日本語では コルマール 、独語ではコルマー、地元民はコルメーア。

国により呼び方が異なるこの街は、アルザス(エルザス)地方にある人口6万8000人の町。

アルザスではシュトラースブルク とミュールハオゼンに次ぐ、第三の規模の都市です。

観光局によると

「アルザス ワイン街道の首都」

と呼ばれています。(*1)

通常は過大広告だったりしますが、今回に限っては本当です。

滅茶苦茶綺麗!

なのに、

「まだ行ったことがないよ!」

という方に、コルマールの魅力を紹介したいと思います。

街の紹介 コルマール

まずは街の紹介から。

コルマールは、

フライブルクから西北に40km」

フライブルク 観光 – 銀の採掘で栄えた黒い森の大学街

 

の平野部に築かれた街です。

かっては城壁が街を取り囲み、 Lauch 川から引かれた運河がコルマールをぐるりと囲んでいました。

今では運河は埋められ、城壁の大半は撤去され、南部の運河沿いに一部残っているのみ。

でも建物だけは別。

コルマール旧市街地の建造物は、街が栄えていた13~16世紀に当時のマイスターが技術の粋をこらして作った芸術作品です。

そう、これらの建造物はまだドイツ領だった時代に、建造されたものです。

言うなれば唯一、戦争前のドイツの街並みが残っている貴重な街。

戦後もアルザス人は、

「新しい鉄筋コンクリートがいい。」

なんて言わず、古い家屋を大事に保存してきました。

お陰でドイツ国内からは姿を消した

「ドイツの古い町並み」

が、よりによってフランス領となったアルザスに残ることになりました。

行き方

フライブルクに留学している方なら、コルマールへの行き方は簡単です。

車で1時間ほどでいけます。

公共交通機関で行くとなると、ちと面倒です。

というのも先の戦争でフライブルクーコルマール間の線路が壊され、今日になっても復興されていません。

そこで電車で行く場合は、まずはフライブルクから国境町の

”Breisach”( ブライザッハ)

まで出ます。

ここからコルマール行きのバスが出ています。

バスの乗車時間は50分ほどですが、全部で2時間以上かかります。

あるいはフライブルクでR26番(旧1076番)のバスに乗れば、ブライザッハを経由して、コルマーまで。

所要時間はやはり2時間。

このため、車で行くのが一番便利です。

最寄り空港

コルマールの最寄空港は、バーゼル空港です。

日本から行く場合は、バーゼル空港で車をレンタルして向うか、あるいはバスで。

バスは遅延も多いので、旅行計画は時間の余裕をもって立てましょう。

地勢と気候

コルマール 運河沿いの綺麗な家屋群

コルマールは一番高い所でも、標高は214m。

一番低い所で175m。

ほぼ平野なので歩きやすいです。

問題があるとすれば、それは気候。

日本は

  • ゴールデンウイーク
  • 8月の盆休み

にしか

「海外旅行に行ける十分な時間」

が取れない世界でも珍しい国。

となれば当然、

質問
どちらがいい?

 

と思われるでしょう。

5月です。

夏は猛暑がやってきます。

気温が40度に達するも、古い建物に入っているホテルが多く、クーラーがありません。

そんなホテルの部屋は、朝までオーブンです。

コルマール の歴史

コルマール の歴史

他に触れる機会もないでしょうから、ここでコルマールの歴史も手短に紹介しておきます。

823年の書簡にて

「”Columbarium”(鳩の家)」

という名称の領土について記述されています。

前後関係からこれがコルマールであると考えられており、街に関する最古の記録です。

この

「鳩の家」

が訛って、コルマールになったと考えられています。

帝国自由都市

コルマール 双頭の鷲の紋章

1214年、神聖ローマ帝国から派遣された行政官の命令で、城壁の建設が始まります。

城壁が完成したのは1220年。

1226年には神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ二世より

“Freie Reichsstadt”(自由帝国都市)

