トリアー大学 はアーヘン大学に次いでドイツの最西にある大学です。

でも日本での知名度は極めて低く、

「日本人が少ない大学に留学したい。」

という方にお勧めする(西ドイツの)3大学のひとつです。

夏季に宿泊施設付きのサマーコースを行っており、その価格は有名大学より2割以上も安いです!

以下に詳しく解説いたします。

トリアー大学 の紹介

トリアー大学の正式名称はそのまんま “Universität Trier”

ルパートだのカールだの、余計な名前を冠していないので、わかりやすくていいですね~。

在籍してる学生は1万3000人ほど。

日本だったら稀に見る大きな大学ですが、マンモス大学が多いドイツではむしろ小規模の大学です。

それほど人口の多くない地域なので、そもそも街に大学があるこそさえ珍しい。

そこでトリアー大学は弱点を補強するために、海外の大学とパートナー協定を数多く結んでいます。

日本の大学では上智大学、早稲田大学、東京大学などの

「有名どころ」

が提携先です。

こうしたパートナーシップで

「井の中の蛙大海を知らず」

を避けて、学生に広い視野を持たせる努力が行われています。

大学創設

トリアー大学の創設は

「ひょんな」

機会がきっかけです。

15世紀に町を支配していた選帝侯兼大司教のJakob I. von Sierck が、ローマにお参りに行きます。

現地で遭ったの同郷人の枢機卿に、

「トリアーに大学を創設しよう。」

と説得されて、実際に大学創設を教皇に申請しちゃいます。

すると数年後、ローマ教皇の許可が下ります。

ところが肝心の大学を創設するお金がないっ!

結局、この計画は頓挫。

1472年、トリアーの街が大司教に大金を払い大学創設の許可を取り付けます。

こうして1473年、めでたく大学創設。

大学を創設したものの、大学は慢性的な資金難に悩まされます。

18世紀にファルツ選帝侯が教師のお給料を負担すると約束して、やっと大学は資金難から解放されます。

大学閉鎖の憂き目に

ところが1789年、フランス革命がおきます。

革命軍は、

「民主主義の輸出」

を武力で開始、トリアーはフランス軍に占領されて、大学は閉鎖されてしまいます。

幸い、フランス占領は長くは続かなかったのですが、ナポレオンの次にトリアーを支配したのはドイツ第二帝国の覇者プロイセン。

そのプロイセンはプロテスタントの国。

その一方で、トリアーはカトリック色の強い街。

プロイセンは国費を使ってカトリックの地に王立大学を設立するのに消極的で、又、街にもお金がなかったので大学再建ならず。

大学再建

大学再建は第二次大戦後の

「高度成長期」

を終えて経済に余裕が出るまで先延ばし。

1969年、ラインランドーファルツ州政府は、州内にマインツ大学に次いで、第二の大学創設を州議会で決議します。

もっとも当時は、

「トリアー カイザースラオター大学」

という名前で、二つの街に分散する形の大学でした。

今の形になったのは、90年代になってから。

その結果、大学の建物の建築は90年代の後半まで建築が続き、とてもモダンな建造物になっています。

又、学部が市内に散在しているので、どのキャンバスに行くのか前もってしっかり調べておきましょう。

街の紹介 – ドイツ最古の町

街の紹介 - ドイツ最古の町

紀元前18年頃、モーゼル河畔に入植してきたローマ人によって植民地が築かれたのが、トリアーの起源です。

もっとも建設当時の名前は、”Augusta Treverorum”。

4世紀から”Treveris”となり、ゲルマン化でトリアーとなりました。

そのトリアーの住人の誇りは、

「ドイツ最古の街」

です。

ローマ帝国の植民地として始まった街は多いです。

ただし!

