シュヴェービッシュ ハル はドイツ古城街道の要所です。

えっ、古城街道?

そう、どんなに綺麗でも、ロマンチック街道のルートから外れると観光客が素通りしてしまいます。かと言って、ひとつの街だけではどんなに頑張っても、海外からの観光客を呼び寄せるほどの予算も観光資源もない。

そんな街が集まってできたのが、古城街道 / Burgstrasse です。

参照 : burgenstrasse.de

その古城街道の中でも、とりわけ立派なのがシュヴェービッシュ ハルです。

街の紹介 シュヴェービッシュ ハル

街の紹介から始めます。コッハー川の河畔にあり、南から北に縦断しています。

面白いのはコッハー川の両岸に、旧市街地が築かれた点。旧市街の主要な部分は、標高が高い右岸に築かれています。

日本では知られていませんが、シュヴェービッシュ ハルは中世の街並みを残した、それは綺麗な街!

なにがそんなに綺麗なの?

市役所前の市場の光景は、ローテンブルクに匹敵します。街の随所に立ち並ぶ木組みの骸骨屋敷の種類、数では、ローテンブルクも叶わない!さらに川沿いの景色は、ローテンブルクにはない得点です。

地政学上はバーデン ヴュルテンベルク州にあり、シュヴェービッシュ ハル県 / Landkreis Schwäbisch Hall の県庁所在地でもあります。人口は4万人。

きっと長い歴史を持った街に違いないと思ったら、その通り。この街はドイツで最初の硬貨、ヘラー /”Heller”を鋳造した事で知られています。

参照 : Wikipedia

名前の由来

名前の由来が面白い。

細かいですが街の名前、”schwäbisch”は、「シュウェービッシュ」でも、「シュベーヴィシュ」でもありません。正確にはシュヴェービッシュです。

どちらにしても日本人には発音が難しく、馴染み難い街の名前ですが、それはドイツ人も同じ。

街の名前が「シュヴェービッシュ」というので、シュトゥトガルトと同じくシュバーベン人の住む地方かと思っています。しかし実際には、ニュルンベルクと同じフランケン族の住むフランケン地方の街。

なのに堂々と、「シュヴェービッシュ ハル」というのだから、ドイツ人が勘違いするのも無理はない。

ハルって何?

ハルという言葉は本来、塩、あるいは塩の生成方法を意味しています。すなわちこの街は「塩の街」という意味で、長い間「ハル」と呼ばれていました。

なのに15世紀、町議会で名前をシュヴェービッシュ ハルとすることが決まったのが、ややこしい名前の始まり。

19世紀になって街の所有者が変わると、「混同する。」ということで街の名前は短い「ハル」に戻されます。その後、ナチスが政権を取ると、またシュヴェービッシュ ハルと呼ぶようになり、今日に至っています。

行き方

行きかたですが、これが結構、面倒。

シュヴェービッシュ ハルは州都のシュトッツガルトから、北に60km離れています。

フランクフルト空港からシュヴェービッシュ ハルまで電車で3時間。シュトットゥガルトに住んでるなら、電車で1時間。アウグスブルクから行くと車で2時間+。

高速6号線のこの部分は、渋滞で有名な難所。午後には必ず交通事故か渋滞があり、ほぼ3時間。往復するだけで6時間近くかかる観光の難所だ。日本人が少ないもの納得。

街の歴史

街の歴史も見ておきましょう。

この地は居住に適していたらしく、石器時代の居住跡が見つかっています。

最初にこの地に定住したのはケルト人だ。シュヴェービッシュ ハルの地下水には塩分が含まれており、ケルト人が地下水から塩を生成し始めた。これが街の名前の由来になりました。

