デインケルスビュールからの帰路、”Historische Altstadt” (歴史ある旧市街)という看板が出ていた。カメラの電源は十分残ってるので、車を止めて町を歩いてみた。

見事な市役所に感動して、
「ここはなんていう町なの?」
と市役所の対面のトルコ料理屋で聞けば
「エッテンゲンよ。」
とトルコ人のお姉さん。

「見所たくさん。」
というというわけではないが、綺麗な建物が幾つも残っており、足を延ばすにはちょうどいい。

エッテンゲン?何処にある町?

バイエルン州はネルトリンゲンの「右上」、わずか7km東南に”Öttingen” / エッテインゲンという名前の町がある。同じ名前の町が幾つかあるので、正式名称は”Oettingen in Bayern”(バイエルンのエッテインゲン)だ。

街の歴史

エッテインゲンは人口5千人ほどの町。だが、歴史はとっても古い。周辺で紀元前5000年の石器時代の居住跡が見つかっている。青銅時代の居住跡、ローマ帝国の村落跡もあるが、ついぞ歴史の表舞台に出ることはなかった。

だが裏舞台には、しっかり登場している。というのもこの地はネルトリンゲン、デインケルスビュール、それにハーブルクを支配していたエッテインゲン公爵(17世紀からは伯爵)の名を冠した街なのだ。

この町の特徴は宗教の多様性。ユダヤ人からプロテスタント、それにカトリックが共存していた珍しい例。30年戦争後はオーストリアから多くのプロテスタントがこの町に移住してきたほど。ナチスが政権を取るとその多様性もおしまい。学校の先生の指導の下、シナゴークは略奪されてしまうが、町の真ん中にあったので(火事が広がることを恐れて)焼き討ちの運命だけは避けられた。

どんな町?

エッテインゲン城17世紀にエッテインゲン伯爵に昇進した伯爵は、この地に城を築かせる。選帝侯のお城には適わないが、入り口から出口まで直線距離で400mほどのちっぽけな町の城にしては立派すぎる。残念ながら入場料を払わないと城にはいれてもらえないので、中庭を柵の外から撮影。

St. Jakob 教会

お城の横に建っている教会はプロテスタント系の”St. Jakob”教会。ご欄の通り窓の作りがいかにも古い。14世紀に建造が始まって、15世紀に完成したというから、無理もない。教会の前の麦藁帽子をかぶった銅像、とってもよくできてます。

旧市街

エッテンゲンの城門お城と門を結ぶこの道は、町で一番立派な通り。どちらから見ても絵になります。立派な装飾を施された黄色の家は(記憶に間違いがなければ)、かってのラテン語学校だ。これだけ立派な建物が並んでいるのは流石、伯爵領。

この目抜き通りの終わり(あるいは始まり)に、市役所があります。そして市役所の前(正確には横)が”Marktplatz”(市場)です。勿論、今日では市は開かれず、カフェやレストランが並んでいます。今やドイツのどんなに小さな町でも必ずあるのが、トルコ料理屋とタイ料理屋。この町では、「中国、タイ、ベトナム料理屋」という欲張りな看板でした。

脇道にも入ってみると、赤と黄色の派手な建物が。これはカトリック教の”Standesamt”です。カトリック教徒はここで結婚を申請します。その向かいの民家もステキ。

エッテインゲンの井戸この先に噴水、この彫刻からしておそらくマリア噴水があり、その隣にはカトリック教会、”St. Sebastian”が建っています。教会の隣には、ドイツの町にか欠かせない戦争で倒れた町出身の兵士の慰霊碑。目抜き通りに戻る途中の道にも、装飾を施された家屋が並んでいます。

ショーウインドウを覗くと、とってもノスタルジック。門から最後の一瞥をくれます。向かいにあるのがお城ですから、とっても小さな町。ここはもう門の外、旧市外ですが、綺麗な一膳飯屋があります。名前からして昔の国営郵便局だったようです。

小さな町なので、一時間で全部見れます。町はネルトリンゲンとデインケルスビュールの間にあるので、どちらかに行く際に組み合わせるのがお得。町は幹線道路添いにあるので、遠回りする必要なく、幹線道路から5分で到着。近くに来たら、トイレ休憩しても損はしません。

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