ドイツ語の達人になる

外国語を習い始めた頃は、「コレはドイツ語で何というのだろう。」と日本語から作文します。まだ習い始めの段階では、他に方法がないので仕方ありません。でも、ドイツ語能力が中級に達したら、ドイツ語で発想するようにしなくては、スキルは上達しません。

これには言語独特の表現を覚える以外に方法がありません。ドイツに留学すると、日々、新しいドイツの表現を習う機会があります。知らない表現方法に出会うと、「何を言っているのかわからない。」で終わらず、これをひとつひとつ確かめて、書き出してください。

友達に聞くなどしてその表現方法を理解して、例文を作って暗証していくと、1年後には無数の表現方法が身についています。どんな状況でも、これに適した表現がスラリと出てきて、ドイツ人を「凄い。」と、うならせることができます。

日本語を直訳しては駄目!

一番よく聞かれるのが、「頑張ってくださいって、ドイツ語でなんて言うのですか。」というもの。これをそのまま直訳すれば、“Geben Sie sich Muehe!” となります。あながち間違いではありませんが、意味合いとしては、まるで今まで努力しないでさぼっていたので、「もうちょっと頑張りなさいよ。」という意味に受け取れます。

グーグルの機械的な翻訳なら仕方ありませんが、意味合いを伝えるなら、”Ich drücke Ihnen den Daumen. (親指をあなたの為に押します)!” , “Viel Erfolg!” ” Toi Toi Toi!”などの表現の方が、意味合いははるかに近いです。

もうひとつ例を挙げて見よう。「大丈夫?」とドイツ語で聞くときは、何と言えばいいのだろう。まさか、”Gesund ?”ではないだろう。実際には” Ist alles in Ordung?” と言う。日本語の大丈夫とは似ても似つかない。

日本語の表現をそのままドイツ語に直すと、まるで機械の翻訳のようなおかしなドイツ語になってしまいます。相手にこちらの意図を的確に伝えるには、現地でドイツ語独特の言い回しを覚える以外に方法はありません!

ドイツ語の達人になる - 日本語を直訳しては駄目!

いやしくも中級まで達しているなら、日常生活の中からドイツ語の表現を学んで、自分の語彙の中に取り入れていくことが大事。これをやっておくと、「いざ!」というとき、スラリとスマートなドイツ語の表現が出てきます。

決め手は動詞 + 前置詞のコンビネーション

表現で外国人にとって苦手な文法が、動詞+前置詞のコンビネーション。身近な例を挙げて見れば、freuen(喜ぶ)という単語。この単語を使って、”Ich freue.” などとやるようでは、いつまで経っても初級から抜け出せません。
初級文法を終えたなら、

“Ich freue mich auf das Essen.”(食事を楽しみにしています。)
“Ich freue mich an das Essen.”(食事を楽しんでいます。)
“Ich habe mich über das Essen gefreut.”(食事が楽しかった。)

と使い分けができる筈。一見すると些細な違いですが、この辺のニュアンスを無視してしまうと、いつまで経ってもおかしな外国人のドイツ語を話してしまう。こうした動詞+前置詞のよく使用される語法は2000種類くらいあるので、ドイツ語の達人となるには、これらをすべてマスターしていることが必要です。

独和辞典

ドイツ語が中級を終えるあたりから学校の先生が、よく独独辞典の購入を勧めてくる。まるでこれがないとドイツ語が上達しないような言い方をするので、まずは先生の言う通り本屋に行って独独辞典をじっくり見てみる事にした。最初に気付いたのは、載っている語彙数が少ない事。せめて2万~3万語、よくてもせいぜい5万語だ

これでは折角、辞書を引いても検索したい単語が載っていない可能性が高い。これに加え、ドイツの辞書は非常に見難い。単語の頭の部分が同じ単語だと、頭の部分を省略して、語尾だけ書いているので、日本の辞書に慣れてしまうと非常に見難い。又、名詞には2格と複数形の示唆が乗っていないし、例文もほとんどない。使っていると、表紙はすぐに剥がれてくるし、とにかく日本の辞書とは比べ物にならない。

実用性

語学学校で学ばれている方の中には、同じように学校の先生から独独辞典の購入を勧められ、素直にこれを購入された人も多いのではないだろうか。最初の頃はわからない単語が出てくると、期待に胸を膨らませて買ったばかりの辞書を引いてみるのだが、その説明に知らない単語が使われているので、何が書いてあるのかわからない。

そこで、まずはその説明に使われている単語を調べてみるのだが、それをひくとまたわららない単語が、、。このあたりで、独独辞典を使用する感激は消え去り、独独辞典の必要性を疑い始める。

勿論、独独辞典を持っていればかっこいい。それとなく机の上に置いておくだけで、初級者から羨望の目で見られる。だから、著者も一時独独辞典の購入を考えたが、お金のない自費留学生であった上、辞書の中身に不満があったので、独独辞典の購入は見送り。