その後、11世紀までの街の歴史はわかっていません。小さな集落はあっても、街としては存在していなかったようです

再び歴史に登場するのは12世紀になってからで、書簡で「ハル」の名前が登場しています。

シュヴェービッシュ ハル 観光 - 風光明媚な古城街道の塩の街

自由都市 シュヴェービッシュ ハル

13世紀にはシュヴェービッシュ ハルは神聖ローマ帝国の自由都市に昇進します。

塩の交易と街で鋳造する硬貨のお陰で、結構なお金持ちになります。

豊富な資金源を武器に近隣の町を買い上げて、16世紀には人口が2万人を突破しています。今日でこそ3万8千人の人口を抱えていますが、中世の頃に人口2万人の都市と言えば、かなりの大都市でした。

30年戦争では最初はカトリック軍の支配に下るが、その後、プロテスタント軍に占領されました。

大火事で2/3が焼け落ちる

度重なる戦争と飢えで街の人口が激減します。それでも30年戦争が終結すると、塩の交易でシュヴェービッシュ ハルは次第にかっての繁栄を取り戻します。

18世紀、宴会の際に料亭から出火、街の2/3が焼け落ちる大火事となりましたが、お金持ちのハルは、バロック様式で再興されました。

ナポレオン戦争から現代

1802年、フランス(ナポレオン)との条約で、シュヴェービッシュ ハルは自由都市のステータスを失い、ヴュルテムベルク家の領土となります。

これによりこれまで主要な商売相手だったフランケン地方へのアクセス(その市場)を失い、街は衰退を始めます。

その後のナポレオン戦争はこれを加速。産業化の波からすっかり取り残されたお陰で、重要な施設も産業もなく、第二次大戦では爆撃目標にさえならないほど。

ようやく終戦の2週間前に初めて爆弾が投下されたが、大きな被害は出ませんでした。お陰で今日でも見事な旧市街を堪能できます。

シュヴェービッシュ ハル 観光 – 風光明媚な古城街道の塩の街

ではいよいよシュヴェービッシュ ハル観光です。

街は塩の交易で栄えた古城街道の要所なので、観光名所が随所に残っています。ドイツ国内では風光明媚な観光地として有名で、駐車場の数は多いのですが、どこも満車。

空きスペースを探して、しばし車で徘徊する羽目になりました。やっと駐車スペースを確保すると、日曜日は駐車料金は無料でした。ラッキー。 😀

よっく見れば、駐車場の周辺に建つ家屋もお見事。早速、ここからシュヴェービッシュ ハル観光を開始します。

ランゲンフェルダー門 / Langenfelder Tor

街中の家屋は中世の頃から大事に保管されていますが、城壁と城門は近代化の邪魔になるので、真っ先に取り壊されるケースが多いです。

シュヴェービッシュ ハルもこの哀しい例にもれず、ほとんど残っていません。まだ馬車なら城門を通れましたが、車が通れないからです。

駐車場の近くにはその数少ない城門、ランゲンフェルダー門 / Langenfelder Tor があります。私が確認できた限り、唯一、近代化を生き延びた城門です。

建造されたのは16世紀で、見張りをする兵士の寝泊まり用の小屋も横に残ってます。

この城門はまだ城壁と繋がっており、城壁は山肌を縫うようにかなり先まで伸びていました。今、道路になっている場所にはお堀があり、敵の侵入を阻んでいました。

ランゲンフェルダー門

武器庫 / Zeughaus

ランゲンフェルダー門の先にはシュヴェービッシュ ハルで一番デカイ建物が隣接している。

武器庫 /”Zeughaus”とも呼ばれるこの建物は、武器庫として16世紀に建造が始まった。すると暇を持て余す貴族が「舞踏場も設けよう。」と建設プランを変更、丸みを帯びた天井に変更。工事費が高騰。

これに怒った市民との間で大論争になり、しばらく工事が中止。完成し建物の天井は、丸みを帯びていた部分が石材で埋められおり、市民側が争うに勝ったようだ。

それでも完成後、劇場としても使われていたようで、街は武器庫ではなく新舞踏場 / Neubausaal と読んでいる。市街地から見ると、高々と丘の上に聳え建つこの建物はまるでお城のよう。シュヴェービッシュ ハルの写真にはいつも写っている。