ゲルマン民族の襲来で植民地が放棄されてからはゴーストタウンになり、中世になってから

「また人が住み始めた」

というケースが大半です。

しかしトリアーは世界遺産都市のレーゲンスブルク同様に、

切れ目なく人が住んでいた街。

結果、2000年の歴史を誇る押しも押されぬドイツ最古の街です。

観光資源

観光資源

長い歴史を持つトリアー、現在では11万人の人口を数える観光名所になっています。

工事をする度に地中から遺跡が出てくるので、街中にロ-マ時代の遺跡がごろごろ転がっています。

ロ-マ人の好きだった浴場の遺跡もあれば、円形劇場もあります。

フランクフルトでもロ-マの遺跡は見つかっていますが、これほど保存の良い状態で残っているのは、ここだけ。

数多い遺跡の中でも一番の見所といえば、黒い門(ポルタニグラ)。

最初は車の排気ガスで汚くなったのかと思ってしまうこの黒い遺跡。

本当は、黒い岩を使って建てられたので、これが名前の起源になっています。

トリアー名物 モーゼルワイン

トリアー名物 モーゼルワイン

トリアー名物と言えば、モーゼルワインです。

ローマ兵がこの地で栽培を始めたのが、ワイン栽培の始まりです。

この地で栽培されているのは、リースリングとミュラートゥルガオという、他の地域でも栽培されているワイン種。

なのに土壌のせいか、他の土地で栽培されたワインと味が異なります。

素人にもわかるほど、はっきりと。

リースリングは渋みがあり、

「通」

はこれが旨い!といいます。

でもモーゼルワインはこの渋みがなく、とってもまろやか。

甘くて日本人の口に合います。

ドイツでは18歳から成人扱いになるので、堂々と購入することができます。

購入の際に身分証明書(早い話がパスポート)の提示を求められることもあるので、ワインを買いに行く場合はお忘れなく。

アクセスデータ

最寄空港はルクセンブルク空港です。

 

トリアーまではバスの117番で行けます。

料金はたったの4ユーロ。

ただし!

16~19時の間しかバスは走っていません(空港発)。

あまり冒険好きでない方は、フランクフルト空港をご利用ください。

電車で3時間少々の移動になります。

市内交通

トリアーの人口は11万人なので、お金のかかる路面電車はなし。

市民の足は路線バスです。

参照 : 路線バス

トリアー大学 サマーコース 【宿泊施設付き】

トリアー大学 サマーコース 【宿泊施設付き】

トリアー大学のサマーコースは、4週間の日程で開催されます。

週末、到着日、出発日などを差し引くと、授業があるのは18日。

この期間に75コマもの授業を行うので、かなり密度の高いドイツ語集中コースです。

なのに日本人に人気のフライブルク大学のサマーコースより、費用が2割以上お安くなっています。

トリアー大学 サマーコース 詳細

大学は夏季のお休みで帰郷した学生の部屋を借りて、この部屋をコース参加者に貸し出しています。

部屋はすべて小さなキッチンとトイレ、シャワー付きです。

キッチン用品は残念ながら付いていないので、荷物に余裕のある方は皿か鍋のひとつでもご持参ください。

レベル

初級(A1,A2) 、中級(B1,B2)、上級(C1)

期間

2022年 8月1日~8月26日

到着、出発

到着日:8月1日(9時~16時まで) 出発日:8月26日(14時まで)

授業時間

月曜~金曜日 9時15分~12時30分 14時15分~15時45分 計75時間

クラス定員

15名程度

申し込み期限

定員になり次第締め切りとなります。(通常、4月末に定員になります。

遠足

Metz、ルクセンブルク、モーゼル河

費用

12万6000円

費用に含まれるもの

授業料、教材費、宿泊費、ゼミ、大学での催し

初日の歓迎会食事費用、クラシックコンサート、遠足費参加費(交通費などの実費は含まれず)

弊社の手配手数料

定期券

コース期間中の定期券(30ユーロ程度)は、到着日にコース事務局で購入が必要になります。

宿泊費

370ユーロ程度(現地でのお支払いになります。保証金50ユーロが必要です。)

宿泊施設

コース事務局は夏休みに帰郷する生徒から部屋を借り受け、これをコースの参加者に紹介する形です。

部屋には、机、椅子、ベット、蒲団、戸棚などがついています。

タオルや調理器具は各自持参されるか、現地調達が必要です。

昼食は学生食堂(有料)で取れますが、朝食・夕食は各自で調達・調理が必要です。

インターネット/Wifi

大学構内ではWifiが使用できます。寮の部屋ではLAN(ケーブル)可。

参加条件

18歳以上

必要書類

パスポートのコピー

その他

コース参加には、ドイツで有効な健康保険に加入されている事が条件です。
一ヶ月のドイツ留学保険はたったの37ユーロで加入できます。
加入されてから渡独してください。
【売上 No.1】 ドクターヴァルター ドイツ留学・ワーホリ保険

お支払い

お申し込み後、24時間以内に請求書を発行しますので、1週間以内にお支払いください。

キャンセル

5月末日まで  4万2000円がキャンセル料となります。

以降       返金はありません。

大学季節コース質問集

皆さん、同じ疑問を抱えておられます。

そこでこれまでお問い合わせいただいた人気の質問をここに挙げておきました。

99% の疑問はこちらをご覧いただければ解決できます!

トリアー大学 季節コース Q & A

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