ミュンヘン は日本で一番人気 & 知名度の高いドイツの街です。

観光客の数では首都のベルリン がドイツで一番人気の観光地ですが、日本人は南の街が好き!

きっとベルリンに入ったことはなくても、ミュンヘンに行ったことがある人は多いはず。

当然、ドイツ留学先として真っ先に候補にあがり、

「どんな街ですか。」

というお問い合わせをいただくことも多いです。

毎回メールで説明すると大変なので 😉 、こちらで詳しく紹介しちゃいます。

町の紹介 ミュンヘン

まずは町の紹介から。

ミュンヘンはドイツに16ある州の中でも、最大の面積を持つバイエルン州 / Land Bayern の州都です。

すでに人口過密状態で、アパートの賃貸 & 購入価格はドイツ一。

なのにいまだに人口が増え続け、今、かろうじて150万人の手前。

ドイツではベルリン、ハンブルクに次ぐ、第三の大都市です。

ハンブルク 海運で栄えた港町には見所がてんこ盛り!

 

ミュンヘンが(バイエルン州では)一人勝ちしている理由は、東京とほぼ同じで、

  • 大企業が本拠を置いている
  • インフラ(交通、学校、お買い物、博物館、美術館、コンサートホール)が充実
  • 大都市に住みたいという見栄

の3つが、主要な原因です。

ドイツを代表する大企業、BMW 、ジーメンス、Allianz(欧州最大の保険会社です)を始め、海外の大企業もミュンヘンに本拠を置いています。

要するに仕事があるので、人が集まるわけです。

それだけ人が多いと電車、バス網の充実して、学校もあり、お買い物をする場所にも困らない。

そこで、

「ミュンヘンに住みたい。」

と、上京する人が後を断たず。

日本では観光地としてイメージが強いですが、ドイツでは大企業が多く本社を置いてる南ドイツの産業の中心地として有名です(*1)。

地勢 & 気候

次に地勢と気候も見ておきます。

町はアルプスの麓にあるので、平べったいドイツでは比較的、高地にあります。

デユッセルドルフの標高が38mである事を考えれば、ミュンヘンの標高520mは立派な高地。

夏には気温が30℃を超えます。

冬に寒波が張り出してくると、マイナス20℃まで下がります。

ミュンヘン = ドイツじゃない!

ミュンヘン = ドイツじゃない!

日本で

「これこそドイツ!」

と思われている皮ズボン / Lederhose やドリンドゥル / Drindl、それにビールジョッキ / Maß

実はこの地方(バイエルン州)だけのものです。

なのに

「バイエルン = ドイツ」

と思われていることが、他の地方に住むドイツ人には迷惑千万な話。

ドイツで

「日本人です。」

と言えば毎回、

「東京ですか。」

と聞かれます。

東京出身なら気にならないですが、そうでない方には、

「また!?」

とガッカリします。

ドイツ人も同じで、

「またミュンヘンか?!」

とウンザリ。

そんなことは露知らず、

「ミュンヘンに行ったことがある。」

と言えば、

「それはバイエルンじゃないか。」

とドイツ人に言い返されることもあるほど、他の州では人気がないです。

ミュンヘンとベルリンは犬猿の仲

ドイツではミュンヘンとベルリンは犬猿の仲。(*2)

ドイツ人に知り合ったらまずは、

「あなたはどちらの出身?」

と聞こう。

バイエルン以外の州の出身だったら、

「ミュンヘン」

はご法度です。

街の始まり

街の始まり

ミュンヘンは、イザー河畔に築かれた集落から発展しました。

かってはこのイザー河畔の集落、ちょうどドイツ博物館へ向かうルートビヒ橋の近辺が、町の中心でした。

今日の中心はイザー河から少し離れた内陸部、マリエン広場を中心をして広がっています。

名前の語源

街の始まりは意外に遅く、始めて文献に登場したのは12世紀になってから。

修道士(Moenchen)がイザー河に橋をかけた事が記述されています。

 

この地域をメンヒェン、これがなまって後にミュンヘンと呼ぶうようになったと考えられています。

ヴィッテルスバッハ家 / “Wittelsbach”

バイエルンの領主はドイツ三大王家のひとつ、ヴィッテルスバッハ家 / “Wittelsbach”です。

ドイツで最も古い貴族のひとつで、14世紀にはヴィッテルスバッハ家の公爵、ルートビヒ4世が神聖ローマ帝国の皇帝に就きます。

その城をミュンヘン構えた頃から、街の発展が始まります。

街の暗い歴史として、15世紀にはユダヤ人が住むことを禁止されて、迫害、追放されています。

ヴィッテルスバッハ家には古来からのお世継ぎ制度があり、

  • 君主は財産(領土)をお世継ぎに公平に分配すべし
  • お世継ぎは男子のみ
  • お世継ぎがいない場合は、領土は近親者に帰属す

というものでした。

これにより領主が死ぬと領土が分化され、さらには継承権を巡って、親族内で戦争が何度も繰り返されることになります。

賢いアルブレヒト 家訓を改定す!