に格上げされます。

当時の自由帝国都市の象徴である双頭の鷲は”Koïfhus”と呼ばれる、かっての関税局の入り口に残っています。

その後、コルマールで手工業が栄えて次第に豊かになっていきます。

中世では往々にして、カトリック教会が街の権力を握っています。

しかしここコルマールでは、14世紀に職人団体が街の権力を掌握した珍しい例。

交易でさらなる富を得ると、立派なカテドラルや教会、修道院などを次々に建設します。

お金持ちになったマイスターや商人は、

「我こそは!」

と見事な屋敷を建造、今のコルマールの姿が形成されていきます。

30年戦争

ドイツで宗教改革が始まると重税を課す教会に市民は反抗、シュトラースブルクやバーゼルではルター派が主流になります。

しかしコルマーはそもそも教会の力が強くなかったので、

「なんで反対するの?」

と、プロテスタント派には理解が薄く、カトリックが強かった地域です。

近隣の町に50年も遅れて、やっとルター派のミサが開かれます。

30年戦争ではプロテスタント派のスウエーデン軍がコルマールまで軍を進めて篭城、陥落させます。

フランス領に

30年戦争の講和条約で、コルマールを含むアルザス地方は初めて

「フランス領」

になります。

ちょうどフランスの王ルイ14世の治世です。

1791年、ここにアルザス地方議会が置かれて政治的な意味が増します。

19世紀には綿工業が栄えて、コルマールはまたしてもお金持ちなります。

目まぐるしく変わる国籍

1871年、プロイセン率いるドイツ連合軍がナポレオン三世を破り、パリでドイツ第二帝国の樹立を宣言。

このときの講和条約で、アルザスとロートリンゲンはドイツに割譲されることになります。(*2)

第一次大戦でドイツが敗北すると、アルザスとロートリンゲンは再びフランス領となります。

第二次大戦中、フランスは早々に降伏。

この為、1940~45年までまたドイツ領に。

しかし1945年の終戦でコルマールはこれを最後にフランス領になり、今日に至っています。

コルマール 観光 アルザス ワイン街道の首都 完全攻略!

コルマール 観光 アルザス ワイン街道の首都 完全攻略!

次は皆さん、お待ちかねのコルマール観光です。

旧市街の観光名所は大きくわけて、

  • 北西部 (ウンター デン リンデン修道院周辺)
  • 中心部(ミュンスター周辺)
  • 南部(皮なめし商地区 & 運河沿い & 小さなベニス)

に分けることができます。

最大の見所は南部。

 

私は期待に胸をふくらませ、朝の9時前に到着!

一番見たかった南部から観光を開始!

が、きれいな家屋はまだ陰に覆われてました。

ここは11時以降が、撮影に最適です。

そこでコルマール観光のクライマックスが最後に来るように、コルマール北西部から始めます。

ウンターリンデン修道院 / das Kloster Unterlinden

ウンターリンデン修道院

コルマールの北西部に石作りの建造物があります。

でかいので見逃すことはありません。

これは13世紀に建造されたドミニク派の、

“das Kloster Unterlinden”(ウンターリンデン修道院)

です。

ウンターリンデン修道院

ドミニク派の修道院としては、最古の修道院のひとつに数えられます。

現在は一部、博物館としても利用されています。

Musée d’Unterlinden

ウンターリンデン博物館

コルマールは博物館や美術館が多いことでも有名です。

とりわけ有名なのが、この

“Musée d’Unterlinden”(ウンターリンデン博物館)。

ウンターリンデン修道院の別館に入っています。

私が行ったときは修復中で閉館してましたけどね。

中世からルネッサンス時期までの宗教関連の作品が、数多く陳列されています。

人口7万人の街の博物館にしては立派すぎます!

関心のある方はどうぞ。

  • 会館時間 : 9時~18時(夏季は20時)
  • 入場料 : 14ユーロ
  • オーデイオレンタル : 3ユーロ

コルマール 市営劇場 / Théâtre municipal de Colmar

コルマール 市営劇場

ウンターリンデン博物館の横に、19世紀にイタリア様式で建造された

“Théâtre municipal de Colmar”( コルマール市営劇場)

があります。

2000年に修復されて、今の立派な姿になりました。

首の家 / La Maison des Têtes

colmar_15

市営劇場から徒歩2分の場所に建っているのが

“La Maison des Têtes”(首の家)。

コルマールの裕福な商人が、教会建設で有名な建築家に設計させたもの。

建造されたのは17世紀初頭。

なんでも106個もの首が装飾として施されているので、この名前が付いたそうです。

確かにアップしてみると、随所に首が見えます、、。

現在は高級ホテル & レストランとして営業中。

参照 : 首の家

ハンジーの村 / Das Hansi Dorf

コルマール ハンジーの村

首の家の少し先に、

「ハンジーの村」

という名前の博物館

“Das Hansi Dorf”

があります。

ここにはアルザス出身の芸術家、”Jean-Jacques Waltz”、通称、”Hansi”(ハンジー)の作品が展示されています。

地上階(日本で言う一階)は店舗になっており、アルザスのお土産も販売されています。

コルマールお土産をお探しの方は覗いてください。

  • 開館時間 : 記載なし
  • 入場料 : 大人5ユーロ、子供3ユーロ

コルマール ドミニク教会 / Dominikanerkirche

コルマール ドミニク教会

ここから先は、ミュンスターに象徴されるコルマール中心部の観光名所です。

ハンジーの家から直線距離で70mしか離れていない場所に、巨大な

“Dominikanerkirche”(ドミニク教会)