その後、ドイツ語を学んでいる学生が、「私もそろそろ独独辞典かな~。」と言われているのを何度も聞いたのだが、果たして必要性に迫られてのことか、あるいは上述のように先生の暗示にかかってのことか、その動機は疑問に思われた。

日本の辞書

上級者を目指すなら、日本でいい辞書を購入してドイツにもってきた方がいい。お勧めは小学館の独和大辞典。私の大学時代の尊敬する恩師も共纂された素晴らしい辞書だ。これに匹敵する辞書はドイツではまず見当たらない。他の人は違った経験をされるかもしれないが、これ一冊あれば一生物で、独独辞典などなくてもドイツ語をマスターする事ができた。

誤解を避ける為に、独独辞典の弁護をしておこう。独独辞典も全く不必要というものではない。ドイツ語が上級レベルに達すると、独和大辞典に載っていない単語が稀に出てくる。そういう場合は、独独辞典を引くしかない。その意味では必要性があったが、回数にして10回未満。その都度、図書館で辞書を引くだけで用は足りた。それなのに学校の先生が決まって、ドイツ語がまだ中級レベルであるのに、独独辞典を薦めるのはいただけない。

尚、まだ初級のうちは5万語程度の小さな辞書を購入しておいたほうが検索に便利かもしれない。それからドイツ語をマスターしたいなら、電子辞書に頼らない方がいい。語彙が決定的に少ないので、中級レベルに達した頃から、検索しても出て来ない単語が多くなってきて、上級レベルでは無用の長物となる印象を与えます。

ドイツ語の達人になる – 俗語と口語

(ちゃんとした)語学学校では、俗語の使用をほとんどしない。使われるのは、それこそ新聞に書かれているようなドイツ語で、必要に応じて口語を習う程度。ところがいざドイツ人に混じって生活してみると現状は、全くその逆であることに気づく。

早い話が何を言っているのか、さっぱりわからんのである。

例えば、「私をからかっているのですか。」と正しいドイツ語で言うならば、
“Wollen Sie mich auf den Arm nehmen?” となる。
しかし、そんな上品な表現を使う人は皆無だ。

通常は口語で”Willst du mich veraeppeln? “という。
俗語なら “Willst Du mich verarschen?” となる。

実際にドイツ人が使うのは、まず俗語。女性の場合は少し上品に口語。正しいドイツ語を使うのは、外国人だけとは言わないが、一般のドイツ人は口語と俗語の混ざったものだ。

だから大学でDSH試験に合格して、いざドイツ人との交流が始まると、全然、語彙が足りない、あるいは語彙の種類が全く違う事に気づく。特に若い世代のドイツ人は、日本でもそうであるように、勝手に若者だけのドイツ語を作ってしまう。

例えば、superaffengeil なる奇妙な形容詞がある。これは「無茶苦茶かっこいい。」という意味。問題はこの言葉の最後の geil という形容詞。これは全く別の意味で用いられる言葉なのだが、何故か意味合いを強調する際に、使われるようになった。

もし、テイーンエイジャーがこの言葉を使えば、クールに聞こえるのかもしれないが、20歳(ましてや30歳)を過ぎてこの言葉を使うと、赤面ものである。何故赤面するか、知りたい人は、辞書をひいてこの単語の本当の意味を調べてください。

この口語(俗語)の勉強(?)に最も適しているのは、テレビ番組だ。それもアニメなどの子供、及び一部、成人向け番組。 ここではほとんど口語と俗語で語られているから、メモ用紙とペンを片手に番組を見る事をお勧めする。途中で、聞いた事のない台詞が出てきたら、片っ端からメモしておいて、後で辞書を引く。

上述の立派な辞書には、ほんどの用語が載っているので、非常に役に立つ。好きなアニメ番組などあれば録画して繰り返し見るといいだろう。こうした緻密な努力を1年もすれば、立派な口語(俗語)の達人になれる。

ではここで質問。 Nichtsdestotrotz (口語)を正しいドイツ語で言えばどんな単語になるでしょう?答えは複数あり、allerdings, jedoch, gleichwohl, trotzdem, dennoch, Ungeachtet dessen など。知っておいて損をしない単語なので、この機会に全部覚えてしまおう。

シャッポをぬぐ

「ドイツ語と日本語は構造、発想が違うから、日本語をそのままドイツ語に直しているようでは、ドイツ語はいつまで経っても上達しない。」と上述したが、実際には日本語をそのままドイツ語に直してもいい単語がいくつかある。

特に医学用語はドイツに留学した医学者が帰国してドイツ語をそのまま日本語に直したので、こういう妙技も可能である。

例えば盲腸は”Blinddarm”、角膜は、”Hornhaut”などなど。その他の分野でも例えば、半島は”Halbinsel”、海峡は”Meerenge”、ぶどう糖は”Traubenzucker”である。

又、ドイツ語はラテン語の影響を強く残した言葉で、ギリシャ語、スペイン語、フランス語から派生した単語が多い。具体的な例は、Idiot(馬鹿)、Gymnasium(学校)はギリシャ語から、Gratis(無料)はスペイン語、Allee(並木道)はフランス語から来ている。

こうした現象は単語だけに限られる事が通常だが、面白い事に、日本語の「しゃっぽをぬぐ。」という表現はそのままドイツ語で直して使える。ドイツ語で 「君には勝てないよ。」「参った。」などと半分冗談気味に言う場合、

” Ich ziehe den Hut vor dir ab.”

