で17世紀に建造されもの。

この正義の女神像というのは、多くの都市にある。もっともレーゲンスブルクのように古いものは珍しいが。

普通、正義の女神というと、目隠しをされて、天秤を差し上げているもの。だがこの女神はもっと直接的で、天秤の変わりに剣をふりかざしている。

「悪さをするとブッスリ行きますよ!」

とでも言ってるようだ。像ができた時代を象徴していて面白い。

正義の女神噴水 基本情報

  • 正式名称 : Justitiabrunnen
  • 住所 : Haidpl. 8, 93047 Regensburg
  • 地図 : 正義の女神噴水
  • 開館時間 : 公共の場所なのでいつでも

新計測所

レーゲンスブルク 新計測所

女神像の後ろにある真っ赤な建物は、13世紀にお金持ちがその権力を誇示するために建てた家 。

これを後に街が買い取り、街で売買される品物の重さを公式に図る計測所が置かれたので、新計測所と呼ばれています。

今日では行政裁判所として使用されている。

新計測所 基本情報

  • 正式名称 : Neue Waag
  • 住所 : Haidpl. 1, 93047 Regensburg
  • 地図 : 新計測所
  • 営業時間 : 外から見るだけなので、いつでも可

トーン ディートマー宮殿

トーン ディトマー宮殿

新計測所の左(見る方向によりますけどね)にある宮殿のような大きな建物は、トーン ディートマー宮殿という、本当の宮殿です。

かってここには二棟の立派な建物があったのが、大富豪の商人、トーン ディートマーが両方買い取って、ひとつの宮殿に改築しました。最初の工事は18世紀末に、最後の手直しは19世紀初頭に。

このため、実際には古い建物なんですが、19世紀に流行ったゴシック式なので、比較的新しく見えます。

レーゲンスブルク市がこの宮殿を遺族から買い上げて、教育と文化施設にするはずだったのですが、学校、図書館、最後には消防団が入るなどして、内部はボロボロに。

取り壊しを寸前で逃れて、今日では催し物の会場として使われています。

トーン ディートマー宮殿 基本情報

アルヌルフス広場 – レーゲンスブルク 西の入り口

アルヌルフス広場 / Arnulfsplatz

ハイド広場から150mほど直進すると、街の西端に位置するアルヌルフス広場が見えてくる。

ここはかっては城壁の外にあった場所で、ローマ帝国の植民地だった頃から、アウグスブルクからレーゲンスブルクを通って、オーストリアまで続く交易路だった。

中世の頃は倉庫街、そして処刑場でもあった。

今日ではバスの駅になっており、レーゲンスブルクの交通の要所だ。

19世紀末、自転車の販売でお金持ちになったユダヤ人がここに土地を買い、立派な屋敷を建てたことから、又、横には劇場もあったので、上流階級が交流する場所となった。

レーゲンスブルク 市民が激怒

街は2005年、

「アルヌルフス広場をもっと近代化しよう!」と

25万ユーロもの賞金を設けて建築家から改造案を募集。

最優秀賞に選ばれた案に沿って改造しようとすると、ドイツ特有の長いバスが通行できないことが判明。お金を無駄に使った挙句、工事は中止。レーゲンスブルク市民から非難轟轟だった。

アルヌルフス広場 基本情報

  • 正式名称 : Arnulfsplatz
  • 住所 : Arnulfsplatz 93047 Regensburg
  • 地図 : アルヌルフス広場
  • 営業時間 : 公共の場所なのでいつでも

レーゲンスブルク かってのユダヤ地区 – 新主要教会

新主要教会 / Neupfarrkirche

次はドームを見に行こう。

途中に新主要教会が見えてくる。教会の前に噴水があり(現在は噴水はなくなりました。)、夏は子供が遊んでいる。

てっきり子供の遊び場と思ってたら、この地域はかってのユダヤ地区。

新主要教会の暗い建設史

16世紀にユダヤ人を保護していた皇帝が死去すると、町の牧師が先頭になってユダヤ人の迫害を開始します。

殺されなかったユダヤ人は町から追い出され、家屋とシナゴークは焼き払われます。

当時はお遍路さん / “Wallfahrt” が大流行。街や教会にとっては、まさに金の生る木。

空いた土地に盛大なカトリック教会を建てる予定だったが、急に流行が下火になり教会の建設は途中で中止。

そのうちに宗教改革が起こり、この教会は福音派(プロテスタント)教会に移行して、19世紀中ごろになって建設を終了させます。

新主要教会 基本情報

  • 正式名称 : Neupfarrkirche
  • 住所 : Neupfarrpl. 1, 93047 Regensburg
  • 地図 : 新主要教会
  • 入場料 : 無料
  • 開館時間 : 9時~22時(ミサの時間を除く)

