今回紹介するのは エッテインゲン という街。

デインケルスビュールからの帰路、”Historische Altstadt” (歴史ある旧市街)という看板が出てました。

カメラの電源は十分残ってるし、お日様はまだ十分高い。滅多に来ることがないので、このまま通り過ぎるのはもったいない。休憩を兼ねて車を止めて、町を歩いてみました。

街の紹介 エッテインゲン

街の正式名称はバイエルン州のエッテインゲン / Oettingen in Bayern です。

そう、他にも同じ名前の街があるので、バイエルン州のという言葉が付いています。

「待てよ、エッテインゲンってハーブルクに行った際に、読んだことがあるぞ。」

と思ったあなた、もうドイツの達人の領域です。

実はネルトリンゲンなど、この地域を支配していたエッテインゲン伯爵家の本拠が、この街なんです。中世の頃には現在のモナコ王国のように、独立した国家でもあったほど力のある豪族の本拠地です。

街はヴェルニッツ河の辺にあり、かってはここから水を引いて旧市街はお堀と城壁で守られていました。今日でもお堀の一部だけ、お城の周辺に残っています。

何処にある町?

街の中心部まで来るとそこには見事な市役所。感動して、

「ここはなんていう町なの?」

と市役所の対面のトルコ料理屋で聞けば

「エッテインゲンよ。」

とトルコ人のお姉さん。

自宅に帰ってから、調べてみました。

バイエルン州はネルトリンゲンの「右上」、わずか7km東南に”Öttingen” / エッテインゲンという名前の町を発見!

街の歴史

エッテインゲンは人口5千人ほどの町。だが、歴史はとっても古い。

周辺で紀元前5000年の石器時代の居住跡が見つかっている。青銅時代の居住跡、ローマ帝国の村落跡もあるが、ついぞ歴史の表舞台に出ることはなかった。

だが裏舞台には、しっかり登場している。この地はネルトリンゲン、デインケルスビュール、それにハーブルクを支配していたエッテインゲン公爵(17世紀からは伯爵)の名を冠した街なのだ。

この町の特徴は宗教の多様性。 エッテインゲン伯爵の賢い政策で、どの宗教、宗派も寛容していた。ユダヤ人からプロテスタント、カトリックが共存していた珍しい例。もっとも顔を合わせると喧嘩を始めるので、通りでプロテスタント側とカトリック側に分けていた。

30年戦争後はオーストリアから多くのプロテスタントがこの町に移住してきたほど。ナチスが政権を取るとその多様性もおしまい。

学校の先生の指導の下、シナゴークは略奪されてしまうが、町の真ん中にあったので(火事が広がることを恐れて)焼き討ちの運命だけは避けられた。

エッテインゲン 観光 ドイツの何処にあるどんな町?

では街を歩いてみましょう。エッテインゲンの目抜き通りは一本だけ。

なのに空き家の店舗もあったりして、あまり繁盛していない様子。でも通りの左右は見事な装飾の家屋がずらりと並んでおり、歴史ある旧市街という看板は嘘ではない。

エッテインゲン 観光 ドイツの何処にあるどんな町?

その目抜き通りの突き当りにはお城が建っています。まずはこのお城から始めましょう。

エッテインゲン城 / Schloss Oettingen

17世紀にエッテインゲン伯爵に昇進した伯爵は、この地に城を築かせます。

選帝侯のお城には適わないが、入り口から出口まで直線距離で400mほどのちっぽけな町の城にしては立派すぎる。

内装は豪華な装飾のロココ調だそうです。

城

なんでも立派な噴水が中庭にあるとのこと。多分、コレ。残念ながら入場料を払わないと城にはいれてもらえないので、柵の外から撮影。

参照 : oettingen.de

城の中庭と噴水

聖ヤコブ教会 / St. Jakob

エッテインゲン城の横に建っている教会は、プロテスタント系の聖ヤコブ教会 /”St. Jakob”です。

ご欄の通り、窓の作りがいかにも古い。14世紀に建造が始まって、15世紀に完成したというから無理もない。19世紀になってネオゴシック様式に改装。

教会の目印、それとも象徴?になっているのは太くて丸い尖塔。なんと1930年代まで、塔人 / Türmer が住んでいたんです。

聖ヤコブ教会

教会の前の麦藁帽子をかぶった銅像、とってもよくできてます。

旧ラテン語学校

聖ヤコブ教会の隣にある立派な装飾を施された黄色の家は、18世紀に建造された旧ラテン語学校です。

その後はギムナジウムとして利用されていたので、旧ギムナジウムとも呼ばれます。てっきり資料館か何かと思いきや、今でも市民学校 / Volkshochschule の授業が行われています。

