街の紹介 エギスハイム / Eguisheim

エギスハイム は、フランスのアルザス地方にあるワイン村です。有名なコルマーの郊外、コルマーから見て南西方向に位置している。その距離はわずか6km。

村の人口、たった1700人。日本だったら、この程度の人口の村が観光名所になることはないです。その決定的な違いは村人の考え方にあります。誰かに命令されたわけでもないのに、古い家屋を取り壊さず、歴史を守ってきたお陰で、中世の頃から続く家屋を堪能できます。

街を取り囲んでいた3重の防御壁と水路は大方壊されて埋められましたが、内側の防御壁は家屋の壁として利用されていたので、今日まで残っています。お陰で丸い形をした村の輪郭は、昔のままです。

行き方

小さな集落なので、電車の駅はありません。まずはバスや電車を使ってコルマーまで出て、そこからタクシーでの移動になります。コルマー発のバス440番はエギスハイムに止まるそうです。フランス語ができる方はお試しあれ。

付近にはワイン街道の有名な観光地のリクヴィール(距離30km)や、カイザースベルク(距離)20Kmもあります。

名前の由来

11世紀にこの地の領主の家にて Bruno von Egisheim-Dagsburg という人物が生まれます。その後、この人物がローマ教皇になると、町はこれを大いに祝って、町の名前をエギスハイムに変名したのが、街の名前の由来です。

現存する書籍には、その von Egisheim-Dagsburg が生まれた場所に教会を築いたと記載されています。問題はその書籍ができた年代で、400年以上も後になって編纂されたもの。「信憑性は薄い。」というのが大方の見方です。

これを裏付けるのが、教会が建っている8角形をした城砦の発掘。発掘の結果、ここには13世紀になって城砦が築かれたと判断されました。13世紀と言えば、この村出身の教皇の死後、200年も経っています。

19世紀になってから、この城砦の場所に教皇を称える目的で城砦を取り壊して礼拝堂、”St.-Leo-Kapelle” が建設されたのが、正しい歴史の記述になります。

街の歴史

ローマ帝国の駐屯地が築かれて、ローマ兵が駐屯したのがエギスハイムの起源とされています。その後は小さなワイン集落して存在していました。集落が発展を始めたのは、この地方を支配していた豪族が8世紀、この地に最初の城砦を築いてから。

そもそもアルザス地方の発展は、7世紀にフランケン地方の公爵が、アルザス領を設けてから。9世紀に遺産相続で息子達が仲違い、北と南に分断されますが、北アルザスの公爵が、別れていたアルザス領を統合します。

エギスハイム公爵

10世紀にこの公爵(フーゴ4世)がエギスハイムに本拠を置き、名前をエギスハイム公爵と名乗ります。この公爵の息子が上述のエギスハイム公爵で、ローマ教皇になった人物です。ちなみにこの家系は、ドイツ第一帝国を築いたカール大帝の親戚にあたります。

13世紀に公爵家がお世継ぎなく断絶すると、シュトラースブルク司教領に合併されます。司教様から派遣された官僚が、エギスハイムの城砦に住み始めたのも、村の発展に貢献します。街に昇格すると侵略を妨げるため、周囲を城壁で囲み、ほぼ今日の姿になりました。

その後、16~18世紀、ドイツでは30年戦争とペストの時期に街は最盛期を向かえ、村の代表的な建築物もこの時代に建造されています。

エギスハイム 観光 – フランスで一番美しいアルザスのワイン村

フランスでは国内にある村を “Les plus beaux villages de France“(フランで最も綺麗な村)として表彰している。アルザスにある5つの村がこの表彰をいただいているが、エギスハイム はその村のひとつ。

城壁の町

エギスハイムの外壁エギスハイム の町は丸いです。正確には蜂の巣のような八角形をしているので、まっすぐ歩いていれば、40分ほどで出発地点に戻ってくるので迷う危険なし。かってエギスハイムが城塞都市だった頃、村の周囲にはお堀が巡らされて、城壁と監視塔が築かれていました。

