皆さんご存じのドイツの首都 ベルリン は、 365万人の人口を擁するドイツ一の大都市。

あのミュンヘンの人口が150万ほどなので、その2倍強。

人口がドイツ一なら面積もドイツ一。

なんと890平方キロメートル以上もあります。

大阪市の4倍。

そのベルリン、10年ほど前までは留学先として、からっきし人気がなかったです。

しかし今やミュンヘンをしのぐほど人気の留学先に!

一体何が人気の上昇に貢献したのか?

以下にベルリンの魅力を解説していきたいと思います。

目次

ベルリン の魅力とは?

ベルリンに住む魅力のひとつは、

365万人もの人口を抱える町では、日本食を始め、大概のものは見つかる事。

 

他の町ではとても成功しないだろう客層の狭いビジネスでも、ベルリンなら存続できるので、起業の志を持った人が集まります。

他の町で禁止されている夜間の販売も、何故か小さな商店に限られるが許されている(*1)。

街の景色もベルリンならでは。

歴史を感じされる建物があちこに建っており、これに広い歩道が加わって、他の都市では見ることのない独特な雰囲気をかもし出している。

さらにベルリンは、ドイツきってのリベラルな街。

質問
どういう意味?

 

なんでも有りです。

家賃の値上げを条例で禁止したり、

 

大手不動産会社の国有化を市民投票したり、話題に絶えません。

保守的な南とは正反対で、新しいものに対して許容範囲が広い。

日本なら

「そんなことは前例がない。」

で終わりですが、ベルリンっ子は

「それこそまさに今、変える理由だ。」

と考えます。

だから芸術活動やスタートアップの中心になっています。

ベルリン の語源

日本に数多く存在するドイツの都市伝説。

ベルリンに関する都市伝説も存在しており、

「Berlinは、Bär(熊)から派生した。」

と、語っている人が少なくありません。

始末の悪いことにこの都市伝説には、その根拠まであるんです!

この地をスラブ人から奪った人物、ブランデンブルク公爵が、”Albrecht der Bär”という名前だったので、

「”Berlin”は、”Bär”から派生した。」

という説が生まれ、人気を博しています。

語源は”Berl”だった!

ベルリンの本当の語源は、先住民族の話すスラブ語の”berl”(沼地) です

 

超有名なドイツ企業のジーメンス。

日本人はドイツ語をうまく発音できないので、シーメンスと呼んでいます。

ドイツ人もスラブ語をうまく発音できないので

“berl”

がいつしか

“berlin”

になったわけです。

さらには、

「街の名前を憶えてもらおう!」

と、市がベルリンの象徴(旗)に熊 / Bär を描いたのも、都市伝説誕生に貢献しました。

ベルリン 新空港 BER オープン!

ベルリン 新空港 BER オープン!

かってベルリンには7つも空港が存在していました。

効率が悪いので、シェーネフェルト空港の南に新空港 BER を建設して、ここをベルリン唯一の空港とすることがきまりました。

その後、計画ミス、手抜き工事、空港建設会社の倒産などにより工期が長引き、14年も工事中。

「永遠に工事中の空港」

と呼ばれることに。

 

その新空港 BER はよりによってコロナ禍で、フライトが大幅に削減されている2020年10月31日にオープンしました。

空港ターミナルの地下に電車の駅があり、ベルリン中央駅まで30分で行けます。

観光に便利なホテル

ベルリンで泊まるなら、やっぱり観光に便利なホテル。

お金に糸目をつける必要がないなら、ブランデンブルク門の間の前のケンピンスキー。

 

要人ご用達のホテルでセキュリテイーも抜群です。

でもそんなにふんだんな予算なんか(普通の人には)ない。

そこで観光用のホテルなら、交通の要所まで歩いていける場所が最高です。

具体的な名前を挙げれば、アレクサンダー広場や中央駅

前者ならインターホテルを改装したパークイン。

 