と、言う。
正に日本語と全く同じ表現である。

ドイツ語の達人になる – ヒアリング

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ドイツ語の達人になる – 慣用句

ドイツ語(外国語)を学ぶ上で難しく、またとても面白いのが慣用句だ。慣用句にはその国独自の文化が、そのまま言葉に取り組まれているので、さまざまな慣用句を理解すればするほど、その国の文化、歴史を理解する事ができる。

腹を決める

例えば日本語では「腹を決める。」という言い方をする。これは日本にしかない言い方で、日本の文化に馴染んだ慣用句だ。直訳してドイツ人にそのまま “Du muss dich ueber deinen Bauch entscheiden.”などど言っても通じない。

又、日本語では食事を取る事を、「ご飯を食べる。」と言うが、実際にご飯、つまりライスを食べるわけではない。つまり「食事」=「ご飯」なのである。

面白い事に米を食べる習慣のないドイツ人は、食事を取る事を「ご飯を食べる。」と言わずに、「パンを食べる。」と言う。だから夕食は”Abendbrot”(夜のパン)と言う。

早撃ち / Schnellschuss

ではひとつドイツの慣用句を紹介してみよう。Schnellschussは、ドイツ人が好んで使用する慣用句だが、日本にはSchuss(撃つ)習慣がないので、Schnellschuss(速射)と言われても、何のことかわからない。多分、お持ちの辞書にもこの単語は載っていないか、載っていても間違った意味が掲載されている事が多い。

この慣用句は、「(狙いもしないで)早撃ちをする。」という意味から派生して、「慎重さの欠ける言動。」という意味に使われる。如何にも西洋の文化が反映されている慣用句だ。

腰だめで撃つ / aus der Hüfte schießen

同じような意味合いの慣用句に aus der Huefte schiessen というものがある。面白い事にこの慣用句には日本語にも同じ表現があり、「腰だめで撃つ。」というやつだ。

拳銃 は銃身が短く不安定。25m先の静止目標に当てるのも難しい。的に当てるなら、腰だめではなく、ちゃんと狙いを定めて、呼吸を整えて撃う必要がある。だから “aus der Huefte schiessen”は「腰だめで撃つ。」という意味から派生して、「慎重さ欠ける言動をする。」という意味で使われている。

語学学校や大学でドイツ語で討論をしていて、間違った発言をした際に、”Da habe ich wohl aus der Huefte geschossen.”と言えば、エレガントに自分の(間違った)意見を修正することができるので、この慣用句は覚えていても損はしない。

尻込みする / die kalte Füße kriegen

“die kalte Fuesse kriegen”(足が冷たくなる)という慣用句ものがある。これはドイツの寒い冬の生活を表現するものではなく、日本語の「怖気ずく」という言葉に相当する表現だ。全く同じ意味だが、少し俗語的な表現なら、”kneifen”という単語がある。本来は、「抓む」という意味であったが、俗語で「尻込みする。」という意味になった

「今更、尻込みするわけにはいかない。」という場合、”Jetzt darf ich nicht mehr die kalte Fuesse kriegen.”とドイツ人が感心するようなエレガントな表現を用いることもできれば、”Jetzt kann ich nicht mehr kneifen.”と短く、ドイツ人風に言うこともできる。

このように慣用句をうまく使い回すことができるようになると、ドイツ語の表現にも困らなくなり、いろんな表現方法をその場(話し相手)に合わせて会話を楽しむ事ができる。

ドイツ語の達人になる – よくやる間違い & ドイツ語豆知識

ここでは助動詞の現在完了+仮定法+副文という上級者向きの文法を紹介します。これを覚えると、表現方法がぐっとエレガントになります。

『~すべきだった。』

まず簡単な過去形で『(私は)それをするべきだった。』をドイツ語で言えば “Ich sollte das machen/tun.” となる。でもドイツ語の会話はほとんど現在完了形で行なわれるから、これを現在完了形にするとどうなるだろう。助動詞はhaben支配であるから “Ich habe das machen sollen.” だろうか。

そんなに簡単ならわざわざここで紹介するわけもないから、勿論、違う。答えは”Ich hätte das machen sollen.” となる。つまり一見、普通 の過去形に見えたsollteは、soll の仮定法第二式形であったのだ。

さて、ここからが本当の問題。上の例文を使って、『君は、それをすべきだった(と思う)よ。』という文章を作ってみよう。ヒントを出すと”Ich glaube, dass Du,,,” この,,,の部分を作文して欲しい。

誤) “Ich glaube, dass Du das machen sollen hättest.”
正) “Ich glaube, dass Du das hättest machen sollen.”

