Universität Wien

ウイーン大学は在籍する学生の数9万7000人、9700人の職員が勤務する巨大な大学です。欧州でもここまで大きな大学は稀。187もの専攻が選べます。大学が建設されたのはなんと14世紀で、ドイツ語圏では最古の大学です。

街の紹介

日本語でウイーン。現地の言葉ではヴィーン。上唇を噛みながら、「ヴィ」の発音をすると、ドイツ人にも伝わります。言うまでも無くオーストリアの首都、人口186万人を抱える大都市です。その歴史は長いので簡素に紹介してみると、この地域はすでに石器時代に殖民されています。1世紀になると先住民族のケルト人を追い出して、ローマ人がこの地に砦を築きます。5世紀になるとゲルマン民族が入植を始め、ローマ帝国の砦を奪取してこの地を支配下に収めます。

名前の語源

その後、この地方はワインの栽培で有名になります。一説にはワイン(Wein)が訛ってWienになったという話がネットで語られていますが、これは眉唾もの。本当は市内を流れる川、Weanが町の名前の起源になったとされています。10世紀には東から侵入してきたマジャール人を東フランク王国が撃退すると、バンベルクの領主であったBabenbergerが、ここに公爵領Ostarrîchiを建設したのが、オーストリア(Oesterreich)の起源となります。

ハープスブルク家

有名なハープスブルク家の支配は、Rudolf1世が13世紀にベーメン(チェコ)を破ってから。もっとも首都はウィーンではなく、プラハに置かれます。14世紀にはウイーンは交易で大いに栄え、ウイーン大学もこの時代に建設されています。15世紀になると東方からトルコの大軍が押し寄せてきます。

運良く最初の侵入は防ぎますが、「一回だけでは終わらない。」と正しく予測、次回のトルコ軍のウイーン侵入に備え、砦の建設が始まります。これは17世紀になってやっと完成するほどの大事業。砦が完成して間もない1683年、トルコ軍が大軍を持って押し寄せてきますが、砦のお陰でこれに長期抵抗する事ができました。

しかし食料も底を尽きかけ、トンネル爆弾を使って城壁も爆破され、「ヴィーンの運命や尽きた。」と思われた頃、やっと援軍のキリスト教徒連合軍が到着、ポーランド軍の活躍でトルコ軍を撃退する事に成功します。

トルコ軍退却の後には大量のコーヒーが残されており、これがウイーンナーコーヒーの始まりとなりました。又、フランスが原産と誤って信じられているクロワッサンも実はこの頃、ヴィーンで「発明」されたもの。ヴィーンのパン屋が、トルコ人を撃退したお祝いにトルコの象徴である三日月の形をしたパンを焼き、これを食べて勝ち鬨を挙げたのが始まり。

オーストリア皇帝の娘、マリー アントワネットはこのクロワッサンが大好きで、フランスのルイ16世と結婚する際に、このパンのレシピ(正確にはパン職人)をパリに持って行ったのがフランス産クロワッサン、croissant de lune(上弦の月)の始まりです。

もっともこれは、後から捏造された物語と主張する人も居ます。この主張の理由は1863年に発行された「料理書」。ここに三日月の形をしたパンが記述されており、「すでにトルコ軍の襲来前から存在していた。」との事。ちなみにフランスにはバターとマーガリンを使用したクロワッサンがあるそうだが、ドイツでは基本、バターのみ。もっともバターは高いので、安いクロワッサンを買うとマーガリンが混じっている可能性大。

第一次大戦勃発

ナポレオン敗退後、ウイーン会議で領土を広げ、オーストリア帝国は勢力の最盛期を迎えます。1914年6月に皇太子夫妻がサラエボで殺害されると、オーストリア帝国はセルビアを罰すべく、軍隊の動員を開始。すると同じスラブ民族のロシアも動員を始めると、「敵が打って来る前に、先手を打とう!」とドイツがオランダ、ベルギー国境から、フランスに先制攻撃。やむなくオーストリア帝国も「参戦」する形になります。

しかし近代化されたドイツ軍に比べ、軍事力に劣るオーストリア帝国は小国のセルビア相手にも大苦戦、結局、ドイツの支援を受けてやっとセルビアを制圧しますが、以後はドイツの言うなりに。結局、ドイツが敗戦を受け入れるまで「付き合わされて」、オーストリア帝国は解体され、国はほぼ現状の小さな領域に縮小されます。しかし戦場は国外だったので街はほとんど被害を受けず、綺麗な町並みが残る事となりました。

第二次大戦の敗戦ではうまく被害者の役割を演じる事に成功、ソビエト軍による占領も短期間で済み、1955年には完全に独立国となっています。
ウイーンの名産と言えば、(上に挙げたコーヒーの他に)とんかつ(Wienerschnitzel)とチョコレートケーキ(Sachtorte)が有名。前者はドイツと違って子牛の肉を使用、後者は法廷の判決によるとHotel Sacherが作ったケーキだけこの名前を冠してもよい事となり、他のケーキ屋ではしぶしぶ他の名前を導入したという逸話つき。ウイーンに来たら、是非、試して行こう。

アクセスデータ

最寄空港は自ずと知れたウィーン国際空港です。日本からの直行便もあるので、とっても便利。おまけに空港から市内までは電車でたったの16分。費用は12ユーロです。

市内路線図 簡易版 総合版

ウイーン大学 サマーコース詳細

レベル

初級(A1,A2) 、中級(B1,B2)、上級(C1)

期間

1. 2018年 8月6日~8月31日

2. 2018年 9月3日~9月21日

チェックイン、アウト

1. チェックイン:8月6日(10時~20時まで)    チェックアウト:9月1日(10時まで)
2. チェックイン:9月3日(10時~20時まで)    チェックアウト:9月21日(10時まで)

授業時間

9時15分~13時(合計57単位)。

クラス定員

16名程度

申し込み期限

定員になり次第締め切りとなります。(通常、5月末に定員になります。

遠足

ワイン畑、ウイーン市内、ワルシャワ

費用

1. 169400円(保証金が現地で別途、100ユーロ必要です。)

2. 155400円(保証金が現地で別途、100ユーロ必要です。)

費用に含まれるもの

授業料(教材費が別途25~40ユーロ必要です。)

宿泊費

弊社の手配手数料

宿泊施設

コース事務局は夏休みに帰郷する生徒から部屋を借り受け、これをコースの参加者に紹介する形です。

部屋には、机、椅子、ベット、蒲団、戸棚などがついています。

枕、シーツ、布団は部屋にありますが、キッチン用品はついていません。

昼食は学生食堂(有料)で取れますが、朝食・夕食は各自で調達・調理が必要です。

インターネット/Wifi

大学構内ではWifiが使用できます。

参加条件

 18歳以上。

その他

コース参加には、ドイツで有効な健康保険に加入されている事が条件です。
一ヶ月の海外旅行保険はたったの37ユーロで加入できますので、加入されてから渡独してください。

お支払い

お申し込み後、24時間以内に請求書を発行しますので、1週間以内にお支払いください。

キャンセル

6月15日まで  450ユーロがキャンセル料となります。

以降       返金はありません。

Q&A