があります。

立派なコルマールの大聖堂が100mほど離れた場所にあるのに、

「また教会?」

と思ったら、かっての修道院でした。

名前からわかる(?)通り、かってのドミニク派の修道院です。

13世紀に工事が始まって、14世紀に完成。

この教会には有名な14世紀の彫り物

「薔薇の垣根のマドンナ」

が飾られています。

「折角だから見ていこう!」

と思ったら、入場料が要るのでUターンしてしまいました。

ホームページで内部の写真が公開されているので、そちらをご覧あれ!

  • 開館時間 : 10時~13時 & 15時~18時
  • 入場料 : 大人 2ユーロ、子供 1ユーロ

マルチン大聖堂 / Martinsmünster

マルチン大聖堂

ドミニク教会のすぐ裏に、コルマールの象徴

“Martinsmünster”(マルチン大聖堂)

があります。

名前からもわかる通り、聖人のマルチンを祭っています。

13世紀、この場所に建っていた教会をバーゼルの大司教が主要教会に格上げ。

お金持ちのコルマールは、

「この機会に、もっと立派な教会に作り直そう!」

と、取り壊し & 新築が始まります。

完成するまでに130年もかかる大事業でしたが、14世紀の中ほどに完成。

ゴシック様式の見事な建造物。

一度、火事に遭いましたが、焼けたのは塔の部分だけで済んだのが幸い。

塔は当時(16世紀)に流行りの、ルネッサンス様式で再建されました。

大聖堂と言うだけあって大き過ぎてレンズに収まらず、

「ああでもない、こうでもない。」

といい角度を探してミュンスターを一周。

裏側から撮ると、

マルチン大聖堂 裏の駐車場から

なんとか収まった。

端っこは切れてるけど。

夜も綺麗なので、

夜のマルチン大聖堂

寝ている暇がない!

  • 開館時間 : 8時15分~17時15分
  • 閉館日 : 日曜日の午前中(信者へのミサ)
  • 入場料 : なし

旧交番 / ehemalige Polizeiwache

コルマール 旧交番

マルチン大聖堂の向いにある建物、見るからに古い!

バルコニーが石で作ってあるよ!

この建造物は16世紀に建造され、一時はコルマールの市役所として使われていたこともある建物です。

道理で立派な作りなワケだ。

正式な市役所が出来てからは、市場や裁判所としても利用されました。

見事な石堀の彫刻が施されたバルコニーから判決が読み上げられたと、コルマールの歴史に記述されています。

その後は軍隊の司令部になり、最後は警察の派出所として利用されたので、

“ehemalige Polizeiwache”(旧交番)

と呼ばれています。

  • 開館時間 : 9時~17時(日曜日は13時まで)
  • 入場料 : なし
参照 : 旧交番

アドルフ家 / Adolphshaus

アドルフ家

その交番のお隣の建物は(写真中右)、

“Adolphshaus”(アドルフ家)と呼ばれる14世紀の建造物。

その特徴は、16世紀に改築された際に付け加えられた、まるで教会ような窓。

家の持ち主が信心深い人だったようです。

名前の由来は、19世紀にこの家に住んでいのがアドルフ一家。

あのちょび髭の生えたアドルフではありません。

念のため。

コルマール フィスター家 / Maison Pfister

コルマール フィスター家

アドルフの家の裏にあるのが、コルマールの絵葉書のモチーフになってる

“Maison Pfister”(フィスター家)