19世紀になると、街の発展の邪魔になるとお堀は埋められて、監視塔は撤去され、城門も車で入りやすいように、取り壊されました。幸い、城壁を家の壁として利用していたので、城壁だけは残っています。

お堀の一部は今でも残ってるそうですが、私には見つけられませんでした。街の防壁は、現在道路になっている部分も含めると、なんと三重構造!水路はそこにあったのかもしれません。

現存しているのは城壁は、内側のふたつだけ。街をぐるりと家屋が二重に取り囲んでいます。さらに中心部の家屋は4~5軒の家屋が核を形成、その周囲をさらい城壁で囲むという徹底ぶり。

ローマ教皇レオ9世

エギスハイム レオ9世の石造街の中心部には、街の発展の原動力になった城砦と敵を監視する塔がありました。今では礼拝堂になっていますが、ここが街の中心部です。中心部は城壁がなくて、広場になっています。広場のど真ん中には、町で一番立派な噴水に町の有名人、ローマ教皇の石像まで建っています。

骸骨屋敷

エギスハイムの魅力のひとつが、家屋の色!さまざまな色の骸骨屋敷が立ち並んでおり、目が移ってしまいます。もっとも16世紀の頃は色は高価な物。当時はこんな色には描かれておらず、枠組みの木と漆喰だけ。

今の姿になったのは20世紀になってからです。家屋の多くはワイン農家。入り口には大きな石作りの門があり、収穫したワインを馬車に載せて、そのまま前庭に入れるように設計されています。町の随所には見事な民家が立ち並び、当時の建築家の創造性に脱帽です。

噴水/井戸

エギスハイムの井戸と家屋要塞都市だったので、村が包囲されることを予想して、村のあちこちには井戸が掘られました。ストラースブルク司教領の時代、司教が街に井戸を彫るように指示を出した記録も残っています。

現在でもこのこの井戸のほとんどは稼働中です。人口が少なく、環境汚染がほとんどないエギスハイム村では、(場所により)井戸/噴水の水が飲めます。アルザスのエビアンです。

St.-Leo-Kapelle

聖レオ礼拝堂8世紀に最初の木造の城砦が築かれて、エギスハイムが発展するきっかけになったその場所に、立派な石作りの城砦が築かれたのは13世紀。大きさにしてサッカー場が半分入る程度の広さ。かってはここに監視塔もあったそうですが、今では外壁の残りが残っているだけ。

肝心の聖レオ礼拝堂の内部には教皇の一生がモザイクで表現されており、「聖なる置物」として教皇の頭蓋骨(の一部)が保管されているそうです。今になって撮った写真を見直しましたが、それらしい箇所は正面の十字架の下あたりかな?

 

店舗

エギスハイムのチーズとサラミを売る店ローマ帝国の時代から始まったというワイン栽培。基幹産業がないので、村の収入は観光、農業、それに畜産業。あちこにワイン農家とワインセラーがあります。ワインセラーに使われている家屋がこれまた素晴らしい。

「これぞ直売店!」と感心したのが、村で作ったチーズやサラミを売る店。家の軒先を改造して店舗にしています。何故か、売り子はどこも若い女性ばかり。そして扇風機が回っており、強烈なチーズの匂い(香り)を店の外に運んでいます。サラミとチーズは手作業のためか、立派なお値段でした。

村の中にはスーパーはありません。13時になると2時間のお昼休みになるので、お土産屋から、ホテル、ワインセラーまで閉まります。そして月曜日には、レストランはほぼお休み。探せば空いているレストランもありますが、観光客で大賑わいしていました。

観光客

アルザスのワイン村で一番人気は、コルマーを除くと、リクヴィールの村でした。観光客の数が多くて、少々、辟易。エギスハイムは今回回った村の中では、もっとも観光客が少ない村。

コルマーよりも南にあるので、あまり観光客はやってこないようです。お陰で写真を撮るにもストレスが(あまり)なく、楽しい時間が過ごせました。コルマーまで行かれる方、是非、エギスハイムまで足を延ばしてください。

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