武器庫

市場 / Marktplatz

シュヴェービッシュ ハルは典型的なドイツの街で、(かっての)街の中心部に市場に使う大きな広場 / Marktplatz があります。

この市場を囲むように教会、市役所、それに商人やお金持ちの見事な屋敷が立ち並んでいます。

今日でも月曜~金曜日に街を訪れると、ここで小さな露店がずらりと並んで、その土地の特産品(それにギリシャ、あるいはトルコの名産品)を販売しています。

撮影をするなら、店舗が出ていない週末が一番です。

市場に建つ市役所

聖ミヒャエル教会 / St. Michael

この先にはシュヴェービッシュ ハルの代表的な建築物の 聖ミヒャエル教会 / St. Michael が建ってます。

11世紀の書簡に司教が聖ミヒャエル教会について記述が存在しているので、当時からすでに建っていたようです。

その後、何度も何度も改築、増築を繰り返し、今の姿になったのは16世紀。

宗教改革の頃、このお金持ちの街ではカトリック教会と喧嘩をしないで、穏やかにプロテスタント宗派が導入された珍しい街。お陰で宗教改革前の貴重な彫刻が壊されずに、残されました。

聖ミヒャエル教会

教会がある部分は山の斜面。市場よりも10mほど高い場所にあるので、教会に入るには、階段を登っていく必要があります。

この階段が防火塀の役目を果たし、街を襲った大火事でも延焼の難を逃れることができました。

入り口の柱には天使の石像があり、いかにも古そう!内部にはイエズスの受難劇が見事な彫刻で表現されていました。個人的には髑髏の柱に感心。

又、階段の上から見渡す市場の景色は一見の価値ありです。まるで舞台の上から観客を見下ろしているようです。

竜退治の像

シュヴェービッシュ ハル 市庁舎 / Rathaus

中央の壮麗な建物はシュヴェービッシュ ハル市庁舎 / Rathaus です。

1728年の大火事でこの辺にあった建物がすべて焼け落ちたので、この焼け野原を市場として利用する都市計画が出来上があがります。

市役所は別の場所あったのですが、この機会に市場の真正面に再建することが決定されます。再建のために領主のヴュルテムベルク家から宮廷建築家を招いて、バロック式の市庁舎の建設が始まります。

計画に3年、建造に4年かかって1735年に完成しました。

シュヴェービッシュ ハル 市役所

神聖ローマ帝国の紋章の双頭の鷲の下、左側にあるのがシュヴェービィシュ ハルの紋章です。

「手」は神様。「十字」は言うまでもなし。これは上述のシュヴェービッシュ ハルで鋳造された硬貨のデザインです。

 双頭の鷲

フランチスカーナー修道院 / Franziskanerkloster

教会の隣の三棟の色の鮮やかな建物は、かってのフランチスカーナー修道院 / Franziskanerkloster です。

左側の緑の石造りの家は13世紀に建造されました。この建物は”Stellwaghaus”と呼ばれています。宗教改革により修道院が閉鎖されてからは、ラテン語学校、それから Stellwag 一家が住んでいたのでこの名前。

真ん中の建物もランチスカーナー修道院でしたが、15世紀にヴィードマン氏が住んでいたので、ヴィードマンの家 / Widmanhaus と呼れています。入り口の石でできた立派な門 / Portal が有名です。