16世紀、バイエルン公爵領は南北に分断されていました。

北バイエルン(首都はランズフート )の領主が死去すると、

 

北バイエルン領の相続権を巡って、南 バイエルンと戦争になります。

この争いに勝ったのが南バイエルンの公爵、アルブレヒト4世です。

アルブレヒト4世は分断していたバイエルン公爵領を再統一、ミュンヘンに首都をおきます

 

そして、

「領主が死去した際は、子供の間で領土を分ける。」

というヴィッテルスバッハ家の家訓を改定、

「長男がすべて相続す。」

とします。

これにより公爵領が分割して弱体化、他の州に吸収される危険を回避したので、

「賢いアルブレヒト」

という異名を頂戴します。

マキシミリアン1世

マキシミリアン1世

アルブレヒト4世を継いだのが、マキシミリアン1世です。

先駆者の賢い政策のお陰で権力を拡大、1623年には公爵から選帝侯に昇進します。

ミュンヘンの国立劇場の前には、そのマキシミリアン1世の銅像があります。

ミュンヘン ドイツ カトリック教の砦

いい意味でも、悪い意味でもミュンヘンはドイツ カトリック教の砦。(*3)

30年戦争中、アウグスブルクがスウェーデン軍をカトリック教の圧政からの解放者として歓迎します。

アウグスブルク ロマンチック街道の発祥地は見所盛り沢山

かってルターはアウグスブルクで公然と説教をするなど、がちがちのカトリック教徒のバイエルン公爵にはアウグスブルクは、

「目の上のたんこぶ」

でした。

この機会に

「アウグスブルクを成敗してやる。」

とバイエルン公爵 & オーストリアは軍隊を送りアウグスブルクを包囲、

「町を焼き払う。」

と脅します。(*4)

今日でもバイエルン州では戒律に厳しく、スーパーの20時以降の営業を禁止しています(*5)。

デユッセルドルフのように、

「24時まで開いている!」

なんてことはありません。

バイエルン王国の誕生!

バイエルン王国の誕生!

18世紀、ミュンヘンは黄金時代を迎えます。

マキシミリアン3世がこれまでの勢力拡大政策から、一転して国内の新興に目を向け、劇場や美術が建造されます。

ナポレオンがドイツに侵攻してくると、バイエルンは

「長い物には巻かれよ!」

と、真っ先にナポレオンの軍門に下ります。

これが大当たり!

ナポレオンはプロイセン+ロシア連合軍を撃破して、その領土を没収。

バイエルン選帝侯領はご褒美に東フランケン、東シュバーベンを割譲してもらい、領土はかってない広大な領域に広がります。

そして遂にバイエルン王国が誕生します。

お陰でバイエルン州は今日でも、ドイツで一番大きい州になっています。

これを記念して、バイエルン州の各地では一番の目抜き通りを、

「マキシミリアン通り」

と改名しました。

ルートビヒ2世 – 大食漢で同性愛の王様

日本で一番有名な有名なヴィッテルスバッハ家の王様と言えば、

有名なお城を建設させたルートビヒ2世

 

日本では現実とかけ離れたイメージが定着しています。

この王様は同性愛者で有名で、おまけに大食漢。

有名な肖像画とは大違いで、顔は脂肪で膨れ上がり、おすもうさんを上回る巨大なお腹を抱えていました。

王様としてミュンヘンでの職務に興味を見せず城ばかり建て、王家の国庫が空になる暴君振り。

側近はあきれ果て、医師が診断もしてないのに王様を

「精神障害」

と認定して幽閉、王位を叔父のルイポルトに委譲します。

最後の王様

ルイポルト王の後を継いだのが、最後の王様となるルートビヒ三世だ

 

第一次大戦では、

「エルザスーロートリンゲンを割譲してもいい。」

という皇帝の甘言に目がくらみ、バイエルン軍を派遣します。

政治家の口約束とは異なり戦争は長期化。

1918年11月、長い戦争と食糧難に辟易した住民が、戦争に反対したために監獄に収容された同士の解放、バイエルン王の退位を求めてミュンヘン市内を示威行進。

すると王様は、

「ヤバイ!」

と、詰める限りの家財を自動車に詰め込むと、闇にまぎれて逃走。

バイエルン王国はこうしてあっけなく消滅しました。

ミュンヘン の発展始まる!

その後、19世紀の終わりから第一次大戦の勃発まで、ミュンヘンは目覚しい発展を遂げます。

その原因は何だと思いますか?

そう、工業化の波です。抜き目のないバイエルン人、商才を発揮して起業、今日まで続くドイツの大企業が相次いで誕生します。

我々がミュンヘン観光で眺めている建築物の多くは、この時代に建設されたものです。

ミュンヘン 観光の強い味方 公共交通機関

ミュンヘン 観光の強い味方 公共交通機関

ミュンヘン観光の強い味方は公共交通機関です。

1日乗り放題チケット / Tageskarteを買えば、電車もバスも朝6時から乗り放題!

物価の高いミュンヘンで、チケットの値段はたったの6.7ユーロ!

日本じゃ考えられない1000円もしない安価な値段です。

15歳未満のお子さんには子供用1日乗り放題チケット / Kinder-Tageskarte も用意されており、さらにお得。

3日滞在する方は、3日用の乗り放題チケットがあり、16,80ユーロ。

なんと2000円もしないで、3日間 乗り放題!

中央駅

中央駅には

  • “S-Bahn”(近距離電車)
  • U-Bahn”(地下鉄)
  • “Straßenbahn”(路面電車)

の駅がそれぞれ別個に設置されています。

どの電車を利用するかによって乗り場が違うので、駅に着いたら標識を見て確認しよう。

マリエン広場に行くなら地下鉄の2番なので直進。

有名な観光名所のオデオン広場に行くなら地下鉄の4、5番なので右折です。

 

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