普通、副文(dass などの後に続く文)は動詞が一番最後に来るのが初級、中級で習う文法の大原則である。ところが、仮定法の場合はこの法則は適用されず、動詞が目的語のすぐあとに来るのである。
この問題はドイツ語のテストでよく見かけるひっかけ問題であるから、ひっかかる前にマスターしておこう。

sehen/hören

『先生がやってくるのを見た。』という文章をドイツ語に直すとどうなるだろう。ich habe gesehen, dass der Lehler kommt. という文章は間違いではない。でも、主文+副文という長い構造である。この文章を主文だけで書くと、どうなるだろうか。

Ich habe den Lehler kommen gesehen.ではなくて、Ich habe den Lehler kommen sehen. となる。これは文法的に説明すれば”zu”のない不定詞と呼ばれるもの。”hören”でも同様の使い方ができる。

これは初級で習う文法だが、あまり簡単な為に、忘れてしまっている場合が多い。ドイツ人相手の会話でこうした『小技』を間違えなくびっちり使えるとドイツ人に小さいながらも感嘆を与える事ができる。

受身は初級で習うが、案外、間違いが多い

Man half mir. を受身にして、Ich wurde geholfen. と答える人が多いがこれは間違いである。受身で主語になれるのは、4格のみである。
という受身形の一番大切な前提を忘れている。正解は、
Es wurde mir geholfen.
Mir wurde geholfen.
の2通りである。

意味のない代用主語 “Es”

受け身の主語に登場した”Es”は、意味のない代用主語として頻繁に使用される。しかし日本語にはない文法なので、なかなか使い方がわからない。さらにこの”es”は、代用主語に加えて周囲の環境、例えば天候などを描写する際にも、よく使われる。

Es regnet. (雨が降っている。)

では曇りは?

Es ist wolkig.

曇るという動詞がない、あっても使わないので「曇っている」という形容詞を使う。では、「寒い」は?

Ich bin kalt.

と初級の段階ではよくやってしまう。中級でも

Es ist kalt.

とやってしまう方が、結構、多い。正しくは、

Es ist mir kalt.

と、”Es”と”mir”を使う。
同じ理屈で人気の間違いが、「退屈だ!」という表現。退屈は、”langweilig”なので、

Ich bin langweilig.

とやってしまう方が多い。これでは、「私は退屈な人間です。」という意味になる。正しくは、

Es ist mir langweilig.

とやる。このように形容詞、副詞と組み合わせがいいのが、代用主語の”es”だ。

助動詞の主観的表現

日本の文法書では省略される事が多いが、ドイツでDSH試験などではかならず問われる問題である。通常、「彼女は家にいる筈だ。」と可能性が高い場合は、”Sie muss zu dieser Zeit zu Hause sein.”という。その可能性が低くなるにつれ、”müsste”、”dürfte”、 “kann、 “könnte”と言った具合に助動詞を使い分ける。

最後の”könnte”になると、「家に居るかもしれない。」と、可能性は50%を割ってしまう。都合の悪いことを聞かれたら、”Ich könnte,,,,.”とやれば、相手には「可能性は半分以下よ。」と、やんわり断る手段にも使える。

ややこしいいのは、そしてテストに出題されるのは、Man behauptet, dass er es getan hat. を助動詞を使って、書き換える方法。これは、Er will das getan haben. のように書き換えられる。

意味は、彼がそれをしたそうだ(そんなわけはない)。という否定の意味を込めた表現になる。はっきり言ってないので、「言ったじゃないか!」と訴えられることがない便利な表現。これはテレビのニュースなどでも比較的頻繁に用いられる表現だ。

Nachdem(~した後で)

中級で習う、nachdemを用いた副文と主文の構成である。
案外、簡単なのだが、間違いが非常に多いのでテストでは毎回設問があるほどだ。同じ問題で2度も失敗をしない為にも、しっかり使い方を覚えておこう。

Nachdem er die Hausaufgabe gemacht hatte, ging er aus.
このように副文と主文で時間の経過を説明する場合は、過去完了系を使う。

その一方で、
Nachdem er viel Zeit für die Hausaufgabe gebraucht hat, hat er keine Zeit mehr, auszugehen.
と、”Nachdem”が”weil”のような意味で使われる場合は、現在完了形を使う。

テストで設問されているのは90%前者の場合なので、時間がなければ何も考えず過去完了系にすれば点数がもらえる。

目的語

初級の時はかなり顕著で、中級、時には上級程度になってもよくする間違いが、目的語を書かない間違いである。これは日本語をそのままドイツ語に訳してしまう事から起きる間違いで、なかなか日本人の意識に昇ってこない。

具体的に言えば”Ich habe gelesen.” という文章に代表される主語+動詞だけのあり得ない文章。

日本語で、『読んだよ。』と言っても間違いではない(と、思う。)が、ドイツ語では間違いである。何を読んだか、必ず目的語を書き加える必要がある。例えば、ごく簡単な例を挙げれば
” Ich habe das gelesen.”
『それ、読んだよ。』とすべし。