右の建物もかっては修道院、その後はお金持ちのアパートとして利用されていました。現在はシュヴェービッシュ ハルの市役所の別館です。

その横に奇妙な芸術作品が、「ドン!」と置かれてます。

フランチスカーナー修道院

第三帝国の遺物 / Reichsadler

フランチスカーナー修道院の裏側、それもオレンジ色の建物の向かいに銀行があります。その壁に鷲 / Reichsadler が。

知らない人に説明すると、第三帝国の象徴です。超タブーですが、今でもちゃんと残ってます。シュヴェービッシュ ハルの秘密の観光迷所です。

鷲の石像

獅子薬局 / Löwen Apotheke

フランチスカーナー修道院の左にある建物は、獅子薬局 / Löwen Apotheke です。

土台、正確には主要な部分は石造りで上の部分だけ木枠で組んだ骸骨屋敷という、シュヴェービッシュ ハルの典型的な建築様式です。

街で最古の薬局で、15世紀から今まで薬局として営業中です。

家の土台に1375年と刻印されているのですが、一体、なんの年代なのかわかっていないそうです。他の古い家の土台を借用したとの推測も。

クラウスニッツアーの家 / Clausnitzer Haus

階段の上から見て左手にある巨大な骸骨屋敷はクラウニッツアーの家 / Clausnitzer Haus 。

16世紀の建造物。大火事を生き延びた数少ない建造物です。

シュヴェービッシュ ハルの財源になった、硬貨の鋳造マイスターが住んでました。この骸骨屋敷、階段、それに市役所は絵になります。

シュヴェービッシュ ハル 巨大な木枠で組まれた家屋

金の鷲 / Goldener Adler

階段の上から右手を見ると、カフェやホテル、それに観光案内所が並んでます。

ここに有名なホテル、金の鷲 / Goldener Adler があります。皇帝も泊まった由緒あるホテルです。

金の鷲

市役所酒屋 / Ratskeller

その右隣は金の鷲ホテルのレストラン、市役所酒屋 / Ratskeller です。

昔は政治に酒(ビール)は付き物。市役所の地階には居酒屋が入っており、居酒屋で政治が行なわれました。これがなんと石作りの立派なもの。

その習慣で市役所に近い場所の酒屋はすべて、市役所酒屋という名前です。通常、どこの街でも市役所の横にあるので、探してみてください。

シュヴェービッシュ ハルの市役所酒場、正確には”Adelshof”というホテルの付属(高級)レストランです。

市役所酒屋

シュヴェービッシュ ハル名物 – 魚井戸 / Fischbrunnen

市役所酒場の先にあるのが16世紀初頭に作られたシュヴェービッシュ ハル名物 魚井戸 / Fischbrunnen です。かってここで魚を売っていたのでこの名前。

井戸というよりも、まるで水槽。昔はこのような四角の水槽をもった井戸が多かったんです。当時の姿で残っているはここだけ。

皆まで言えば、井戸の台座は悪さを働いた者を辱める見せしめ台として使用されていました。よっくみると、今日でも拘束輪が残ってます。

魚井戸

コッハー 川 – シュヴェービッシュ ハルの古い町並み

次はコッハー川沿いを歩いてみます。逆光になる前に、シュヴェービッシュ ハルの古い町並みのベストショットを撮らしなくっちゃ!

まずは坂を下り河畔に向かいます。実は前日まで大雨。

アウグスブルクは朝まで雨。

「写真撮影はおじゃん?」

と心配でしたが、到着すると雲が切れてお日様が顔を見せました。

シュヴェービッシュ ハル 対岸から見上げる街の景色

空にはまだ雲が残っており、大雨で流された枝が、その水量の多さを物語ってます。少し先に行くと、絵葉書のような光景が。

ちょうど少し雲がかかってきましたが、ダイナミックな感じでいい。この先がまた綺麗。

コッハー河はこの部分に大きな中州を形成しており、石造りの桟橋 / Steg がかかっています。ここから眺めるシュヴェービッシュ ハルの古い町並みはとっても綺麗なのでお忘れなく。

シュヴェービッシュ ハル コッハー河畔の綺麗な家屋

ズルファー塔 / Sulferturm

中州から旧市街に向かう場所にある塔は、ズルファー塔 / Sulferturm です。ズルファー塔へと続く木製の橋がズルファー桟橋 / Sulfersteg 。

名前の由来は不明。ズルファーはラテン語で硫黄 / Schwefel の意味もあるんですが、なんで塔の名前になったんでしょう。

この部分は街の核をなす部分で、かっては塩の採掘現場でした。河沿いに並ぶ見事な骸骨屋敷は塩職人 / Salzsieder の組合が入っていました。街の富の源泉ですので、それは見事です。