です。

建造されのは16世紀。

その後、所有者が(頻繁に)変わります。

その度にいろんな装飾が施されて、今の姿になりました。

19世紀末にかっての帽子職人で、銀の売買でお金持ちになったフィスター (”Pfister”)という商人がこの家を購入。

これが理由で

「フィスターの家」

と呼ばれています。

ここはいつも観光客でにぎわっており、コルマール観光(撮影)の難所のひとつ。

昼間の撮影に失敗したので、真夜中にホテルを抜け出して夜間撮影。

  • 開館時間 : 外から見るだけです
  • 入場料 : なし

芸術家 ショーンガウアーの家/ Maison Schongauer

フィスター家の対面にあるのが、”Masison Schongauer” です。

芸術家ショーンガウアーがコルマールで住んでいた家

15世紀のことなので、何年住んでいたのか、あまり詳しいことはわかっていません。

この芸術家の父はアウグスブルクの金細工師だったとか。

もっとも家の壁に石造りの記念碑が埋め込まれているだけなので、事前知識がないと見過ごします。

私はフィスター家の撮影時、背中を押し付けていたのがショーンガウアーの家でした。

知らなかった、、

  • 開館時間 : 外から見るだけです
  • 入場料 : なし

お土産屋の密集地

コルマール お土産屋の密集地帯

フィスター家、ショーンガウアーの家は、この路地の先にあります。

朝一番にコルマールに到着したので、まだ観光客がやってくる前の写真です。

もらってもうれしくないガラクタ、もとい、お土産を探すなら、この先。

コルマール コイフース / Koïfhus

コルマール コイフース

この辺から徐々に、コルマールの最大の見所である南部です。

最初に紹介するのは大聖堂と並んで有名な観光名所

“Koïfhus”(コイフース)

と呼ばれるかっての関税局です。

1480年に完成した際は、中央の母屋だけ。

隣の建物は、17世紀になって増築されたもの。

当初はゴシック様式で建設されましたが、ルネサンスの時代には改装されて、今の姿になりました。

中世の建設物らしく、高い屋根が象徴的です。

また屋根の瓦の模様が綺麗!

地上階はコルマールに運び込まれた物品を、税金を払うまで保管しておく場所でした。

1階(日本で言う二階)では、町議会が開かれてました。

  • 開館時間 : 外から見るだけです
  • 入場料 : なし

シュヴェンデイ井戸 / Schwendi Brunnen

コイウース前の広場

コイフースの前にちょっとした広場があります。

ここに

“Schwendi Brunnen”(シュヴェンデイ井戸)

があります。

コルマール シュヴェンデイ井戸

井戸の真ん中の銅像は、神聖ローマ帝国に軍人として仕えたシュヴェンデイです。(*3)

ハンガリーまで

「イケイケどんどん」

で快進撃を続けてきたトルコ軍を撃退して、ハンガリーの大部分をトルコの支配から解放した功績者。

シュヴェンデイが、ハンガリーからトカイ ワインの苗木を持ち帰ったのが、アルザス地方がワインの名産地になった起源とされています。

このため銅像は、ワインの苗木を高々と掲げています。

コルマール の台所

コルマール の台所

このシュヴェンデイ井戸の周辺は、コルマールでもとりわけ綺麗な家屋が立ち並ぶ場所。

同時に街の台所でもあります。

レストラン、カフェ、パン屋、ビストロが集中しており、観光客から地元民まで食事に集まっています。

私が到着した朝はパン屋とカフェしか空いてませんでしたが、昼間になると、

レストラン街

ほぼ満席です。

アルザス名物 フラメンクーヘン

アルザス名物 フラメンクーヘン

一番賑わってるレストランに入りエルザスの郷土料理、フラメンクーヘン /”Flammkuchen”を注文しました。

期待していなかったせいか、おいしかったです。

「水もください。」

と注文すると、ドイツでは2~3ユーロもする水がアルザスでは無料!

それも1リットル以上入った水瓶が運ばれてきました。

お会計は9.80ユーロなり~。

運河沿いは写真スポット!

花が活けられた運河沿い

夏にコルマールに行くと、町の運河に沿って、

「これでもか!」

といわんばかりに、花が飾られています。

そしてこの花、翌年行くと別の花になっているんです!

花が活けられた運河沿い

昼間も綺麗ですが、夜歩くと運河がライトアップされていて、

ライトアップされた運河

夜中の3時までほっつき歩きました。

寝る時間がないっ!

皮なめし職人地区 / Gerberviertel

皮なめし職人地区

この水路の先にあるのがコルマールの美観地区、

“Gerberviertel”(皮なめし職人地区)

です。

見事な木枠の骸骨屋敷が並んでいます。

洗った皮を干すためのスペース(屋根裏部屋)が必要だったので、この地区の家屋は他の場所よりも、背の高い建物が多くなっています。

木枠と漆喰だけで作った6~7階建て!

それも16~17世紀の建造です。

お見事!

今でこそこの地区はコルマールを代表する美観地区ですが、当時は腐った肉の匂いが充満した人気のないエリアでした。

だから街の端っこにあるんです。

ところが今や、コルマールでも観光客が一番多い通り。

お土産屋、レストランが連なり、一人でも多くの観光客を呼び込もうと、装飾がものすごいです。

Les Tanneurs

Les Tanneurs

この皮なめし商地区にある派手な装飾の建物は

“Les Tanneurs”

という名前のレストラン & 宿。

観光と夜間の写真撮影には最適!