例外は”dass” などの副文が続く場合で、
“Ich habe gelesen, dass er auf dem Trockenen sitzt.”
と書く事になる。ちなみに「乾いて座っている」は、「お金がない」という意味である。

『~しそうだ。』

上級者編。冒頭で『日本語をドイツ語に直訳するべきではない。』と書いたが、わかりやすく説明するために敢えて、日本語⇒ドイツ語の独訳を問う。
『雨が降りそうだ。』をドイツ語に直してみよう。

最も単純な例文は、”Es sieht nach Regen aus.” である。勿論、次のような文章でも間違いではない。” Es sieht so aus, als wollte es regnen.”

さて、これからが本当の課題である。上記の文章を名詞”Anschein”を使って、文章の意味を損なわないように書き換えよう!というのが上級試験でよく問われる問題である。回答は以下の通 り。
“Es hat den Anschein, als wollte es regnen.”

この設問はどの上級者向きの問題集にも載っているから、一度覚えておけば、必ず役に立つありがたい菅原道真のお守りのような物。用法を完璧に習熟する為に、『今日は、試験がありそうだ。』とかいろんな例文を使って完璧にマスターしておこう。

bekommen

ドイツ語の動詞で非常によく使われるのが ”bekommen” だ。
この単語は初級の段階で習う為、この単語を知らない人はまずいない。ところが、これを使いこなせる人はなかなか少ない。原因はこの単語を習った際に、単語の意味を一方的に覚えてしまった事による。

例えば、ドイツ語で “Deutsches Essen bekommt mir nicht”といった場合、『受け取る』としか覚えていない場合、どう解していいのか悩んでしまう。答えから言えば、上述の例文は 『ドイツ飯は、あまり好きではない。/口に合わない。』という意味になる。

つまりbekommen は、『~に合う』という使い方もできるのだ。

もし、だれか身近な人がドイツに留学して、ちょっと太って帰ってきたら、”Deutsches Essen hat dir sehr gut bekommen!”なんて冗談も言う事ができる。この例からわかるように、新しい動詞を覚える際に、まずは(いい)辞書を開いてその動詞の意味をじっくり研究する事が大事だ。

辞書に載っている動詞の主要な使い方をノートに書き出して、いつでもどこでもすぐに使えるようになるまで暗誦しておこう。明日の宿題の為にわからない単語の意味だけを調べて、それでよしとするのは時間の無駄 。どうせるなら、ちゃんと正しくやろう。

machen

時々、ドイツ語でメールをいただく事があるのがその時、必ずと言っていい程、”machen”が多用されている。
例を挙げれば Bett machen, Hausaufgabe machen, Kaffee machen, Arbeit machen, Test machen, usw である。

これは間違いではないから、テストでドイツ語の作文を書く場合は多いに利用してもらって構わない。
しかし、これではいつまで経ってもドイツ語は初級から上達しない。ドイツ語が中級に達したなら、名詞+動詞の組み合わせをひとつづつ着実に覚えて行こう。

例えば、das Bett in Ordnung bringen, Hausaufgabe erledigen, Kaffee kochen/servieren, Arbeit durchfuehren, Test hinterlegen usw である。

こうした名詞+動詞の組み合わせは、実際に作文をしてみないと気付かないから、ドイツ語が中級になったら毎日、ドイツ語でメールなどを書いて練習するといい。もし大學生なら、大學の先生は喜んで作文を添削してくれるだろうし、語学学校生なら、学校の先生に見てもらえばいい。

ここでも肝心な点は、同じ間違いを2度と繰り返さない事。ドイツで語学学校に通 うと、地中海周辺諸国からの学生が同じ質問を何度もしている事に気付くだろう。これではあまりに進歩がないから、一度やった間違いは例文ごとノートに書き出して丸暗記する。

こうして作成したノートが3冊、例文が3000~4000文に達する頃には、ドイツ語の達人になっている。

ich

何も考えないで「この夏にはドイツに行く。」という文章をドイツ語に訳してみよう。おそらく、
Ich gehe/fliege in diesem Sommer nach Deutschnland.

という独文に訳される方がほとんどではなかろうか。これは間違いではないから、テストでは満点だ。だが、実際に手紙などで書かれるドイツ語としては、あまりエレガントではない。

ドイツ語が初級、中級の内は、ドイツ語で手紙、メール、作文をするとどうしても最初に”ich”が来る。特に、西欧の言語と全く異なる言語を持つ日本人の場合は、この傾向が顕著だ。この為、作文された文章を見てみると、すべての文章が”ich”で始まって、文章の構成が弱い。ドイツ語が上級に達したら、文章の構成にも気を配りたい。そこで上述の例文も

In diesem Sommer gehe/fliege ich nach Deutschnland. あるいは、
Nach Deutschnland gehe/fliege ich in diesem Sommer.