シュヴェービッシュ ハルでもっとも綺麗な場所のひとつなのでお忘れなく。

シュヴェービッシュ 河沿いの城壁と家屋

コッハー川の対岸の家屋 – シュヴェービッシュ ハル

シュヴェービッシュ ハルは、川の両岸に街が築かれた珍しい町。

コッハー川の対岸に綺麗な家屋が並んでいるので、対岸から撮れる場所を探そう。川面に移る家屋が綺麗に撮れます。

では対岸に渡ってみます。

坂道を上っていくと、下調べで見ていた綺麗な家屋が。ここにあったんだ!ここまで見に来る観光客なんてゼロ。

「毒を食らわば皿まで」

とさらに先に進むと、山肌に沿ってかっての城壁が見えてきました。

上述のランゲンフェルダー門から延びる城壁は、ここまで繋がっていたんです。

コッハー川対岸の家屋群

コッハー川対岸 庶民の居住地

コッハー川の対岸は敵に襲撃される可能性が最も高かったので、庶民の居住地なっています。

その庶民の家が渋い。立派な骸骨屋敷があれば、綺麗な装飾を施された家屋も。この辺は対岸にあるので火事で焼け落ちなかったようです。

ちなみにシュヴェービッシュ ハルの駅はこの先にあります。駅からここ(川沿い)まで300mくらいなので、電車でも観光にこれますね。

独特な形の民家

聖カタリーナ教会 / St. Katharina

川向いで一番立派な建造物が、13世紀建造の聖カタリーナ教会 / St. Katharina です。

すでに9~10世紀にここに教会があったのですが、お金持ちのシュヴェービッシュ ハルは、教会を14世紀に立て直しました。これといって特徴はなさそう、、、。

旧市街から外れている場所にあるので、やっぱりプロテスタント系。

この通りには庶民地区らしく、日本の長屋のような家屋が建っていますが、こちらのほうが全然ステキ。長屋なのに、それぞれ形が違う!家屋の形が独創的です。

聖カタリーナ教会

処刑人の橋 / Henkersbrücke

目当てもなく歩いていると、Altstadtbrücke(旧市街橋)が見えてきました。

別名、処刑人の橋 / Henkersbrücke です。かってここで何が行われていたか、改めて言う間でもないですね。橋の中ほどにある祠は、実はシュヴェービッシュ ハルの処刑人の家です。

ちなみにドイツでは処刑人は立派な職業。まだ80年代まで(東ドイツで)処刑が行われ、お給料は処刑の数で支払われたそうです、

処刑人の家

対岸に建つ骸骨屋敷が綺麗ですね。尖塔が見える教会はヨハニス教会、なんと12世紀建造。3軒目の家は”zur Ilge”という飯屋。

コッハー川を見下ろせる展望台カフェがあり、シュヴェービッシュ ハルの地元民で大人気です。

観光客は知らないで素通りしています。カップルでお越しのは、ここで一休みしていきましょう。

綺麗な家屋の並び

ヴァイラー門 / Weilertor

まだ街の半分も見ていないので、私は休むわけにはいきません。

教会の横を登っていくとかっての城門、ヴァイラー門 / Weilertorがあります。今はワインケラーとして再利用中。

参照 : weinstube-weilertor-schwaebischhall.de

周囲の家屋が綺麗。塔の反対側は駐車場で、町がここで終わってるのでUターンして、シュヴェービッシュ ハルの旧市街まで戻ります。

ヴァイラー門

皮なめし職人の家 – シュヴェービッシュ ハル

処刑人の橋を渡るとシュヴェービッシュ ハル旧市街です。

国営語学学校のゲーテはこの辺にあった筈。キョロキョロしていると、先に門があります。ここで旧市街は終わり?

綺麗に修復されている建物を見ながら歩いていくと、エレベーター & 階段があります。

ここから見上げる骸骨屋敷は迫力。これは19世紀半ばに建造された皮なめし職人の家(仕事場)です。

今では下はカフェ、上はアパートになってます。住んでみたい!上からみるとに普通の民家ですが、下から見上げると圧巻!

