ノイブルク

町の紹介 Neuburg

ノイブルクはアウグスブルクの北東70km、ミュンヘンから見れば「11時の方向、距離100km。」にある人口3万人ほどの小さな町だ。普通なら歴史に名前を残さない、観光客も来ない町なのに、公爵がここに首都を置いたことから公爵にふさわしい城砦が築かれて、「古都」として趣たっぷりの町。なのに日本では誰も知らない秘密の町。

ノイブルクの歴史

ドナウ河畔のこの地は居住に適していたらしく、紀元前5世紀頃の陶器が数多く見つかっている。紀元後1世紀、この地まで進出してきたローマ帝国の駐屯地が築かれ、安全を提供してくれる駐屯地の周囲に住民が住み始めた町の起源とされている。その後、ローマ帝国はさらに拡大したので、この駐屯地はさらに奥地に移されたが、住民だけは残った。5世紀ににはゲルマン民族の度重なる襲撃のため、住民は山(丘)の上に居を移す。ニュルンベルクの”Kaiserberg”のように丘の上には岩があり、これを利用して最初の城砦を築かれた。

8世紀にはアウグスブルクに住んでいた司教が、この地に居を移した。以来、司教様のお膝元として集落から町へと発展。16世紀初頭、北バイエルン州の首都だったランヅフートの領主がお世継ぎを残すことなく死去すると、北バイエルン継続戦争が勃発する。戦争中、南バイエルン軍を率いるアルブレヒト4世はノイブルクまで軍を進めるが、強固な守りに歯が立たず、軍を引き上げた。にもかかわらず戦争はアルブレヒト4世の勝利に終わりバイエルンは統一される。

ノイブルク誕生

「領土が全くなくなるんじゃ可愛そう。」ということで、小さな”Pfalz-Neuburg“領が作られて、領主には戦争に負けた「北バイエルン」の後継ぎ、”Ottheinrich”が納まった。オットハインリヒ公爵は(何故か)ノイブルクに首都を置くと、金に糸目をつけずノイブルクを領主の居城に改築、増築、町は首都にふさわしい景観を備えることになる。18世紀、ファルツ公爵はファルツ選帝侯に昇進、町は選帝侯領の首都として最盛期を迎える。

ところが跡継ぎのファルツ選帝侯が、首都をハイデルベルクに移してしまうと、ノイブルクは一気に衰退を始める。ファルツ選帝侯がお世継ぎを残さず死去するとバイエルン選帝侯がファルツ選帝侯領を併合、まだ残っていた公的な機関は他の町に移されて政治的な意味を失い、ノイブルクは次第に記憶から薄れてしまい今日に至っている。

ノイブルク観光

では町を見て行こう。お城の下に駐車場がある。日曜日は無料だ。ここに車を止めたら一目散に城砦に登らないで、まずは城砦の外を回って、ドナウ河にかかる橋から城を見上げるのが通。ここから一番綺麗に撮れるのに、ここまで歩いて来る人は居ない。まさに灯台下暗し。最高の撮影スポットを独り占めできます。二度と来ないので、いろんなアングルから撮っておきましょう。

宮廷

撮影が終わったら、城砦の中に入ります。外門をくぐって中に入ると、そこはかっての旧市街です。まずはすぐ左手にある内門をくぐって、宮廷の中に入ってみよう。まずは門に備わってる立派なノックに感心。中庭の壁は壁画で有名なんですが、かなり色があせてました。写真のコントラストを上げているので「まだ」見えますが、実眼ではちとしんどい。直射日光の当たらない回廊の天井には、綺麗な文様がまだくっきり残っており、当時の宮廷の豪華さを偲ばせます。

先が庭になっています。王様はこの宮廷から、下界を見下ろせるようになっています。無料で見れるのはここまで。建物の入り口では強面のおばちゃんが、外国人が壁に落書きをしないか不審な目でじっとこちらを見つめています。触らぬ神にたたりなし。写真を撮ったら、さっさと場所を変えましょう。