などどやるだけで、随分、気分が違ってくる。ドイツ語の文法を一通り学び終えたら、次は是非、表現方法にも工夫してみよう。

トイレに行く

語学学校でも、正しい言い方をなかなか尋ねられないケースがある。そこで、そのテーマを避けがちになるのだが、だからと言って、その表現を知っていないと更に恥をかく事がある。

その最たる例がトイレ関係だ。まずトイレ / die Toilette という単語だが、見てもわかる通りフランス語から由来している。だから発音もお上品に「トアレッテ」となる。アクセントはおフランス語の雰囲気を出す為に「レ」に置こう。

多くのドイツ人、特に若い世代は長い単語を嫌うので、トイレの俗語、”das Klo”を好んで用いる。(ちなみにドブ川は Kloから派生して、Kloake と言います。)では、ここで「トイレに行ってきます。」というドイツ語を作ってみよう。

私は、”Ich gehe ins Klo.”とやって笑い者になった経験がある。当時、何がおかしいのか理解できなかったのだが、この前置詞が問題だった。in は建物等の中に入っていく、あるいは入っている状況を表現する前置詞。だから ins Klo とやったのだが、これが間違いの素。

ドイツ語で Klo と言うと、「小部屋」ではなく、便座を指す。だから ins Klo というと、とても悲惨な状況、動作を示す事になる。例えば、”Meine Handy ist ins Klo gefallen.”(携帯がトイレに落ちたぁ!)という風に。

正しくは “Ich gehe aufs Klo.”と言うべきであった。「他人の恥見て、わが身を直せ。」の言葉にもあるように、このページをご覧になられている方は、これでドイツで恥を書く場面がひとつ少なくなる筈だ。

公衆トイレ

Bund と Land

ニュースでよく聞かれるのが”Bund”と”Land”という言葉だが、なかなか意味がわかり難い。前者は国家を示す。わかりやすい例が”Bundestag”だ。国+会議で国会という意味になる。後者は州などの、国よりも小さな行政単位を示す。だから「その費用は”Bund”が負担するのか、それとも”Land”が負担するのか。」という議論がよく聞かれる。

最近では主に誤用されている”Landsleute”という言葉もある。正確には「同郷人」という意味で、ドイツが幾つもの小さな州に分かれていた時に、「同じ郷の人」という意味で使われていた言葉だ。最近は「同国人」という意味で誤用されている。

Paparapa

何処から派生したのかわからないが、愉快な口語表現が幾つかある。そのひとつがパパラパ!/”Paparapa”だ。「ごちゃごちゃ言わんと、」という意味で、相手の言葉、論拠を遮る時に使う言葉だ。どちらかと言えば、俗語に近いので親しい友人との会話で使用しよう。

間違っても上司が訓戒を垂れているときに、”Paparapa”なんて言わないように。

abra kadabra

愉快な日本語の「エコエコアザラク」は、ドイツ語でアブラ カダーブラ /”abra kadabra”だ。こういう魔法事をホークスポークス /”Hokuspokus”(男性名詞)と言い、”Hokuspokus, weg ist der Schmerz!(痛いの痛いの飛んでいけ!)という風に使われる。

Gaga

子供が使う表現なのに、面白いので大人が使っている表現がある。それがこのガガ / “gaga”だ。オーストリアで発生したドイツ語だが、ドイツにも逆輸入された。語源的には、何か汚い物に対しての警告の意味で親が子供が諭した言葉。

例えば子供が地面に落ちた物を咥えようとすると、親が、「ばっちい。」という意味で”gaga”と言った。これが面白かったので、子供は「そんなの超~駄目」という意味で「ガガ!」と広範囲な場面で使用、意味が広がっていった。

もし誰かが台風が来ているのにボートで釣りなんかを企画したら、「ガガ」と言えば、「子供みたいな馬鹿げたプラン」という意味になる。間違っても上司の業務計画に対して使っては駄目。

Hypochondrie

健康なのに、テレビ番組や「聞いた話」の影響で自分を勝手に病気だと思う心理的病気を指す言葉。自分がいろんな病気にかかっていると信じている人をHypochonder(ヒポホンダー)と呼ぶ。 心理的な不安、脅威は”Phobie”と言い、閉所恐怖症は”Agoraphobie”だ。面白いところでは、”Homophobie”なんてのもある。

これは「自分もホモになるかもしれない。」という心配を指す言葉だ。

einladen

初級文法の最後に習う分離動詞。一見すると、「誰でも知っている。」ように思えるが、「招待する。」と間違って解釈しているケースがほとんどだ。お陰で、「船上パーテイーを行うので」、”Sie sind herzlichst eingeladen.”などとメールが届くと、「やった!ただで飯が食えるぞ!」って思ってしまう。