エッテインゲン市役所 / Rathaus

お城と門を結ぶこの道は、エッテインゲンで一番立派な通り。

どちらから見ても絵になります。この目抜き通りの終わり(あるいは始まり)に、市役所があります。

シュヴァーベン(地方)のとりわけ見事な骸骨屋敷のひとつと言われるこの大きな建造物は、15世紀に建造されました。石造りの地上階の上に、木組みで組まれた1階と2階(日本風に言えば2階と3階)、その上にさらに二層の屋根裏部屋。

今でも市役所として使用されれおり、交通局も入ってます。市役所の裏には公衆トイレもあるので、家路につく前に利用していきましょう。

エッテインゲン 市役所

隣にある木組みの家(骸骨屋敷)も立派で、「同じ時代の建造物?」と思いがちですが、実は17世紀に建造されたもの。

市場 / Marktplatz

そして市役所の前(正確には横)が”Marktplatz”(市場)です。

月曜~金曜は地元の農家や畜産農家が農畜産物を販売しています。骸骨屋敷にはカフェやレストランが入ってます。今やドイツのどんなに小さな町でも必ずあるのが、トルコ料理屋とタイ料理屋。

エッテインゲンでは、「中国、タイ、ベトナム料理屋」という欲張りな看板でした。

エッテインゲン 市役所前の広場

王様の塔 / Königsturm

お城の対局にあるのが、この王様の塔 / Königsturm です。

かってはエッテインゲンの街の城壁で囲まれ、幾つもの監視塔、防衛塔がありました。現在残っているのは、この塔だけ。

一番下の部分はまだ13世紀に造られたものですが、上部の家のような構造物は実は牢屋で、16世紀に建造されました。塔の前に牛乳を回収する容器が見えますが、塔の手前は旧市街地の前に築かれた前衛都市。

かってはこの前衛都市も城壁で囲まれていたそうです。

エッテインゲン王様の塔

カトリック牧師の家

脇道にも入ってみると、赤と黄色の派手な建物が。これはカトリック教の牧師の家で、”Standesamt”が入っています。

カトリック教徒はここで結婚を申請します。その向かいの民家もステキ。

カトリック牧師の家

マリア噴水

この先に噴水、この彫刻からしておそらくマリア噴水があります。調べてみると、本当にマリア噴水という名前で17世紀の建造。

マリアはカトリックの象徴なので、向にある教会はカトリック教会に違いない、、。

エッテインゲン マリア噴水

聖セバスチャン教会 / St. Sebastian

マリア噴水の向かいにはカトリック教会、”St. Sebastian”が建っています。

15世紀、領主がここにカトリック教徒用の礼拝堂を建てると、カトリック教徒はこれを教会に改築。祭られているのはペストから守ってくれる(という言い伝え)の聖セバスチャン。

なんでも昔は、有名なキリスト教徒の巡礼地だったとか。みどころはペストが流行っていた頃の様子を描いた教会内部の壁画。

聖セバスチャン教会

宮廷庭/ Hofgarten

教会の横には緑の多い庭があります。領主の庭なので、宮廷庭 / Hofgarten と呼ばれています。そういえば、同じ名前の大きな庭がデユッセルドルフの街中にもありました。

庭の入り口には、ドイツの町にか欠かせない戦争で倒れたエッテインゲン出身の兵士の慰霊碑。

前衛都市

旧市街の外側にある建物で一番立派なのは、このレストラン。

”Zur Post”(郵便局へ)という名前なので、エッテインゲンの郵便局だったのかもしれません。

エッテインゲン 飯屋 zur Post

エッテインゲン 総評

エッテインゲンは小さな町なので、一時間で全部見れます。

町はネルトリンゲンとデインケルスビュールの間にあるので、どちらかに行く際に組み合わせるのがお得。

町は幹線道路添いにあるので、遠回りする必要なく、幹線道路から5分で到着。近くに来たら、トイレ休憩しても損はしません。

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