100番のバスも目の前から出ています。

中央駅ならご存じインターシテイホテル。

宿泊期間中の定期券がついてくるのが嬉しい。国会までも歩いていけます。

街の歴史

街の歴史

ベルリン周辺は入植に適していない沼地だったので、より好んでこんな場所に住み着く人は居ませんでした。

ようやく7世紀頃になって、東からやってきた沼地の種族であるスラブ人が住み始めます。

この地に最初にやってきたドイツ人は、猟師でした。

沼地には多くの動物が生息しており、その動物を目当てに狩猟にやってくるようになります。

Kölln / Cölln

Kölln / Cölln
画像提供 : Von Johann Gregor Memhardt – Reprint Verein f. d. Geschichte Berlin 1888 (online), Gemeinfrei, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=168013

この沼地を縦断する形で流れているのが、シュプレー河です。

そのシュプレー川の中央には、大きな中州が形成されていました。

文献学者によると、1237年の書簡でこの中州を、

“Kölln”

あるいは

“Cölln”

と呼んでいるのが、ベルリンに関する最古の記述です。

ブランデンブルク選帝侯領

発掘調査で、シュプレー河の両岸に12世紀ころの居住跡が見つかっています。

ゲルマン民族のベルリンへの入植は、この頃に始まったと考えられています。

当然、先住民族との争いは避けられず、絶え間ない戦争状態でした。

スラブ民族との戦闘に勝ったのが上述のアルブレヒトで、ブランデンブルク選帝侯領がこの地に建設されます。

 

その後もこの伯爵領を巡って、争いが絶えませんでした。

30年戦争では、スウエーデン軍が度々この地に侵入して破壊したため、ベルリンが落ち着いて発展するには至りませんでした。

30年戦争後、ブランデンブルク選帝侯領はようやく落ち着きを取り戻します。

それどころか講和条約で領土を拡大、神聖ローマ帝国内では中堅勢力にまで発展します。

選帝侯が移民政策を奨励したため、ユダヤ人、フランス人、ポーランド人、チェコ人などが移住、選帝侯領は人種のるつぼ状態でした。

ベルリン プロイセン王国の首都に!

1701年、フリードリヒ1世がブランデンブルク選帝侯に就任すると、伯爵領は進化のスピードを加速します。

まずブランデンブルク選帝侯領は、プロイセン王国に昇進します。

そしてベルリンは、プロイセン王国の首都になります

 

その後、首都は周辺都市を統合して、大幅に拡大していきます。

フリードリヒ1世はこれまでの貴族と大く異なり、文化的な物には興味を見せませんでした。

王様の好きなのは軍隊、そして兵隊(*2)。

国家予算の大部分を軍事予算に投入して、将来の争いに備えます。(*3)

フリードリヒ大王

フリードリヒ1世の息子が、フリードリヒ2世です。

フリードリヒ2世は王様に就任する前は、

「あの王子様が王様になったら、国はおしまいだ。」

と悲観される人物でした。(*4)

ところが王様になると、まるで人が変わったかのような変身を遂げます。

超大国オーストリア帝国の領土であるシュレージエンを、勝手に武力占領。

これがきっかけで、二度も戦争がおきます。

小さなプロイセンは、ロシア、オーストリア帝国、フランス、ザクセン王国などを敵に回し、孤立無援。

フリードリヒ2世自ら兵を率いてベルリンから出陣。

7年間も戦い、最後は講和条約でシュレージエンを含む領土を保持。

人々はその功績を称えて、フリードリヒ大王と呼ぶことに。

統一ドイツの首都に!

ナポレオンに完敗したプロイセンは、領土の2/3を失います。

これがきっかけになり、社会構造の大改革が実施されます。(*5)