でも駐車場がないんだよね~。

参照 : Les Tanneurs

コルマール 市場 / Marché couvert de Colmar

コルマール 市場

皮なめし職人地区の終わりに、観光客が素通りするコンクリートの建造物が見えてきます。

見るからに新しい建物なので、私も最初は素通りしました。

実はここはコルマール市場 / Marché couvert de Colmar です。

  • 開館時間 : 8時~18時
  • 定休日 : 月曜日

内部

内部

中には20件ほどの個人経営の店舗が入っており、おいしそうなものが並んでいます。

「朝食を食べずに来ればよかった!」

と思うも、後悔先に立たず。

次回は朝食なしでホテルを予約しよう!

腹は空いていなくても、無料トイレもあるので、コルマール観光中に近くに来たら、足を運んでください。

漁師地区 / Fischerviertel

漁師地区 運河と綺麗な家屋

コルマール市場の前(それとも後?)を、運河が流れています。

取れた魚をすぐに市場で売れる利便さから、ここに市場が作られたんです。

そう、ここは

“Fischerviertel”(漁師地区)

かっての漁師の家が密集しています。

ここがコルマールきっての観光名所です。

漁師地区の綺麗な家屋

でも実はこれ、復興版。

18世紀初頭、その内の一軒から出火。

あっと言う間に火の手が広まり、40もの家屋が焼け落ちました。

漁師地区の家屋を今の姿に復興されたのは、70年代になってから。

大金を使って復興しただけのことはあり、今ではコルマール観光の目玉。

昼は観光客で埋め尽くされて(ここも中国人が独占)、写真を撮る場所の奪い合いです。

でも夜は観光客もおらず、

コルマール 夜の漁師地区

独り占めにできます。

参照 : 漁師地区

小ベニス / Petite Venise

小ベニス

漁師地区から西に200mほど続く運河沿いが、コルマールの有名な観光名所、

“petite Venise” / 小ベニス

です。

私が行ったときは、その一番の観光名所の橋が工事中。

超~ショックでした。

翌年再訪。

工事が終わって綺麗でしたが、今度はお天気が優れず、曇り空。

少々消化不足。

ベニスを真似てコルマールでも、小さなボートで街を見て回ることができます。

多くの人が待っているわけではなく、すぐに乗れます。

30分ほどで1周できます。

費用は7ユーロ。

参照 : 小ベニス

ロッセルマン噴水 / Roesselmann Brunnen

ロッセルマン噴水

名残り惜しいですが、ここで観光名所はほぼ終わり。

と思ったら、この先に噴水がありました。

13世紀、コルマールをシュトラースブルクの司教からの攻撃から守った町の英雄、”Vogt Jean Roesselmann”の銅像が立つ噴水です。

この他にも名所がたくさんあり、写真もたくさん余っていますが、この程度で辞めておきます。

ここで紹介できていない観光名所は、実際にコルマールを訪問した際のお楽しみ!

何処に泊まる?

何処に泊まる?

私がコルマールで泊まったのは、メルキュールホテル。

客室はリノベーションされてましたが、古かったです。

窓は二重ガラスになっておらず、騒音が気になって寝れない!

翌年行くと、工事中。

コルマールにはもうひとつ、ウンターリンデン博物館の近くにメルキュールホテルがあります。

でも大きな通りの前にあるので、騒音が心配。

 

観光名所に近いホテルを探すとLe Marechal 。

このトップページの写真に写ってる建物です。

でも運河が見える部屋は、高い部屋だけ。

参照 : Le Marechal

コルマール 近郊にも観光名所が目白押し

人口から言えば、コルマールはフライブルクの1/3。

でも観光名所は比べ物にならないほど多く、エルザスのお宝です。

もっともコルマールを見たら、車でわずか15~20分の距離にあるリクヴィールリボヴィレエギスハイム、それにカイザースベルクも見ておきたい。

フランスで一番綺麗な村と表彰されたこともあるほどで、16世紀のまま村が保存されています。

さらには70Km離れている場所には、アルザスの首都で世界遺産都市のシュトラースブルクがあります。

アルザス伝説

日本では

「アルザスではドイツ語も通じる。」

と語られています。

通じませんです。

例外はコルマール。

「何処でもドイツ語が通じる!」

わけではないですが、ホテルやレストランには、ドイツ語ができる人がいることが多いです(保証なし)。

注釈

*1

*2

正確に言えば、ドイツが併合したのはアルザスとロートリンゲン地方の一部だけ。

*3

この銅像はフランス人の彫刻家、Frédéric-Auguste Bartholdiによるものです。彼はニューヨークの「自由の女神像」を作った事でも有名です

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