飯に釣られて電車で1時間もかけていくと、「会費50ユーロ払ってください。」と言われ、「へっ?ご招待じゃなかったの?」とトラブルになる。

“einladen”は、上から目線で「来てもいいですよ。」と許可を与える文句であり、日本語の招待とは必ずしも一致しない。

“Sie sind herzlichst eingeladen.”などとメールが届き、何処にも”gratis”(無料),”kostenlos”(無料)と書かれていない場合、まず有料だ。だから「あいにくその日は友人の結婚式で。」などと返信をしておけば、角が立たない。

Wenig

ドイツ語を習ったことがあるなら、「誰でも知っている」形容詞で、日本人が頻繁に間違って使用しているのが”wenig”だ。

「お金持ってる?」と聞いて、”wenig”という返事が返ってきたら、「少し(もってる)。)と解釈するのが日本流。しかしドイツ流、すなわち本当の意味は、「ほとんどもってない。」という意味。

大学でドイツが誇る社会学者、マックス ウエバーの講義があった。ゼミの後でドイツ人に、「何を言っているのか、さっぱりわからなかった。」と愚痴を言うと、そのドイツ人も、”Hab’ auch wenig verstanden.”との事。

これは「ちょっとだけしかわからなかった。」ではなく、「さっぱりわからなかった。」という意味。”wenig”は肯定的な「少し」ではなく、否定的な「少し」という意味です。

驚いてその学生に、「ドイツ人なのにドイツ語がわかんないの?」と聞くと、「ドイツ人にも、わからないドイツ語がある。」と言われて、なんだか安心。

空の財布

ドイツ語の達人になる – 死語 フロイライン/”Fräulein”

とりわけ大学でドイツ語を習った方がはまる罠が死語。大学の先生には恐縮だが、先生方がドイツ語を習ったのは20年、下手をすると30年前。日本語でも20年もすると、全く使用されていない言葉がありますよね。ドイツ語でも同じです。

私が大学で習った死語は、フロイライン/”Fräulein”でした。大学の先生曰く、「未婚の女性に呼びかけるときに使う。」との事。これを信じてドイツ留学、明らかに未婚の若いドイツ人女性に、「フロイライン」言うと、顔をあからめて怒るんです!

そんな失礼な事を言ったの?

後でわかったのですが、語尾の”-lein”は小さなもの、未成熟なものに使う語尾。「男性には”Männlein”がないのに、女性だけ”Fräulein”と呼ぶのは性差別だ!」というわけです。言われてみれば、その通り。結果、一度使っただけで、二度と使いませんでした。

大学でドイツ語を習う方はご注意あれ。大学の先生は文献を書く文献学の専門家で、言葉の専門家ではありません。

ドイツ語の標準語

大学でドイツ語を習った方なら、「ドイツ語の標準語である高地ドイツ語 /”Hochdeutsch”は、ハノーファーで話されるドイツ語である。」という説を聞いたことがあると思います。他の説を知らないので、「ああ、そうなんだ。」と信じている方がほんどです。

中には、「ドイツ語を習うなら、標準語を話すハノーファーに行けと(ドイツ人に)言われました。」と(困った)アドバイスをされて、相談いただいたこともあります。そこでここでは「ハノーファーのドイツ語が標準説」を検証したいと思います。

ハノーファーのドイツ語は低地ドイツ語

“Hochdeutsch”とは「高地ドイツ語」という意味です。しかしハノーファーのあるニーダーザアクセン州は、高地ではなく低地です。しかるにハノーファーで高地ドイツ語が話されている?考えてみればおかしな説です。

実際、ハノーファー一帯で話されているドイツ語は”Plattdeutsch”(低地ドイツ語)と言います。標準語どころか、スイス語みたいで一言も理解できません。

これの何処が標準ドイツ語なの?「ハノーファーで話すドイツ語が標準語」説には、圧倒的に不利な証拠です。

ドイツ語の達人になる – 標準ドイツ語とは何ぞや?

この謎を解くには、「標準ドイツ語とは何ぞや?」という点から始めなくはなりません。ドイツが初めて統一されたのは1871年です。それまでは小さな王国に分かれていたので、「標準ドイツ語」なるものは、必要ありませんでした。

ドイツ統一に伴い、「スイスやオーストリアのドイツ語ではなく、ドイツで話すドイツ語が標準語である。」という言語愛国主義が生まれます。その愛国主義者が標準ドイツ語としたのは、あのルターが聖書の独訳で使ったドイツ語でした。

マイスナー /”Meißner”

ルターはカトリック教会から命を狙われていたので、ザクセン王国(首都ドレスデン)で庇護を受けていました。そこで聖書にもマイスナー /”Meißner”という、ザクセン地方の方言が使用されていました。

ドイツ語で書かれた聖書が広まるにつれて、マイスナーが標準語となっていきました。

ところがです。このザクセン方言では、”B”,”P”,”G”、それに”K”,”D”,”T”の発音が一緒くたになる大きな欠点がありました。

ブランシュヴァイク語

そこで、「もっと子音を的確に発音する言葉(方言)はないか?」と探した挙句、辿り着いたのが低地ドイツ語で、それもブランシュバイクで話されていたドイツ語でした。

えっ、あの低地ドイツ語がそうなの?