でかいっ! レーゲンスブルク の象徴 聖ペータードーム

ドーム / Dom St. Peter

カトリック教会の権力を誇示するこのドーム の正式名称は、聖ペータードームだ。

7世紀に建築が始まり、何度か焼けて再建されて、やっと19世紀に完成した代物。近くでみると、とてつもなく大きい。レーゲンスブルクのドームは、ケルン大聖堂に次ぐ高さ(150m)を誇っている。

ケルンの大聖堂同様に、こちらも鮮やかなステンドグラスが有名。見事な装飾があり、全部紹介したいのですが、それが紙面の限界でできないのが残念。

横に回ったら屋根の下にあるいろんな石像に注目!巨大な屋根に降った雨が、この石像の口から流れ出るようになっています。雨の日に来てしまったら、これを見るのをお忘れなく。

  聖ペータードーム 基本情報

  • 正式名称 : Dom St. Peter
  • 住所 : Domplatz 1, 93047 Regensburg
  • 地図 : 聖ペータードーム
  • 開館時間 : 6時30分~18時(夏季は19時)
  • 公式ホームページ : Dom St. Peter

ドーム(前)広場

レーゲンスブルク ドーム(前)広場

聖ペータードームの前の広場は、とてもきれいな場所(他の場所と同じく)。

古風な家屋がカラフルな色に塗られており、ドーム目当ての観光客を狙ってカフエ & レストランの密集地。

どこから撮ったら、一番綺麗に撮れるかな?

と苦節すること3年、ドームの入り口から撮った写真が一番いい事を発見!レーゲンスブルクを訪問される方は、是非、真似してください。

ドーム前広場 基本情報

  • 正式名称 : Domplatz
  • 住所 : Domplatz 93047 Regensburg
  • 地図 : ドーム前広場
  • 営業時間 : 公共の場所なのでいつでも

ローマ人塔

ここまで来たら、ドームの後ろも忘れずチェック。

ここにぶっとい石作りの塔がある。サイズは14m x 14m x 28m 。その名はローマ人塔。

4mもの厚い壁に囲まれて、入り口は地上9mの渡り橋だけ。かっては人も住んでいたのだが、主に金庫として使用された。横には17世紀に建造された修道院も建っている。

ローマ人塔 基本情報

  • 正式名称 : Römerturm
  • 住所 : Domstraße 3, 93047 Regensburg
  • 地図 : ローマ人塔
  • 開館時間 : 外から見るだけなので、いつでも可

駐屯地の正門 ポルタ プレトリア

駐屯地の正門

ドームの近くに、ローマ兵が駐屯していた駐屯地の入り口だった石の門、ポルタ プレトリア が残っている。

なんと2000年も前の建造物だ。アルプスの北側で残っているローマ帝国の門は、トリアーの黒い門とここだけ。

ポルタ プレトリア再発見!

ローマ兵はとっくの昔に姿を消し、街は発展を続けます。

その一環で道路が新しく設置されると、この門の意味が失われます。石門に使われていた石材は、街の建造物に流用され、最後には17世紀にこの場所に修道院がビール工場を建てると跡かたなく消えます。

立派な石門があったことさえ市民の記憶からもすっかり消えていた19世紀の終わり、ビール工場の取り壊しが始まった。すると大きな石材がゴロゴロ出てきて、

「これは何だ?」

と大騒動。

「書簡に記述されている駐屯地の門じゃないか。」

説が有力で、長い年月をかけて発掘、修復。

最後の修復作業は2017年に終わり、かっての立派な駐屯地門の面影をうかがわせてくれる。

ポルタ プレトリア 基本情報

  • 正式名称 : Porta Praetoria
  • 住所 : Unter den Schwibbögen 2, 93047 Regensburg
  • 地図 : ポルタ プレトリア
  • 開館時間 : 外から見るだけなのでいつでも

ドナウ河対岸 宮廷の街 / Stadtamhof

宮廷の街 / Stadtamhof

石橋の向こう岸は、”Stadtamhof”という地区。

地区の名前は、”Stadt am Hof”(宮廷の街)から派生。かっては

「レーゲンスブルクの前の町」

と呼ばれていた。

宮廷の街の歴史

今でこそレーゲンスブルクの一部だが、この地区は長くバイエルン公爵領だった。これが街にとっては目の上のたんこぶ。宿敵の領土が城壁のすぐ外にあるので、防衛上好ましくない。