皮なめし職人の家

エンゲルハルト宮殿 / Engelhard-Palais

その先に噴水があり、緑の屋敷は宮殿 のよう。

調べてみると本当に宮殿でした。名前はエンゲルハルト宮殿 / Engelhard-Palais です。皆さん推測の通りエンゲルハルトさんが建設させた宮殿。

こんな立派な宮殿を建設させるなんて、どんな仕事をしていたんでしょう?それが公務員だったそうです、シュヴェービッシュ ハルの評議会のメンバー。政治家は今も昔も儲かる?

その後病院となり、火事で焼け落ちて再建、ケーキ屋になり、最後は裕福な商人のお屋敷でした。今では看護学校が入っています。

屋根の下に金文字でラテン語で何か書かれてますが、読解不可能。その代わり神聖ローマ帝の紋章はハッキリ。

宮殿

ヨーゼフ塔 / Josenturm

先に見えてくるのがヨーゼフ塔 / Josenturm です。

13世紀に建造されたヨーゼフ礼拝堂の尖塔として建造されました。監視塔の役目に担っているので、普通の尖塔よりかなり高いです。

面白い(特徴的)なのは、上部に木組み上部構造物を加えている点。典型的なシュヴェービッシュ ハルの建造物です。手前にある木枠で組まれた立派な屋敷はゲーテの宿舎です。

街の城門はこの先にあります。この門を出て、下界から見上げるとまるで中世の街のようです。

ヨーゼフ塔

シュヴェービッシュ ハル 議会

ヨーゼフ塔の裏の通りに役所、正式にはシュヴェービッシュ ハル議会があります。ここの銅像がステキ。

面白くて、それでいて躍動感アリ。ロープは手すりになっているんです。お見事。官庁なのにシャレのセンスがいい。

誰が作ったのか、調べても出てきませんでした、、。

シュヴェービッシュ ハル 役所前の銅像

ハル & フランケン博物館 / Hällisch-Fränkische Museum

とにかく綺麗な建物が多過ぎて、ここで紹介できるのはほんのわずか。

もうひとつ紹介しておきたいのが、シュヴェービッシュ ハルの博物館です。正式名称はハル & フランケン博物館 / Hällisch-Fränkische Museum 。

19世紀半ばからこの地方の芸術、文化に関するさまざまな品の蒐集を始め、それを転じているのがこの博物館です。ホームページで見てみると、シナゴークの内部装飾(壁)なんかも展示されており、これが凄い!

時間がある方は、是非見ていきましょう。入場料は無料です!トイレもあるよ!

そうそう、ハル & フランケン博物館は山の斜面にあります。入り口は高い裏側にあり、入り口だけみるとただの小さな家。これが博物館?と思いますが、裏から見るとその全貌が見えます。

シュヴェービッシュ ハル の博物館

生活と物価

シュヴェービッシュ ハルで生活される方、この街の家賃は安いです。

人口、4万人ですからね。物価、すなわち食料品は他の街と大きく変わりませんが、生活費の1/3を占める家賃が安いと、結構、経済的な生活ができます。

勿論、治安も抜群にいいです!

シュヴェービッシュ ハル に留学

「ローテンブルクにドイツ留学したい。」

というお問い合わせをちょくちょくいただきます。でもローテンブルクは人口1万人の小さな町。あまり小さな町に住むと、食料の買出しが大変です。電車なんか走ってないし、バスもない。

最初は感激するかもしれませんが、次第に感激が退屈に変わります。

綺麗な町に住みたいのだったら、レーゲンスブルクバンベルク、それにシュヴェービッシュ ハルがドイツ留学先にお勧めです。人口が多いのでショッピングセンターはあるし、バスも走っています。

シュヴェービッシュ ハルのゲーテは学校が小さいので、生徒の少ない11月~2月は初級レベルと上級レベルはコースが開催されないこともあります。

この時期に留学されるなら、大都市にあるゲーテを選んだほうが賢明です。少々遠いですが、一度、行って見る価値があります。

ただしそんなに大きな街でないので、長くても3か月程度の滞在がよろしいかと思います。

 

 

 

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