確かに一般ピープルは、あの聞き取り不可能な方言で話していました。ところが上流階級の間で、書かれたままにドイツ語の発音をすることが流行します。するとこれが次第に社会に浸透して、身分に関係なく書かれたままに発音するようになりました。

これが真っ先に広まったのがブランシヴァイクとハノーファーでした。これが原因で、「ハノーファーで話すドイツ語が標準語」という説が生まれたわけです。

ブランシヴァイクはどうなったの?

州都のハノーファーばかりが注目されて、標準ドイツ語の先駆者、ブランシュヴァイクは忘れられることになりました。

ドイツ語の達人になる

ドイツ語の達人になる – 現在の標準ドイツ語

これでおわかりになったと思いますが、我々が日本の大学で習う高地ドイツ語 /”Hochdeutsch”という呼び方は正しくありません。現在では標準ドイツ語 /”Standarddeutsch”と呼ばれています。

そしてこの標準ドイツ語は、ブランシヴァイクとハノーファーだけではなく、全国に広まっています。

私がドイツ語を習ったフライブルクでは、ほとんど標準語しか聞きませんでした。例外は50代+の男性。わざと方言を話すので、理解に苦しみました。

その後、デユッセドルフに20年住みましたが、「スターリングラードで戦った。」という老兵からデユッセルドルフ大学で一緒に学んだ学生まで、老若男女、話すのは標準語だけ。

唯一、方言が堂々と話されているのは、バイエルン州だけです。それも40代以上の世代だけ。あのバイエルンでも若い世代は皆、標準語を話します。

もし誰かが、「ドイツ語を習うなら、標準語を話すハノーファーに行くといいよ。」と言われたら、「それは違うよ。」と、教えてあげましょう。

ドイツ語の達人になる – ドイツ語の会話表現【実用編】

ここまで読まれた方は、これまで日本で習ってきたドイツ語と、本場のドイツ語にかなりの「開き」があったことに気が付いたと思います。

多少誇張して言えば、日本の大学や語学学校で習うドイツ語表現は、「文法上は正しいが、誰もそんな言い方はしないよ。」という代物。その代表例が学校で習う、

A :  “Wie geht es Ihnen?

B:  “Danke, mir geht es gut. Und wie geht es Ihnen?

という挨拶表現。

99%のケースで、そんな返し方をする人は居ません。そこでここでは実用編のドイツ語の会話表現をA, B, C, の順番で紹介したいと思います。ちょっとドイツの達人風の「アクセント付き」です。

A wie Arsch

ドイツ語では”A”から始まる単語が多いですが、よく使われるのはお尻 / der Arsch です。読み方はアルシュではなく、アーシュ(アクセントはア)。日本語の「腹」と同じで、この単語を使った表現が多いです。

“Ich habe mir  den Arsch aufgerissen.”   死ぬほど頑張ったよ!

“Ich bette meinen Arsch darauf.”    お尻を賭けてもいい!(そんなことは起こりっこない!)

“Ich bin am Arsch.”                                       クタクタに疲れた。俺はもう終わりだ!

“Das geht mir am Arsch vorbei.”                 俺には関係ない、どうでもいい。

俗語的な表現ですので、友達の間だけで使ってください。

B wie bestens

上記の挨拶表現で、”Wie get’s?”と聞かれ、”Bestens”(絶好調)と回答することができます。その他にも、他の形容詞と組み合わせて、

“bestens organisiert”(とてもよく計画されている)

“bestens vorbereitet(とてもよく準備ができている)

“bestens ausgestattet”(とてもいい装備/設備)

“bestens vorsorgt”(とても面倒見がいい)

と使え便利な表現。では全く逆の意味を表現したい場合は?

B wie beschissen

「最悪だ」という表現です。上記の挨拶で、”Beschissen”と言えば、文字通り「ボロクソ」という意味。他の形容詞と組み合わせて、

“beschissen organisiert”(計画なんて何もなかった)

なんて言うこともできます。品のない表現なので、女性は使わない方がいいです。早口言葉で、”Ein beschissener Beschisser hat mich beschissen.”なんて表現も。品がないので意味は自粛。

B wie Butter

皆さんご存知の単語です。間違って「ブッター」と発音しないように。正しくは「ブターです。」この単語を使って、

“Alles im Butter.”(全部バターの中)

なんて言い方があります。なんて意味だかわかりますか?これは「大丈夫(だから心配しなくていい。)という意味なんです。両親が旅行の前に、「ちゃんとパスポート入れた?」と聞いたら、

“Alles im Butter.”

って回答するわけです。

何故、バターが大丈夫という意味に?

その昔、陶器やガラスを運搬する際に、衝撃で壊れるのを防ぐために動物の脂肪を溶かし、その中に陶器を入れて冷ましていました。すると脂肪で陶器が守られて、落としても壊れないんです。

いつの頃かこの脂肪がバターに変わり、「バターに入っている。」と言えば、「壊れない。」→「大丈夫」という意味になりました。