そこで何度かこの地区を併合しようと画策したが、成功したのは短期間だけ。

30年戦争時、スエーデン軍はまずはここを占領、それから街を陥落させた。その後、バイエルン軍の反撃に備えてこの地区を要塞化した。

予想通り反撃にやってきたバイエルン軍とスエーデン軍の間で激戦が交わされ、この地区は壊滅したがバイエルン軍は奪還に成功する。

壊された建造物は見事に再建され、この地区もユネスコから堺遺産都市に指定されている。

時間が残っていれば、是非、歩いてみてください。観光客の少ない現地人の憩いの場です。

入り口の石門は今日では使われていないが、かっての歴史を物語っている。第一次大戦後、

「こんな小さな集落だけでで独立していても意味がない。」

とこの地区はレーゲンスブルクの街に合併されました。

レーゲンスブルク ドナウ下り

ドナウ下り観覧船

ドイツ観光と言えば、ライン川、ライン下りを想像される方が多いですが、ドナウ川でも観光船に乗って景色をのんびりと楽しむことができます。

いろいろなコースがありますが、一番の人気は上述のヴァルハラ宮殿までのコース。レーゲンスブルクを出発して、およそ40分で到着します。

その後、徒歩で15分ほどで宮殿に到着。入場料は船の乗船料に含まれていないので、現地で別途払う必要がありますが、天気のいい日にはとっても気分がいいです。

観覧船のチケットは大人の往復チケットで14.80ユーロ。食事などは付いていないので、食べ物を持参するか船のレストランで食事をとることもできます。

新婚旅行やデートで利用されたい方には、週末の夕食ビュッフェ付きのコースもあります。こちらのコースは49.50ユーロからで事前の予約が必要です。

参照 : donauschifffahrt.eu

レーゲンスブルク郊外 – ヴァルハラ 宮殿

ここまで来たら、レーゲンスブルク郊外に建つヴァルハラ宮殿 に言ってみよう。

ドイツの伊勢神宮であるこの宮殿は、ドイツ人の民族意識高揚の為、バイエルン王国のLudwig1世によって建設された。 建物の内部にはゲルマン民族の神話に登場する人物の彫刻が数多く展覧されている。

神話なんかに興味は無くても、神殿から見下ろすドナウ河の眺めは素晴らしいので、是非、一度は見ておこう。

  ヴァルハラ宮殿 基本情報

  • 正式名称 : Walhalla
  • 住所 : Walhallastraße 48, 93093 Donaustauf
  • 地図 : ヴァルハラ宮殿
  • 公式ホームページ : schloesser.bayern.de
  • 営業時間(夏)9時~18時
  • 入場料 : 4.50ユーロ

生活と物価

ミュンヘンから東は家賃が安い。」

と言われている通り、レーゲンスブルクまで来ると物価が安くなります。

アウグスブルクはミュンヘンへ通勤圏内にあるので家賃の上昇が止まりませんが、この街ならミュンヘンによる波状効果は薄い。お陰で大都市と比べると、物価は安いです。

現在の街の人口は14万人。レーゲンスブルク大学生だけで1万6千人を占めます。

日本企業では東芝、ドイツ企業では半導体でドイツの最大のインフィニオン、ジーメンス、BMW、コンチネンタルなど、名だたる大企業が工場を持っているので景気がよく、部屋探しは結構大変だ。

でも街は綺麗だし、物価は大都市に比べれば安く、治安も良く、ドイツ留学するには理想的な街のひとつです。

レーゲンスブルク に留学

この風光明媚な町にドイツ語専門の語学学校、”Horizonte“があります。

学校に併設される学生寮が人気です。朝が苦手な方でも通学に2分しかかからないので、助かります。学校とは屋根続きなので、雨の日、寒い日でも外に出る必要なし!他の街だったら必要な定期券も節約できます。

生徒の国籍も何処かの国に偏ることがなく、学校は国際色にあふれる学校です。

一度、レーゲンスブルクに留学すると、皆さん、他の街にいきたくなるものうなずけます。日本食のインフラは(少)ないので、留学する際は、鞄にカレーのルーを入れて持っていくと、重宝します!

レーゲンスブルク のお勧め

ピザ

誰が最初に始めたのか不明ですが、レーゲンスブルクの名物はピザ、ドイツらしく言えば、ピッツア /”Pizza”です。

何が珍しいの?

その大きさです。直径30cmあります。何処で食べても同じ大きさ。でもお勧めはオステリア レーゲンスブルク。でかくておいしい、その上、お手頃価格。ソーセージよりこちらおほうがおいしくて安い!

場所は有名な石橋から旧市街の方向に向かい、ゴリアテの壁画が見えたら右折して25mほど。かっての監視塔の横にあります。地図のリンクを貼っておきます。

 

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