改革の甲斐あってナポレオンを撃退、さらにはプロイセンがドイツを統一する原動力にもなりました。

そしていよいよプロイセンがドイツを統一すると、ベルリンが統一ドイツの首都となりました。

第二次大戦後、西ドイツの首都はボンに移りますが、1989年の東西ドイツの再統一で、再びベルリンは首都になります。

生活と物価

馬車

日本でも大都市で生活されている方、あるいは都会志向の方には、ベルリンはとても住みやすいです。

日本のように高層ビルが建ち並んで視野を遮ったり、高速が街の景観を壊したりすることがないので、知らなければ365万も住んでいる街とは思えません。

行きたい場所には公共交通機関で行けるし、週末となれば24時間電車が走っているので、高いタクシーを使う必要もありません。

これだけ外国人が多いのに、外人局は「話がわかる」人が多く、滞在ビザも取りやすいです。

バイエルン州のアウグスブルクと比べたら、天と地、同じ国の制度とは思えません。

アウグスブルク ロマンチック街道の発祥地は見所盛り沢山

ベルリン生活のマイナス面は治安。

夜になると昼間は治安のいい場所も、危険な場所に代わります。

男性でも避けるべき危険エリアは、

の三か所。

アレク周辺も夜は危険なので、できるだけ避けた方がいい場所です。

こうした場所を意識して避ける最低限度の自己防御措置を取れば、ベルリンで快適に暮らせます。

ベルリン名物 Club Mate

ベルリン名物 Club Matte

他の地域ではほとんど飲まれないのに、ベルリンで大人気の飲み物がある。

それが”Club-Mate”(クルップマテ)です。

日本で言えば、「午後の紅茶」。

マテ茶を使ったアルコールフリーの炭酸飲料だ。

誰も見向きもしなかったこの飲み物が、21世紀のベルリンのハッカーの間で人気を博し、次第にパーテイーに欠かせない飲み物になった。

理由はたっぷり含まれているカフェイン。

ベルリン以外では人気がないので、見かけることはない。(*9)

ベルリーナー

ベルリーナー

クルップマテがベルリンだけの飲み物なのに対して、ベルリーナーはドイツ全土で人気の菓子パン。

正式なドイツ語では、”Berliner Pfankuchen”(ベルリン風パンケーキ)。

ドイツ人は簡単に、

「ベルリーナー」

と呼ぶ。

言い伝えではベルリンの兵役検査で不合格になった志願兵が、兵隊の糧食を作る部隊に入隊した。

パン粉をこねて大砲の玉の形に丸めると、オーブンがなかったので油で揚げたのが、このベルリーナーの起源だと語られている。

中にはジャムが入っており、ドイツ人は大好き!(*10)

プロイセンがドイツを統一すると、このベルリーナーもドイツ全土に広まった。

観光客を狙った詐欺に要注意!

ベルリンには観光客を狙った詐欺が国会議事堂、勝利の塔、ベルリンドームの前などを徘徊しています。

相手は子供だったりしますが、ブルガリア、ルーマニアからやってきたちびっこギャング団。

見くびらないように!

詐欺の方法はなんやら書類を出して、サインをせびる方法。

サインをすると、

「お金を払え!」

というわけです。

まずサインする必要がないし、サインしても払う必要はなし。

なのに騙されて払っている人が多いです。

隙を見てお財布を盗む上、バックなどはカミソリで裂いて貴重品を盗み出します。

子供だから!と油断しては駄目!

相手はプロです。

ベルリンドームの前にはぬいぐるみを被っている詐欺師が登場。

写真を撮って小銭を要求するか、隙をみて財布を盗みます。

ベルリン 留学

ベルリン にはゲーテから、値段が良心的なF+U Academy 、ドイツ語専門学校のカール デユーイスベルク、それに DiD Institut 等、多くの語学学校が存在しています。

学校選びに苦労することはあっても、学校が見つからないことはないです。

まだ5~6年前はドイツ留学先と言えばミュンヘンフライブルクでしたが、今ではベルリンはミュンヘンと同じくらい人気の留学先となっています。

日本食ブームも手伝って、日本食レストランの数はデユッセルドルフよりも多いので、アルバイト探しにはいい環境が整ってます。

交通公共機関

交通公共機関

ベルリン観光に欠かせないのが、公共交通機関です。

というのも市内の公共交通機関、週末(金曜日と土曜日)は24時間営業!

あのバンコクでも24時までなのに!

おまけに(日本と比べたら)とっても安価に利用できます。

ドイツでは1日乗り放題チケット、1週間乗り放題チケット、それに1か月乗り放題のチケットがあります。

2021年の時点で、ベルリン中心部をカバーする1日乗り放題チケットが8,80ユーロ、1週間乗り放題チケット36ユーロです。

5日滞在するなら、1日乗り放題チケットよりも、1週間の乗り放題チケットがお得という計算になります。

さらにはほとんどの電車で、自転車持ち込み可!

自転車用のチケットが要るので、購入をお忘れなく。

チケット価格は毎年変更されるので、正しい価格は交通局のホームページで価格をチェックしてください。

 

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