旧市街

では要塞内の「庶民の家」を見に行きます。メイン通りには綺麗な家屋、教会が並んでいますが、道路が駐車場になっているのは興ざめ。すぐ先にあるのがカール広場で、ノイブルクで一番綺麗な場所だ。教会のお隣は市役所。広場の中心にあるのは”Marinenbrunnen”。ランツベルクにも同じ名前の噴水がありましたね!広場に並ぶ綺麗な”Bürgerhaus”(お金持ちの家)を眺めて歩いていくと、広場の端に装飾の綺麗な”Provinzialbibliothek”(資料館)があります。

その奥にも綺麗な建物が見えます。建物の表面の装飾がお見事。観光名所で名前が知られているわけでもないのに、ちゃんと修復されてピカピカです。資料館の先ににあるのが立派な博物館。メイン通りを下っていくと、”St. Peter”教会があります。その先、ドナウ河を見下ろす場所に経っているのはホテル。「お部屋から下界(ドナウ河)を見下ろせる部屋に止まりたい!」というお友達は、ここに泊めてあげよう。もっとも地上階からの眺めはなし。2階以上の部屋を要求すると、景色を堪能できます。通りの終わりにある建物は、”Dunzenbäckerhaus”(1ダースのパン屋の家)という名前の通り、かってのパン屋です。

上之門

ホテルの向かいの建物も個性があります。すぐ先に”Das Obere Tor”(上之門)が見えてきます。外側から見ると、王様の居住地にふさわしい綺麗な門です。小さいけど。この門は、まだ城壁と繋がっています。町の名前がノイブルク(新城砦)というくらいで、南バイエルン軍も歯が立たなかった鉄壁な防御を誇った要塞都市。城壁を見ておきたい!誰も居ない散歩道を歩くと、発見。城壁が三重になったり、さらにはお堀という鉄壁な防御。内堀のお堀と外壁を攻略しても、さらに2つも壁が立ちはだかります。道理で攻略できなかったわけです。かっての城壁は、今はアパートになっています。中を見てみたいですね。城壁の内側は巨大な青空駐車場。でも入り口が狭い!駐車場に隣接する巨大な建物。倉庫かな?と思いましたが、よっく見ると窓に柵。監獄かしらん。

お堀(上之門)の外に出てみます。でかい教会が見えてきます。”Studienkirche”という名前なんです。学業教会。ぐぐってみると子供に教育を施す財団だそうです。教会だけじゃなく、”Studienseminar”と書かれた建物、その横の建物も財団の所有物です。付近を見終わったら、城壁の内側に戻ります。あちこちに綺麗な装飾を施された建物があります。装飾がなくても「わび」があります。一番面白いのは改装中の建物。「ただの布じゃ景観を損ねる。」と布に建物の完成図を印刷してます。凄い。こんな工事現場、始めて見た~。この通りをまっすぐいくと、「1ダースのパン屋の家」まで戻ってこれます。これでほぼノイブルク一周。 メイン通りを下り、お城の前右に曲がると裁判所があり、その横(先)にツーリストインフォ。日曜日なのに営業中。少し横に唯一の公衆トイレもあるので、場所を覚えておいても損はしない。ツーリストインフォの先に階段があり、駐車場まで戻って来れます。多分、二度と来ないので振り返って最後の一枚。

「古都」とは言え、誰も知らないノイブルク。大きな期待していなかったせいか、写真の出来高から判断すると、十分に満足。アウグスブルクの自宅から、車で40分という至近距離がいい!写真を撮っても、3時間ほどで全部見て回れます。有名になると中国人観光客に占領されますが、町で見かけた(正確には聞いた)中国人はカップルの二人だけ!午前中に行くと駐車場も十分に空いているし、大きすぎず、小さすぎず、ちょうどいい大きさです。アウグスブルクに留学される方、是非、足を運んでみてください。

 

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